「………………どうして?」
「んー……。切っ掛けは、アレンが『噂通り』だったから、ですね。……ローレシアの王太子殿下が、ムーンブルク王都の陥落を知って王城から出奔したらしい、と言う噂を耳にした時は、凄く嬉しかったんです。アレンも、僕と同じようなことを考えて、同じようなことを思ったんだな、って。僕は、ほんの少しだけムーンブルク行きを躊躇っていた部分もあったので、前にも言いましたけど、君の噂に背中を押されたように思えましたし。だから、サマルトリアを飛び出したばかりの頃は、何処かでアレンと行き会えたらと、期待しながら旅をしてましたし、半年程度だけれど僕の方が年上の筈だから、その分頑張らなきゃ、とかも思ったんですけどねー……」
一歩でも何処かで感情が逸れたら、君を憎んでさえしまったかも知れない、と言いつつも、喋り始めたアーサーの口調も声も、何処となく軽く。
「でも。こんなこと言われても、アレンの所為ではないので困るでしょうし、筋違いの話でしかないんですけれど。リリザで行き会えた君は、噂通り、一目で君と判ったくらい、勇者ロトや曾お祖父様に生き写しの容姿をしていたので、あの時、僕、本当は、『あーー……』って思っちゃってたんです。ロト伝説や、曾お祖父様の竜王討伐物語の中から抜け出て来たみたいな『勇者様』がいるなあ、と」
「……確かに、そんなことを言われても、そんなことを思われても、困る」
アーサーの調子に釣られたのか、『嫌なこと』を言われたのに、アレンは微かに笑った。
「ですよね。似たようなことを言われたら、僕だって困りますし、怒ります。持って生まれた容姿は、誰の所為でもありませんから。……でも、そう思っちゃったんです。けど、反省もしたんですよ。したんですけど、旅を続けている内に、アレンは、中身も強さも『勇者様』に相応しい人だと思い知らされて。僕なんかと一緒にしちゃったらローザに申し訳ないですけども、僕もローザも、君に庇われてばっかりで。このまま三人で旅を続けて、何時かハーゴンの許に辿り着けたとしても、アレンがいなかったら、アレンじゃなかったら、ハーゴンも倒せないだろうし世界も救えないんだろうな、と。……そう感じたんです。今日まで、ずー……っと感じ続けて来たんです。同じロトの血を引く勇者の末裔でも、『伝説の勇者の末裔』に相応しいのはアレンで、アレンのように戦える訳でも、ローザのように高い魔力がある訳でもない僕は、アレンに置いて行かれないように一生懸命後を付いて行くしかないんだろうな、って」
「……………………っ……、あは…………」
「……アレン?」
「あははははははは……!!」
そして、続いた彼の告白に、アレンは今度は、腹を抱えて笑い出す。
「僕、そこまで笑われることを言った覚えはないですよ?」
「御免、そうじゃなくて。似たようなことを、僕もずっと考えていたから、それで。可笑しくなって、つい笑った」
「え?」
「…………僕も。僕も、ずっとアーサーとローザのことが羨ましかった。それこそ、こんなことを言ったらアーサーは怒るだろうけど、君もローザも見惚れるくらい綺麗で、ムーンブルクを訪れた時、亡くなった人々へ祈りを捧げていた君の姿も、父上や母上や、故郷の王都を失っても前を向いて歩いてるローザの姿も、本当に伝説の勇者の末裔に相応しく思えた。なのに僕は、二人のような魔力も、命を救い癒す術も無い、出来損ないの勇者の末裔でしかなくて、そんな出来損ないに出来ることは、出来損ないなりに二人を守ることだけだ、と。……ずっとずっと、そう思ってた」
玉座の間中に響いた高い笑い声に、流石にアーサーはムッとした様子を見せたけれど、アレンは尚も笑声を洩らしながら打ち明けて、
「一緒にいる時間が長くなると、考えることも似るのかしら」
そこに、何時の間にやらやって来ていたローザの声が混ざった。
「ローザ」
「……この手のことで、考えが似てしまうのは困り物だけれど。私も、アレンとアーサーが羨ましくてならなかったのよ。二人共、知らなかったでしょう?」
少年達の傍らに歩み寄った彼女は、背中合わせに座る二人の前でくるりと身を返して、アレンの右肩とアーサーの左肩に背を預ける風に座り込み、
「ああ。知らなかった」
「僕もですねー」
「でも、私も二人が羨ましかったわ。……仕方が無いことだし、思った処でどうにもならないと、頭では判っていたけれど、羨ましかったし、悔しかった。どうしても、何をどうやっても、男の貴方達に女の私は追い付けなくて、何時だって、手を貸して貰いながら進むのがやっとだったわ。だから。……でも、そうね。私も、何方かと言えば、アーサーよりもアレンの方が羨ましい気持ちが大きかったかしら。アーサーの科白ではないけれど、私にも、アレン、貴方は『勇者様』にしか見えなかった。アレンがいなければ、ムーンブルクの仇も討てない、世界も救えない。でも、アーサーみたいにアレンと肩を並べて歩ける早さも力も無い私は、置いて行かれないようにするしかない。置いて行かれたくない。……私だって、そんなことばっかり思っていたのよ。…………馬鹿みたいね、私達」
ローザも又、実はね、と告げつつ、肩を震わせながら笑い出す。
「………………そうだな。馬鹿みたいだ」
「ですねー。馬鹿ですねー……」
「本当に。────ねえ、二人共。この際だから、序でに打ち明けてもいいかしら? 私ね、アーサーの、一寸した時に余分な一言を言わずにいられない性分が嫌い。アレンの、何も彼も自分が我慢すればいい、みたいな考え方が嫌い」
それから彼女は、いい機会だと諸々を吐き出し始めて、
「あ、それは僕もです。アレンの問題解決方法は、何時だって『自分が我慢する』ですし、何か起こる度に、悪いのは僕だと、自分ばっかり責める癖もあって。アレンの、そういう処、僕は嫌いです」
「そうでしょう? アーサーもそう思うわよね」
「はい。でも、ローザの、一寸困ると力技でごり押ししようとする処も嫌いです」
アーサーも、僕も吐きます、とローザの吐き出しに便乗し。
「ごり押し、と言うか。ローザには、悪い意味で気が強い処があるから、それは僕も嫌いだな」
「ですよねぇ」
「だけど、アーサーの、『特別』以外は全てが完璧に『平等』──悪い言い方をすれば、それ以外をバッサリ切り捨てる処も、僕は嫌いだ」
「あ、アレンの言いたいこと、解るわ」
「だろう? ────でも。でも、それでも僕は、嫌いな処があっても、羨ましく思えても、アーサーもローザも好きだし、大切に想ってる」
笑みを浮かべたまま、同じく吐き出し合いに乗ったアレンは、「でも……」と続けた。
「それは、僕もですよ。アレンもローザも、僕の大切な、特別な二人です」
「私も。アレンのことも、アーサーのことも、大好き。二人がいてくれなかったら、多分、私は今、ここにはいないと思うの。………………私達は、人なのだから。嫌な処の一つや二つ、あって当たり前よ。誰かを羨ましく思うことがあるのも」
「でなかったら怖いです。そんな処一つない完璧な人なんて、人じゃないですから。気味が悪いだけですって」
「あー……、言えてるかも。確かに、余りにもな『聖人君子』は、人として薄気味悪く感じる。……それが人で、僕達も人ならば」
「ですね」
「そうね」
だから、三人は、又も声を揃えて笑って。
「…………………………そろそろ、落ち込むのも悩むのも、止めるか?」
「ええ。こんな話をしていたら、吹っ切れてきたわ」
「僕もです。……それに、能ーーく能く考えてみると、あれだけ喋り倒したくせに、竜ちゃんの『教え』の中で、今の僕達が気に留めるべきは、たった二つだけなんですよね。勇者ロトや曾お祖父様が信じたように、僕達も、創造主が敷いた路の上を辿らされているだけなのかも知れない、と言うことと。そんな路の先に待っているのは、『夢のように遠いモノ』と言うことの二つ」
「…………そうね。言われてみれば、結局の処はそれだけね。本当に、あれっだけ話し続けたくせにね」
「……だな。なら、うっかりこの城に留まってしまった程に惑わされたのは何だったのかと、今更ながら馬鹿馬鹿しくなるくらい、何処にも問題は無い。だとしても、何がどうあっても、多分、僕達の為すことは変わらない。為すべきことも変わらない。────彼は、ロト様も曾お祖父様も、自ら選んだ勇者の運命を悔やんだりはしなかった、と言った。……だったら、僕達も、自ら望んで勇者になればいい。三人で。敷かれた運命の上を唯歩くでなし、自ら望んで辿ればいい。自分達の為に、勇者になればいいんだ。後のことを悩むのは、それからでも遅くない」
何を識った処で、明日からも変わらずに続けるだろう旅の為に、アレンは、アーサーとローザを促し立ち上がった。