─ Castle of the Dragon King〜Ladatorm ─

空の彼方の異世界よりこの世界へと逃げ延びて来た、古き神秘の国の刀匠が、オリハルコンにて鍛え上げし剣──勇者ロトが手にしていた頃は王者の剣と呼ばれていた、だが何時しか、持ち主の称号に倣いロトの剣と呼ばれるようになったそれは、或る意味で、アレンの想像を裏切った。

手にするまで、ロトの盾や兜のように、大きさからは有り得ぬ軽さなのではないか、と想像していた伝説の剣は、剣身を覆う焦げ茶に塗られた立派な鞘からして、しっかりとした感触を彼の掌に伝えた。

軽くもなく、重くもなく、操るに丁度良いと感じられる重量で、握り締めてみた柄は、甚く手に馴染んだ。

柄頭と、神鳥ラーミアを模した鍔に嵌め込まれた一対の紅玉は鮮やかで、鞘より抜き去り掲げてみた剣身のしろがね色は、目映かった。

フラーと呼ばれる、剣身の中央を走る太い溝には、黄金のような色した、されど黄金とは思えぬ鋼らしき物が薄く貼られていて、それには、ロトの印やロトの盾と同じ、アレン達には読めぬ文字が刻まれており。

────それは確かに、伝説の剣だった。

「ロトの剣だから、余計思っちゃうのかも知れませんけど、凄い剣ですねえ……」

「私は、剣のことは能く判らないけれど、素直に見事だと思えるわ」

「……うん。僕も、本当に見事な凄い剣だと思う」

陽光を弾いて煌めくロトの剣を、三人は、揃って、何処かうっとりした目付きで眺める。

「ローレシア王やデルコンダル王がご覧になられたら、大騒ぎしそうですね」

「百年以上も行方が知れなかった伝説の剣ですもの、お二人でなくとも大騒ぎじゃなくて?」

「確かに。叔父上には無理だろうけれど、父上には振り回せても不思議じゃないし。────手に入れられて良かった……。ここへ来たのも無駄にならなかったしな。…………じゃあ、そろそろ戻ろうか」

何時までも、こうして眺めていたいような気にさせられる伝説の剣だけれど、本当に、何時までもこんな風にしている訳にはいかないと、アレンは、僅かばかり名残惜し気に剣を鞘へ納め、アーサーとローザも、剣の鍔と鞘とがパチリと微かな音を立てるまで見詰め続けて、

「そうね。そろそろ、船に戻りましょう」

「あ、ですね。僕、お腹空いてきました」

「僕も。それに、船長達が心配しているかも知れないから、急ごう」

お腹が空いたと言い合いながら、彼等は、海岸へ向き直り歩き始めた。

三人が船に戻った時、丁度、船乗り達も遅い朝食を摂ろうとしていた処で、賑やかで忙しない海の男達の食事時に、彼等も混ざった。

アレン達も船員達も、朝食を済ませて一心地付けたら、ルーラでルプガナに戻るつもりで、食事中も一同はそんな会話を交わしたし、食事を終えた後はその為の支度を始めもしたのだけれど、その途中、ひょっこり、甲板に海に棲まう魔物達が乗り上げて来た。

いい加減お馴染みの、はっきり言って見飽きて久しい魔物達だったので、毎度の要領で手早く片付けはしたが、

「……何だろう…………」

初めて実際に操ってみたロトの剣を腰の鞘に納めて直ぐ、アレンは一人首を捻る。

「アレン、どうかしました?」

「ああ。剣がな。どうにも、こう……斬れ味が悪いと言うか、鈍いと言うか……。……いや、威力が無い……みたいな」

「え? だって、ロトの剣ですよ?」

「そうなんだけれども……。……余り手応えが無いんだ。何でなんだろう」

「ふーむ……。一寸いいですか?」

何故だか、伝説の剣の具合が……、と頻りに訝しがる彼の許へやって来たアーサーは、暫し、アレンの腰に佩かれたままのロトの剣を弄り、

「やっぱり、僕には扱えない重さですし、それ以前に鞘からも抜けませんから、『そういう物』の筈ですよ?」

扱えるのも抜けるのもアレンだけなのだから、これが伝説の剣であるのに間違いはないと思うけれど……、と小首を傾げた。

「うん……。でも…………」

「気になるなら、見て貰ったらどうかしら? ルプガナに戻る前に、ラダトームに寄ってみましょう。あの王都には何軒も武器屋があったから、大きい店を当たれば、何か判るかも知れないわ」

身を以てアーサーが保証してもアレンは訝しみを収めず、続きやって来て、アーサーと同じくロトを剣を手にしてみたローザは、なら、ラダトームに、と言い出す。

「そう……だな。……じゃあ、ラダトームに寄らせてくれ」

錆び付いている訳でも、刃毀れしている訳でも無い──そもそも、オリハルコン製の伝説の剣が、錆びたり刃毀れしたりする筈も無かろうが──から、見せてみても職人達も困るかも知れないが、伝説の剣が、首捻らざるを得ない手応えばかりを返してくるのは事実だったので、アレンは暫しだけ悩んでから、ラダトームへの立ち寄りを決めた。

それより半日後の昼過ぎ、魔の島の対岸へ舳先を向けた彼等の外洋船はラダトームの港に入り、三人は、港の目と鼻の先にある王都へ足踏み入れた。

彼の王都を訪れるのは三度みたび目となるので、大分勝手も判ってきたし、街往く人々の熱烈視線にも慣れ始めた彼等は、迷うことも、諸々に煩わされることも無く、王城に近い、ラダトームで一番の、老舗の武器屋の玄関を潜った。

「…………これは又、見事な……」

三人を出迎えた中年の男性──店の主は、手入れに出したい剣がある、と言いつつアレンが鞘から引き抜いて商談の為の卓に置いたロトの剣を一目見るなり、惚れ惚れとした声を洩らし、作業場から主が呼び寄せた老齢の職人も、伝説の剣を前にして目の色を変えたが。

「この剣は、手入れに出す必要などございません」

主も職人も、口を揃えてそう言った。

「色々をお尋ねするような野暮は致しませぬけれども。この剣には、『これ以上の人の手』は不要にございますよ。無論、お客様ご自身の手入れは要りますし、大切に扱われるべき品だとは思いますが」

次いで、職人の彼はそうも言った。

「そうか…………。……判った。すまなかったな」

「いえいえ。そのような世に二つとない逸品を拝見出来ただけで、職人冥利に尽きると言うものでございます。精霊のお迎えが来る前に、伝説にお目に掛れるとは思いませなんだ」

「伝説、か。だが、伝説と言う割には…………」

「何か、ご不審な点でも?」

「どうにも、手応えが悪い」

「……ほう。して、どのように?」

「それが────

野暮はしない、と言いながらも、堪え切れなかったのか、老齢の職人は『伝説』と口にして、それを切っ掛けに、アレンと彼はロトの剣を挟んで話し込み始め、

「あ。アレンが嵌った」

「あれは、長くなるわね」

「確実に。武器や防具や武術の話になると、アレンも時間を忘れますからねー……」

「でも、放っておくしかないわよね。ああなってしまったら梃子でも動かないでしょうし、私達は、あの手の話には付いていけないもの」

「ですねえ……。仕方無いから、僕達も何か見てましょうか」

「ええ。目新しい物とかあるかしら?」

自身達には耳慣れない単語ばかりを口にしながら熱心に言葉を交わす彼等の様子を窺ったアーサーとローザは、これは待ち惚けを喰らいそうだ、と苦笑し合って、暇潰しに店内の陳列棚を見学し始めた。