巷に溢れる人々風に言うならば、勢い余った『ぶっちゃけ話』を繰り広げたお陰で、アーサーとローザが毎晩のように己に引っ付いて寝たがるのは、『伝説の勇者の末裔』に相応しいと感じ、羨ましくも感じた自分にそうして張り付くことで、置いて行かれるかも知れないとの不安を払いたかったからなのだろうと、薄らとながらアレンにも悟れたので、その夜、彼は、
「もう、僕にくっ付いて眠らずともいいだろう?」
と、二人を前に主張してみたが。
「え、別にいいじゃないですか。だからって、問題あります?」
「アレンの腕枕が癖になると言ったのは、嘘でも何でもないわ」
やはり、彼の主張は、異口同音に言ったアーサーとローザに蹴っ飛ばされた。
故に、「まあ、言っても無駄かも知れない、とは思ったけれど……」と思いつつ、「でも、三人でこんな風に眠っているのを知られたら、あいつに何てからかわれるか……」とも思いつつ、ちょっぴりだけ黄昏れながら、アレンは、竜王城にて『何時も通りの夜』を過ごした。
その夜。
ほんの僅かばかりの期待と、ほんの僅かばかりの恐れを抱きつつ、彼は眠った。
又、あの『夢』が見られるんじゃないか、との期待と、又、あの『夢』を見てしまうんじゃないか、との恐れを。
──竜王の曾孫より聞かされた『長話』より識った『諸々』は、一度、忘れることにした。
振り切ることにもした。
でなければ、明日も歩き続けることが叶わなくなると思えたから。
今日と言う日を切っ掛けに、アーサーもローザも、そして己も、秘かに抱えていた鬱屈を吐き出せて、実の処、胸の内のみで互いを羨んでばかりいた己達は、所詮、『人の枠を越えぬ人』である、と。
勇者と言う名だけを、若しくは勇者の末裔と言う名だけを持たされた、神の望み通りに動く操り人形などではない、と言い聞かせることも出来たけれど。
やはり、胸の奥底に落ちたモノはあり、そのまま根を下ろしてしまったモノもあり。
己と同じ血と運命を背負っていたと言う、伝説の二人の勇者の声が聞きたい、とアレンは思った。
されど、聞くのは怖い、とも思った。
────だが。
その夜、彼の眠りの中に、竜の王が只の夢などではないと断言した『夢』の訪れはなかった。
『ロトの血』を引く伝説の二人の勇者は、何も語り掛けては来なかった。
ご丁寧に人間仕様に造り替えられた、彼等三人が何日泊まり込んでも余裕綽々以上の部屋数を誇る竜王城で一晩を明かしたのに、使った部屋は一つ、使った寝台も一つ、との、アレンが、竜王の曾孫にだけは知られたくないと切実に思った『現実』を、彼の願い虚しく、竜ちゃんは悟っていたようで。
翌朝、地上へ戻ろうとしていた三人を引き止めた彼は、アレンの顔を見遣るなり、意味有り気にニヤァ……と笑った。
「…………っっ……。……一晩、世話になったっ。……それでっ? 何か用かっ」
「なーーーにをそんなに、歯噛みしとるのかのー? 儂は何も言うとらんが」
「………………うるさい。何しに出て来たっ!? まさか、見送りじゃないだろう」
竜王の曾孫にしてみれば堪らなく愉快なのだろう態度を取ってしまってから、しまった、又やってしまった、と気付き、「僕は少し、この手のことを知らん顔して流す術を覚えた方がいい……」と反省しつつ、竜ちゃんに引き止められた通路の直中で、アレンは彼を睨み付ける。
「見送りとは、ちと違う。────アレン・ロト・ローレシア。今一度
「……どんな」
「この上、其方達が旅を続ける理由は何処にある? 今も尚、其方達は、ハーゴン討伐を志しながら旅を続けるつもりでおるのか? そして、今も尚、其方達の答えは、行ける所までは行くと決めた、で留まったままか?」
「…………ああ。僕達は、ハーゴン討伐を志して、最後まで旅を続ける。少なくとも僕の答えは、『行ける所までは行く』のままだ」
「何の為に?」
「ムーンブルク王都の人々の仇を取る為に。祖国の為に。世界と平和の為に。そして、自分達の為に。僕と、僕の大切なものの為に」
「………………そうか。……アレン・ロト・ローレシア。ならば其方に、先祖達の剣を返してやろう」
碧眼に鋭く睨まれても怯みもせず、竜王の曾孫は、彼等が以前にここを訪れた際にしたものと同じ問いを繰り返して、アレンが返した答えに、ほんの刹那の間だけ口を噤んでから、ふいと虚空を掻いた手で何処より招き寄せたロトの剣を、彼へ放った。
「……いいのか?」
「何だ、要らんのか?」
「要る」
「じゃったら、素直に己が物にしておけ。儂から見れば、其方達なんぞ歩き始めた雛みたいなもんじゃが、己達の為にと言えた分だけ、認めてやる」
そうして竜ちゃんは、感謝しろ、と偉そうに胸を張り、
「何でそうなる。これは、お前の祖父が、僕達の曾お祖父様から預かっていただけの剣だろうが」
感謝までする謂れは無い、とアレンは再度彼を睨み付けたが。
「ああ、そうそう。もう一つ。これも返しておいてやるとするかの」
アレンの不興など綺麗さっぱり無視して、竜ちゃんは、懐から古びた帳面を取り出した。
ロトの剣と共に、アレフが竜王の子に託した、勇者ロトの回顧録。
「…………それは、未だいい」
だが、アレンは受け取らなかった。
「良いのか?」
「今は未だ、だ。僕達の旅が終わった時に、貰い受けに来る」
「ほー……。……ま、そういうことなら、今暫くだけ預かっておこうか。──では、達者でなー。見せてはやらんが、昨日其方達に告げた通り、光の玉は儂が持っとるからなー。そこの処は気にするでないぞー?」
少なくとも今は未だ、『それの中身』は必要無い、と言った彼に、竜ちゃんは僅か目を細め、懐に帳面を仕舞い直すと、本当に本当に軽い調子で、子供が別れを告げる時のように、ひらひらひらひら手を振った。
「竜の王。やっぱり、僕はお前が、大っ嫌いだ」
「……そうか。儂は其方を、格好の玩具と思うとるんじゃが。つれないのー、アレンちゃん。──次に相見える時には、もう少し大人になっとれ? 玩具なアレンちゃん」
彼の手は、魔術の光──リレミトを招き寄せる為のそれで、目映い光に包まれる寸前、アレンは、大っ嫌いだと竜王の曾孫相手にぶつけたけれど、竜の王は、ケラケラと笑いながら手を振り続けた。
初めて竜王城の跡地を訪れた際同様、咄嗟に目を瞑ってしまった瞼を再び開いた時には、三人は、朝の陽射しに満たされた地上に立っており。
「………………あ」
「どうしました、アレン?」
「あいつを殴るの、忘れてた」
「……あ。そうね。うっかりしてたわ」
「…………アレンもローザも、諦めてなかったんですね、それ」
「当たり前だ」
「当たり前じゃない」
「…………竜ちゃんは、大人しく殴られてくれる人……じゃなかった、竜じゃないでしょうから、諦めた方がいいと思うんですけど……」
「諦めない。あいつだけは、何時か絶対殴る。今度こそ殴る。僕が往生するまでに、絶対一度は殴る」
図らずも竜王城で過ごすことになった一日の間に起きた諸々を、何処か感慨深く思いつつも、アーサーやローザと、竜ちゃんを殴るのを忘れたの何だのと、冗談とも本気とも付かない顔して語り合い、最後の一言を真顔で告げ切ってから、アレンは、漸く『戻された』先祖達の剣──ロトの剣を、両手で掴み直した。