一同が向かった先は、城内の玉座の間だった。

アレン達と魔物の神官との戦いが未だに生み続けている喧噪より完全に切り離された、シン……と静まり返った広いその部屋の、ローレシア王が占めた玉座の前に、雁首揃え、直立不動で立たされた三人が、痛い時をやり過ごすこと暫し。

共に入室した王妃や宰相以外にも、続々とやって来た、近衛師団長や兵士長等を筆頭とする各隊の隊長達や、陸軍及び海軍の将軍達、それに神官長や枢機卿等々、このローレシアと言う国を支えている重鎮達が、玉座に続く赤絨毯の両脇に、ずらりと居並んだ。

「……アレン。アーサー殿、ローザ殿。今より、ほんの僅かの時だけ、儂はローレシア王国の国王ではなく、其方達の父であり、従伯父いとこおじとしてだけ在る。…………良いな?」

「は? はい」

「うむ。────この、愚か者共っっ!!!」

深々と腰下ろした玉座の上から、揃った臣下達をチロ……っと見渡し、眼差しのみで何やらを訴えてから、息子達へも前置きしたローレシア王は、音立てて立ち上がると、振り被った拳を、アレンの頭頂部目掛けて振り下ろした。

「痛っっ…………!」

「うっわ!」

「きゃっっ!」

次いで、アーサーへも、アレンにくれたそれよりは遥かに手加減の為された鉄拳を落として、ローザの頭も、ベン、と軽く引っ叩き、

「全く、其方達は…………。何故、儂の言い付けを守らなかったっっ!」

フン! と鼻息荒く玉座に戻った王は、余りの痛みに踞り掛けた『馬鹿息子』や、「は、叩かれた……」と呆然となった従甥や従姪に、説教を始める。

「も、申し訳ありませんでした…………」

「アレン殿下に同じく、申し訳ありませんでした」

「陛下、どうかお許し下さいませ……」

どれだけ痛もうとも、本当にその場に踞る訳にも、ガンガンと鳴る頭を押さえる訳にもいかないので、何とか踏ん張って立ち続けるアレンも、「ローレシアってー……」と思いつつも項垂れたアーサーもローザも、「叱責とか糾弾とかじゃなくって説教? それもこの場で!?」と喉元まで出掛った率直な思いを無理矢理飲み込んで、以降、長々と続いた国王陛下よりの『お説教』を、しおらしく受けた。

ああでもないの、こうでもないのと、本当に、国王としてでなく、彼等の父であり従伯父としてローレシア王は説教を垂れ続けたけれども、それでも、アーサーとローザは、王が説教垂れに満足すると同時に解放され、退席も許され──が、一人留め置かれたアレンだけは、今度はわたくしが、とばかりに両の眦吊り上げた母からも説教を喰らい、次いで、爺やに説教を喰らい。

居並んだ臣下達からも、ブツブツブツブツ、次から次へと小言を垂れられ、嗜めも喰らった。

父母や爺やは言うまでもなく、生まれる以前からアレンを知る重鎮達とて、彼を大切に想ってくれている者達ばかりで、今尚、溢れんばかりに注がれる彼等の忠誠や親愛や期待が、旅立つ前の彼を重圧で押し潰そうとしていたのは事実だが、有り難いことであるのにも違いはなく、アレンは、矢のように降らされた説教や小言の嵐を、常以上に殊勝に受けた。

けれど、本音では、もう勘弁してくれないか……、と盛大に愚痴りたくなった『嵐』が去っても、彼は解放して貰えなかった。

父王を筆頭に、その場に居合わせた彼等にとっては、そこからこそが本番で、『話』も本題に入り。『馬鹿息子』を叱り飛ばした父から、一国の君主に戻った王は、息子から、王太子と言えども臣下の一人、との立場に戻ったアレンへ、告白を求めた。

…………そう、釈明でも説明でもなく、告白──もっと平たく言うならば、白状を。

何故、国王の命を無視して地下牢へ立ち入り、邪教の神官と対峙しようとしたのか。

急な帰国直後に行った注進の際、何を隠し通そうとしたのか。

先程の騒動が起こった理由は何か。

果ては、旅の最中さなかに、一体、何を見聞きして、何を知ったのか。

……それら全ての告白を、父王はアレンに求め、そしてアレンは、洗い浚い白状させられた。

白状せざるを得なかった。

己達が取った行動が切っ掛けとなって、ローレシア王城が魔物の脅威に晒され掛けたのは明白だったし、祖国を守り通さなくてはならない王や臣下達に、同じく祖国を守り通さなくてはならない者の一人として、己達三人の個人的感情のみで、知り得た事実を覆い隠すことは、もう出来なかった。

許されもしなかった。

「………………何故、昼間の内に、包み隠さず打ち明けなかったのだ、馬鹿者……」

「申し訳ありません……」

「特に、アーサー殿やローザ殿の件は、伏せておきたかった其方達の気持ちが判らんでもないが。何事も、時と場合だ。……まあ、それは今は兎も角。……ロトの血が、か。ハーゴンや魔物達にとっては、ロトの血筋は忌むべくものであり、最たる贄でもある訳か。だが、ムーンブルク王都が壊滅させられたのは、ロトの血筋故でなく、ムーンブルク王が某かを掴んでいたからかも知れぬ、と其方達は見ておるのだな?」

「はい。そう見るのが、ムーンブルク王都壊滅に関しては、最も筋が通るのではないかと思われます。疑問は数多残りますが、邪神教団は、単に世界の破滅を望んでいるだけではない、とは言えるのではないでしょうか」

「ふむ…………」

今の己達が知る何も彼もを告白してしまうのは、様々な意味で心苦しかったけれども、それなりの時を掛けてアレンが打ち明けを終えれば、父王は、呆れたような溜息を吐きつつも、彼の言葉に耳を傾け続けた。

「恐れながら、陛下」

……と、臣下達の列より、神官長が玉座へと進み出て来た。

「何だ? 神官長、申してみよ」

「はい。……もしや、としか申せませぬが、殿下のご推察通りだと致しますならば、邪神教団の者共が、ムーンブルク王都を壊滅させてまでも世に漏らすまいとした、亡きムーンブルク王が知り得た某かは、邪教の者共の望みは世界の破滅、と言うこと以外の何か、だったのではありますまいか」

「それ以外の何か?」

「今更繰り返すのも詮無きことではございますが、彼の『魔の国』は、ラダトームよりも古くに建国されたと言い伝わる、百数十年前まではロンダルキアをも治めていた国。勇者ロトが大魔王ゾーマを討ち果たした当時や、アレフ様が竜王を討伐された頃の詳細な記録や資料が眠り続けていたとしても、不思議ではありませぬ。それらの中に、ラダトームにもローレシアにも伝わらなかった何かが記されていたとしても。それに加え、代々のムーンブルク君主がそうであったように、亡きムーンブルク王も、高位の魔術師であらせられました」

「…………確かに。彼奴はひ弱ではあったが、腕の立つ魔術師だった。────よし。ならば、神官長並び枢機卿は、その辺りの調査の手筈を。宰相以下は、王都及びローレシア全土の守護の見直しを始めよ。全ては、本日午後、改めて開く議会にて決定するつもりだが、大筋は変わらんだろう。サマルトリアにも直ちに公式書簡を送らねばならんが……、一先ず休んでからだ。もう、夜が明ける。──皆、大義であった」

自身よりも年嵩な神官長の進言を受け、ローレシア王は或る程度の腹を決めたらしく、夜明けを迎えてしまったことでもあるし、と一同に解散を言い渡して、臣下達は、王や王妃やアレンへ礼を取ってから、玉座の間より辞して行った。

「では、父上、母上。私も──

──アレン」

最後に玉座の間の扉を潜った宰相の後ろ姿が消えるのを待って、アレンも臣下達の後に続こうとしたが、父王は、彼を呼び止める。

「はい」

「……其方、強くなったな」

もしかして、もう一度説教を喰らうのだろうか、言い足りないことでもあったのだろうか、否、又、鉄拳を落とされるかも知れない、……と恐る恐る向き直ったアレンに、父王は、一言、そう言った。

「其方が、アーサー殿やローザ殿と力を合わせ、あの魔物を討ち取る処を見ていた。…………強くなった、と、そう思った」

「父上…………」

「だが。おツムの方は、未だ未だだ。儂達に、あのような隠し事をしようなど、十年は早い。──疲れたであろう。其方も、ゆっくり休め」

その舌の根も乾かぬ内に、チクリとやりはしたものの、父王は優しく笑んでくれて、

「有り難うございます、父上。……精進します」

アレンは、はにかんだ風に、父と、黙って見守っていた母へ笑み返した。