我が祖国が、王城の宝物庫にまで盗人や魔物の侵入を許してしまったお陰で、ロトの武具の行方は判らず、私の血筋の改めも出来なくなってしまったが。

真偽の確かめは後回しにし、私は、本腰を入れて旅に戻った。

人々に悪魔の化身と言わしめる竜王の許を目指す旅を続けていれば、ロトの武具とて巡り合えるかも知れない。私の正体を確かめるのは、それからでも遅くない、と。

今は唯、私のみで、私は勇者ロトの血を引きし者、と信じていればいい、と。

…………そうだ。

それよりの私の旅は、竜王を討ち、光の玉を取り戻す為だけでなく、私自身の『血』を知る為の旅ともなった。

とは言え、始めの内は、意気込みのみが先走り、中々、思う通りにならなかった。

進んでは戻り、進んでは戻りを繰り返し、辿れる道を延ばしていくしか無かった。

剣も魔術も、時間的な意味でも金銭的な意味でも誰かに師事を求めるゆとりは無く、魔物を狩って貯めた金で書物を買い求め、野宿をしながら月明かりで魔導書を読み漁って知識を付けた。

幸い、私には魔力があったから、精霊達と魔術の契約を交わす術は、そうやって学んだ。

剣技は、ロト伝説が手本だった。それ以外は、我流としか言えない。

……そうやって、来る日も来る日も旅を続けた。

模索するだけの旅。

子孫のお前には打ち明けるが、流石に、多少以上に滅入った。

絶対に、何が遭っても、口が裂けても、最愛の妻には白状出来ない誘惑に負けた夜もあった。

例えば、『ぱふぱふ屋』と言う奴とか。後は……まあ、色々だな。

…………ああ、すまない。こんな話は忘れてくれ。自分で自分の威厳を打ち砕いてしまった……。

────それでも、少しずつは先へ進めるようになり、古びた地図を片手に歩き続けた。

ここより先暫くは、アレフガルドに生まれた二度目の勇者伝説として伝わっている話の通りだから、多くは語らない。

手始めに、アレフガルドの北西の、勇者アレクの時代に生きた高名な吟遊詩人、ガライが築いたガライの街を訪れ。

次に、大陸北東部の温泉地マイラを訪れ。

更にその次には、大陸南部の水上都市リムルダールを訪れて、と、ほぼ、今では竜王討伐物語と言われている、あれに書かれたままだ。

あちらこちらと巡り歩いている内に、ローラ姫の行方に関する噂等々が拾え、勇者アレクが集めろと石碑に書き残した三つの品──ロト伝説に曰く、太陽の石、雨雲の杖、虹の雫に関する手掛かりも、恙無く集められた辺りも。

但、竜王討伐物語の中では『らしく』語られている、三つの品々を私が集め切った件は、少々、実際とは違っている。

魔の島へ渡るに必要な神具達を手に入れる為の手掛かりなど、私には集める必要は無かった。

私がしたのは、『確かめ』だけだ。

……お前も知っているだろうように、太陽の石や雨雲の杖や虹の雫に関することは、ロト伝説に記されている。

空で、一言一句違えずロト伝説を語れる私にとって、あれら神具は、既に在処が知れている品に等しかった。

故に、太陽の石は簡単に見付けた。伝説が語る通りの場所にあった。

即ち、ラダトーム王城の地下に。守人に庇護されて。

雨雲の杖は、太陽の石に比べれば手間取った。

ロト伝説の中では、精霊の祠に住まっていた、精霊神ルビスに仕えし精霊が、勇者アレクにそれを託した、とされているが、あの頃にはもう、その精霊の祠に該当する場所は無かったから。

しかし、マイラの村で教えて貰った、村の北西の雨の祠を訪ねてみたら当たりで、雨雲の杖の守人の求めに従い、ガライの街で、ガライの遺品の銀の竪琴を入手して──すまない。お前の先祖『達』は、墓荒らしでもある──、引き換えにあの杖を得た。

何処までも伝説通りならばだが、虹の雫を守護する聖なる祠では、ルビスがアレクに授けた聖なる守り──今のロトの印──を持参しなければ相手にもして貰えぬだろう、と私には判っていたから、後回しにし、そこからは、鍛錬を兼ね、城塞都市メルキドへ向かった。

長旅になったので、道中それなりに稼げ、あの街で武具を新調したのち一度ひとたび、私はラダトームに戻った。

旅の最中に耳にした噂では、魔物達に連れ去られた後、何処いずこの洞窟に幽閉されているらしいとのことだった、ローラ姫を救いに行こうと思ったから。

少し話が戻ってしまうが、竜王討伐の旅を始めて程無い頃、私は、ラダトーム城下の外れで、国軍の兵士達が有志で結成した、姫の捜索隊の生き残りに行き会った。

もう間もなくで城下の門を潜れる、と言う所で倒れていた彼を、私が見付けた。

……彼は、酷い怪我を負っていて、ホイミを使役したものの、余り手応えは無かった。

その頃に精霊達との契約を終えたばかりの私のホイミでは、癒しが追い付かなかった……。

そして、高度な治癒魔法を操れる聖職者達を呼びに行くより先に、彼は、

「国王陛下に、ローラ姫の捜索隊は全滅したと伝えてくれ。私も、もう駄目だ……」

と言い残して事切れた。

────そんな出来事があったのが、私が旅立ってより約一月後のことで、彼の死を以て捜索隊の全滅が確認されたあの日から数えても、数ヶ月。

攫われた日より数えれば、早一年近く。

姫は、囚われの身だった。安否も不明だった。

但、どうしてか、姫は生きている、竜王に囚われている、との噂は絶えず、やがて、何処の街でも村でも、人々は、竜王がローラ姫を攫ったのは己が物とする為なのだろう、とも噂し出し、あれから一年近くも経っているのだから、生きていたとしても、姫は既に竜王の妻とされてしまっていると、皆が信じ始めた。

……斯く言う私も、そうと信じていた。

私までもが『そう』と信じていたのは、私の最愛の妻も知る処で、彼女には申し訳ないことをしてしまったと思うけれども、その…………、な? 何と言うか。

俗を知る者としては、と言うか、男としては、と言うか…………。

…………あー、兎に角。

私自身も噂を信じてしまっていて、だとしたら……、と思い悩みはしたが、せめて、命だけでも救えれば、と考えたのだ。

未だ、間に合うなら、と。

────目星は既に付いていた。

その、私が付けた目星通り、そして竜王討伐物語にある通り、大陸北東部と南東部を繋ぐ地下の隧道の最奥に、魔物達か、然もなければ竜王が設けた、頑丈な鉄格子の嵌った石牢に、ローラ姫は囚われていた。

痛い目は見させられたが、あそこを守っていた竜は倒せ、私は姫を救った。

……長い間、日も射さぬ地下の牢に繋がれていた所為で、姫は死人と見紛う程に青白く、酷く弱ってもいた。

肉付きも良くなく、牢の隅にぽつんと置かれた、造りは上等だった寝台から立ち上がる力も無い風で、私は無礼を承知で、姫を抱き上げ隧道を抜けた。

隧道に入ったのは昼だったけれど、出た時には既に日没が近く、一刻も早くラダトーム城に、とルーラを唱えようとした私を、姫は制してきた。

自らの足で歩く、とも言い張った。

故に、私のような者が供では嫌なのだろうな、とか、有無を言わせず横抱きにしたのは無礼過ぎたか、とか、咄嗟に考えてしまったが、誤解は直ぐに解けた。

姫が、直ちには王城へ帰りたくない、と訴えたのは、一年近くも囚われていた、間違っても綺麗とも清潔とも言えぬ、弱り切った姿を人々の前に晒したく無かったからで、己で歩く、と言い張ったのは、偏に、王族としての挟持故だった。

とは言え、あの時の姫に自力で歩ける筈も無く、毎日、牢の中で歩く稽古をしていたから、と訴える彼女を何とか説き伏せて、再び抱き上げ、渋々、マイラの村を目指した。

私が渋々だったのは、そうしているのが不服だったからでも無ければ、姫の訴えを聞き届けたくなかったからでも無く、当人の望みとは言え、これから夜を迎える広野を行くのは彼女の体に障る、と思ったからなのだけれども、今度は、私の渋々に気付いた彼女が誤解したらしく、ひたすらに詫びを告げてきたので、どうにかこうにか彼女の誤解を解いて。

互い、散々詫び倒してから、私達は広野の隅に場所を見繕い、二人きりで野宿をした。