これも、やはり後になって知った話なのだけれども、勇者ロトの末裔と名乗り、自ら王城に乗り込んできた者達同様、片端から召し出されたドムドーラの民達も、誰一人、ラダトームには戻って来なかった。

前者も後者も、その理由の大半は、旅の資金やその他、頂ける物だけ頂いて、逃げ出してしまったから、だそうだ。

中には、無念の最期を遂げた者もいただろうが、概ねは。

…………まあ、当然の顛末だな。

半生をなぞるに似た手記を綴っているからか、僅かにとは言え顔を覗かせてくる『私の昔の地』に言わせれば、ラルス十六世達の行いは、「阿呆なまでに血迷った、大馬鹿野郎にも程があるやり方」としか言い様が無いもので、血迷った馬鹿な行いなんぞの顛末は、大抵の場合、碌でもない。

だから、王城の者達は固より、その手の噂や事情を、全てでは無いにしろ知っていたラダトーム城下の者達も、旅立つことになってしまった私を、まともには扱ってくれなかった。

又か、と言わんばかりの目で見られたし、疑いも向けられた。

……あれは、今思い出しても気分が悪くなる。

しかし、事情や理由を知り、我も取り戻した私は、身の程も弁えず、大分やる気になっていた。

大きくなったらロトのような勇者になって、竜王を倒しに行くんだ、との、幼い頃の夢が甦ってきた。

随分と惨い話ではあるけれど、国王達の口車に乗ってみようか、と思った。

そうして、育ての親でもある教会の神父や尼僧達に別れを告げて、私は、思いのままラダトームより旅立った。

あの頃は、時代が時代だった為、年若い男達は大抵、剣や槍や弓を手に出来た。

所詮、持ったことがある程度でしかなかったが、何らかの得物を手にしなければ、一歩たりとて街から出られなかったので、私も、銅の剣くらいは腰に佩いた経験があった。

なので、王から頂いた資金と、それまでに貯めた金と、育ての親や、共に育った仲間達が渡してくれた餞別を足し、手に入れた銅の剣と幾らかの薬草を携えラダトーム城下を発った私は、先ず、ラダトーム王都の北にある、ロトの洞窟と呼ばれているあの場所へ向かった。

数日野宿に耐えれば着けて、いざとなればラダトームに戻れる、程良い位置にロトの洞窟はあり、旅にも戦いにも慣れることから始めなくてはならなかった私には、手頃な目的地だった。

それに。

かつては魔王の爪痕と呼ばれ、大魔王ゾーマが這い出て来た底無しの罅割れもあったロトの洞窟には、「何者かが勇者ロトを葬った、彼の墓所とも言える所で、ロトの血を引く者だけに受け取れる遺言のような物が隠されている」との言い伝えがあったから。

旅立ったばかりの頃の私には、己が勇者ロトの血を引く者だなどとは信じられもしなかったが、ロトの血を引いてはおらずとも、ロトのような勇者にはなれるかも知れない、とは思えたし、又、そう思いたくもあり、故に、願掛けのような、神頼みのようなことを、何よりも先にロトの洞窟でしたかった。

──我ながら、かなり情けないけれども、道すがらに出会したスライムのような小魔物にまで少々及び腰で対峙しつつ、それでも大した怪我も負わずに、私は、ロトの洞窟に辿り着けた。

どうしてか、ロトの洞窟には魔物が出ない、との噂通り、立ち入った洞窟内には、魔物のみならず人や獣の気配も無く、松明を片手に地下へと潜るだけで事は済み、程無く、私は洞窟の最奥で石碑を見付けた。

…………その石碑も、噂には高かった。

魔物達も侵すこと無い、勇者ロトの墓と言い伝わる洞窟に潜り込む者は後を絶たなかった。

当然、石碑を見付けた者とて、その数だけ。

己が目で、ロトの洞窟の石碑を確かめた者達は、口々に、あれこそがロトの墓石だ、とも、いや、あの石碑には伝説通りロトの遺言が、とも語った。

けれども、誰もが──洞窟を訪れ石碑を見付けた者達もが、そのような話は嘘だと確信していた。

石碑には、遺言や墓碑名処か一文字も刻まれておらず、誰がどうしてみても何も浮かび上がらなかったし、某かが隠されている痕跡すら無かったから。

そしてそれは、既知であり事実でもあることだった。

私にとっても。

だが、掲げた松明で照らし出した石碑に私が触れた途端、文字が浮かんだ。

浮かび上がった文字は、私の目には、はっきりと映り、そして読めた。

────私の名はアレク。勇者ロトと呼ばれる者。

私の血を引きし者よ、ラダトームの対岸の、あの魔の島へ渡るには、三つの物が必要だった。

私は、それらを集め魔の島に渡り、大魔王ゾーマを滅ぼした。

そして、今、その神秘なる品々を三人の賢者に託す。

再び、魔の島に悪が甦った時、それらを集めて戦うが良い。

……そう。あの石碑には、確かにそう刻まれていた。

何者かが──否、勇者ロトが、手ずから刻んだのが在り在りと判る、浮かび上がった文字達は、そんな言葉を綴った。

ロトと呼ばれた、勇者アレクの『遺言』。

…………決して長くはない、が、勇者ロトが残してくれた、石碑に浮かんだ『それ』を読み終えた瞬間。

私は、体中が熱くなった。

震えもした。

この洞窟を訪れた、私以外の全ての者に見えなかった、されど私にだけは見え、読めもした文字。

私が触れたから浮かび上がった、明らかに、勇者ロトの血を引く者だけに宛てて書かれた言葉。

そんな物を前に、熱くならない訳が無い。震えない訳が無い。

それは、私がまことに、ロトの血を引きし勇者アレクの末裔、と言う証に他ならなかったから。

だけれども、やはり、俄には信じられなかった。

私の気持ちの三分の一を確信が占め、三分の一を希望や期待が占め、残り三分の一を疑いや否定が占めた。

どうしたらいいのか判らなくなり掛け、ロトの洞窟を出てラダトーム城下に戻り、転がり込んだ安宿の一室で、膝を抱えて長らく考え込んだ後、ふと、思い出した。

ロト伝説の一節が、勇者アレクが手に入れた、今ではロトの武具と言い伝わるあれらは、彼しか身に着けられぬ神具だった、と語っているのを。

王者の剣も、光の鎧も勇者の盾も、アレク以外を拒んだと。

故に、私は王城へ行った。

……伝説の一節が事実であるなら。

そして私が、勇者アレクの末裔であり、古き言い伝えの通り、大魔王ゾーマが予言した新たなる魔の現れと共に同じく現れる、ロトの血を引く者なら。

私は、ロトの武具に触れられる筈。……そう思った。

だが、ラダトーム王城に、封印されている筈のロトの武具は無かった。

王者の剣──ロトの剣は、ローラ姫が攫われた際に、やはり魔物達に奪われており、光の鎧と勇者の盾──ロトの鎧と盾は、何十年も前、何者かの手で盗み出されてしまったと、ラルス十六世が教えて下さった。

どうやら、数百年の間に、ロトの武具に掛けられていた封印が綻んでしまったらしく、盗人も魔物も、その隙を突いたようだ。

が、その事実を民達に知られる訳にはいかぬから、隠し通していた、と言うのも、あれらを失ってしまった所為で、ロトの末裔と名乗り出た者達や、探し当てたドムドーラの民達の中に、本物のロトの末裔がいるか否かの確かめも出来なくなり、強引な手を打つしか無かった、と言うのも王は打ち明けて下さった。

…………すまない、嘘だ。

正しくは、全て、少々強引に白状させた。勿論、力を以てでは無く、話し合いでだ。

あれを、話し合いと言うならば、だがね。