─ Ladatorm ─
その老舗の武器屋は、規模と歴史に裏打ちされた品揃えを誇っていたが、その分価格も立派で、その意味で、今の彼等でも気楽に手に取れる物は少なく、又、アーサーやローザが心惹かれるような品の数も少なかった。
それに、元々から二人は、アレンと違って武器や防具に目の色を変える口ではないので、あっと言う間に商品の物色に飽きてしまい、時折チラチラとアレンを横目で窺いつつ、「未だかな……」との顔しながら、店そのものの物色を始めた。
ローレシア人に比べれば、サマルトリア人もムーンブルク人も武術的な精進とは縁遠いので、古びた、けれどしっかりした、典型的なラダトーム様式で造られている店内を眺めている方が、アーサーとローザには向きだった。
暇潰しの種を求めて店内を彷徨いている二人が視界の端を掠め続けるので、彼等が疾っくに己を待つのに飽きてしまっていると気付いてはいたのだけれど、アレンは、経験も知識も豊富な老齢の武器職人との語らいを止められずにおり、切り上げなければ、と思いながらも商談卓の前を陣取り続けて、
「…………そうか。判った、有り難う。本当に為になった。仕事中だと言うのに、手間を取らせてすまなかったな」
「とんでもない。お役に立てたなら幸いでございます」
「ああ。──ご主人も、申し訳なかった。商売の邪魔をしてしまった」
「いえいえ、お気に為さらず。今後共、どうぞご贔屓に」
やっと話し終え、職人と店主の二人に礼を告げたアレンが振り返った時、アーサーとローザの姿は、店内の何処にも見当たらなかった。
「……あれ? 何処に行ったんだ?」
だが、おや、と小首を傾げた直後、物陰から二人が揃って現れたので、
「ああ、アーサー。ローザ。御免、すっかり待たせてしまった」
何だ、そこにいたのかと、彼は足早に二人の許へ寄ったが。
「いえ。もういいんですか?」
「用が済んだなら、行きましょう、アレン」
一様に、彼等は複雑そうな顔をしつつ曖昧に笑んで、少々強引にアレンの腕を引っ張り、そそくさと店を出た。
「…………? どうしたんだ、二人して」
「ええ、それが…………」
「そのぅ……ね。お店の中を彷徨いていたら、二階に続く階段が目に付いたの。だから、上にも何か見る物があるのかしらと思って、行ってみたのよ」
「そうしたら、一つ、大きな部屋があったんです。店の方の私室とも思えなかったんで、もしかしたら博物室みたいになってるのかなあ、なんて、深くは考えずに覗いてみたら、行方を晦ましてしまっていると言う、ラダトーム王らしき方がいらっしゃって…………」
「……え? ラダトーム王? ラルス二十世?」
「多分……。アーサーも私も、扉の隙間から覗き見しただけなのだけれど、それでも、王族だと一目で判る衣装の方で、年頃も、ラルス王と同じくらいだったし、部屋の設えも、商家のそれではなかったから。ラルス王は、あの店に匿われているのではないかしら、って……」
アーサーに右手を、ローザに左手を引かれ、武器屋を後にして直ぐさま店脇の路地裏に連れ込まれ、何か遭ったのか? とアレンが眉を顰めれば、二人は交互に、あの店の二階で、見なければ良かったものを見てしまった、と打ち明ける。
「アレン、どうするべきだと思います?」
「ラダトーム城に行くべきかしら……」
次いで二人は、どうしよう? と彼へ問い掛けてきた。
この国の臣下達も、邪神教団を恐れる余り姿を隠してしまった王を捜しているのだから、見てしまった以上、報せた方がいいのではないか、と。
「………………いや、止めておこう」
しかし、アレンは、一瞬のみ考え込んでから首を横に振った。
「うーん……。本当に、見て見ぬ振りしちゃって構いませんかね……」
「……アレン、いいの?」
こんな話をしたら、アレンは武器屋の二階に怒鳴り込むかも知れない、とも内心では思っていたから、打ち明けの最中も、ずっと彼の腕を掴み続けていたのに、放っておこう、と言われて、アーサーもローザも何処か拍子抜けしつつ、困惑を深めたけれども。
「ああ。それが、彼の選んだ路なら。僕達には愚かな路としか思えなくても、口出しも、腕尽くも、恐らく意味が無い。ラダトームの民には申し訳なく思うが」
アレンは、もう一度首を横に振った。
昨日までの彼だったら、アーサーとローザの想像通り、二人の腕を振り払ってでも武器屋に取って返して怒鳴り込み、雲隠れを決め込んでいるラダトーム王を、自ら王城へと引き立てるくらいのことはしてしまったかも知れないが、今の彼には、そんな感情も、そんな考えも湧かなかった。
ラダトームの民を思えば心は痛むけれど、自ら望んでした『運命の選択』と言うのは、『そういうもの』なのだろう、としか思えなかった。
「そう…………ですね。うん、じゃあ、見なかったことにしましょうか。前にも言いましたけど、内政干渉になっても困りますし」
「そうね……。腹立たしいけれど、目を瞑りましょう」
──きっと、放っておくしか術がない。……とのアレンの言葉に、アーサーとローザは一瞬顔見合わせたが、やがては二人も、こくりと頷く。
「ああ。……行こう」
躊躇いを振り切った二人を促し、アレンは歩き出した。
「はい。────ああ、処で、アレン。あの武器職人の方は、何て?」
「剣自体は、やはり何ともないと言われた。だから、手応えをおかしく感じるのは、ロトの剣を扱い切れるだけの技量が僕には未だ無くて、剣に振り回されてしまっているのかも知れない、と思ったんだが。彼に曰く、自分には剣の技量云々に関しては何も言えないから、そういう部分の有無は肯定も否定も出来ないし、『癖の強い』剣のようだから、思うまま扱うのはかなり難しいだろうけれど、何よりも、ロトの剣は、『己が斬る相手を選ぶ剣』なのではないか、と」
「斬る相手を選ぶ……? ロトの剣には、意志があるってことですか?」
「あのご老人に言わせると、そうみたいだ。……ロトの剣に意志があるとか、斬る相手を選り好みするとか、そんな逸話は、ロト伝説の中にも、曾お祖父様の物語の中にも無いんだけどなあ……」
「ロトの剣は、どんなに短く見積もっても、打たれてから四百年は経つでしょう? それだけの長い時、伝説として在り続けた剣なのだもの、心が宿っても不思議ではないと、私は思うけれど」
「あー、それはあるかも知れませんね。…………まさかと思いますけど、勇者ロトにも曾お祖父様にも置き去りにされて、拗ねちゃったんでしょうか、ロトの剣」
「…………いや、アーサー。幾ら何でもそれは。……拗ねるか? 拗ねるのか? 伝説の剣が」
「アーサー……。貴方の発想は、時々、凄く変よ……。伝説のロトの剣が、持ち主だった勇者達に置き去りにされたからと、小さな子供みたいに拗ね……てたら、どうしたらいいのかしら……」
「アレンの夢の中に出て来るロト様と曾お祖父様に、ロトの剣の機嫌を取ってくれるように頼んでみるのはどうです?」
「あのな、二人共……。そんなことを言っていたら、本当にロトの剣が拗ねるかも知れないから止めてくれ。臍を曲げた伝説の剣なんて、考えたくもない。飼い主に邪険にされた愛玩動物みたいじゃないか……」
そうして三人は、先程アレンが老齢の武器職人から聞き出した話から、『ロトの剣は拗ねてしまっているのではないか説』を議題に、ぎゃあぎゃあ言い合いながら辻を辿り、
「……アレン。貴方も酷いこと言ってるわよ。──あ、御免なさい。一寸、その店に寄ってもいいかしら」
自分達は、伝説のロトの剣に付いて話していた筈なのに、と若干遠い目をしたローザが、通りすがった店の看板に目を止めて立ち止まった。
「はい。……って、裁縫店ですか?」
「ええ。繕い物用の糸が終わりそうなの」
「ああ、成程。じゃ、寄って行こう。……その手のことは、何時の間にかローザに任せっ放しになってしまって……すまないな」
「何時も有り難うございます、ローザ」
「いいのよ。そんなこと気にしないで頂戴。どうしたって殿方には慣れないでしょうし、アレンもアーサーも、お裁縫は目も当てられないくらい不得手ですものね」
「うん……。何時まで経っても、上手く出来ない」
「ええ……。上達しないんですよねえ……」
彼女が見上げた看板は手芸用品を取り扱う店のそれで、ローザはくすくすと笑いつつ、アレンとアーサーはちょっぴり肩を落としつつ、品を買い足したいと言い出した彼女を先頭に、裁縫店の入り口を潜った。