─ Ladatorm〜Rupugana〜Horn of the Dragon〜Beranoor ─

立ち寄ったその裁縫店は、何方かと言えば手狭な、余り流行っていない風な店だった。

三人以外に客はおらず、一人で店番をしていた若い女性も、少々退屈そうだった。

「いらっしゃいませ。お客様、雨露の糸は如何ですか?」

……もしかすると、彼等は、その店にとっての久方振りの客だったのかも知れない。

入店して来た三人を見遣るなり、店番の女性はパッと笑顔を浮かべ、店の一押しらしい品を売り込んできた。

「雨露の糸……?」

「はい。魔法具を作る際に用いられる糸ですわ。でも、雨露の糸は、例えば、今、お客様がお召しになられている身かわしの服のような品を織る時などに使われる、魔法具用の糸の中でも一般的な物とは違い、最上級の品なのです。聖なる織り機と呼ばれている機で以て雨露の糸を織りますと、水の羽衣と呼ばれる、取って置きの魔法具が出来る、と言う言い伝えもございま──

──今、聖なる織り機と言ったか!?」

「それ、本当ですかっ!?」

「はっ? え、ええ……。私共のような商いをしている者達の間では、そういう言い伝えがございます。但、あくまでも言い伝えでございまして、聖なる織り機が実在しているかどうかは、不確かで──

──いや、いい。そこはいいんだ。判った、その、雨露の糸を売ってくれ」

「…………? ……はい。では、如何程?」

「水の羽衣が織り上げられるだけの量を。それと、繕い物用の糸もお願いね」

目と目が合うなり品を売り込まれて勢い首傾げたローザに、売り子は雨露の糸の説明を始め、彼女から、ザハンの尼僧から引き渡されたものの、使い所が不明だった聖なる織り機の名が出た途端、アレンとアーサーは声高に叫び、「こんな所に聖なる織り機絡みの手掛かりが!」と興奮した少年達を他所に、ローザは、冷静に品の注文を済ませた。

「あら、どうしましょう…………。申し訳ありません、丁度、切らしておりました。雨露の糸は、人に紡げる物でなく、空よりの恵みなのです。空より風に運ばれ、北のドラゴンの角の三階辺りに落ちるそれを、拾って来る以外に手に入れる術がない品でございまして…………」

だが、在庫が仕舞われている棚を覗き込んだ売り子は、酷く恐縮した顔になって、繕い物用の糸だけを手に振り返り、今は雨露の糸が無い、と頭を下げてきた。

「え、無いのか……?」

「そうですか、無いんですか……」

「まあ、そうなの。それは残念だわ。でも、仕方無いわね。──そちらの糸は、お幾らかしら?」

故に、アレンとアーサーはあからさまに落胆した風になったけれども、ローザだけは態度を変えず、さっさと会計を済ませて、ぐいぐいと少年達を店の入り口へ追い遣り、裁縫店を後にする。

「二人共、そんなに落ち込む程のことではないでしょう? 北のドラゴンの角に、雨露の糸を取りに行けばいいだけじゃない」

「………………あ、そうか。それもそうだ」

「多少は手間だけれど、私達自身で取りに行けば、代金も浮くわ」

「確かに。落ちている物を拾うだけなら、只ですもんね」

「……割と、いい響きだな、只って」

「…………ですね。何となく、いい感じです」

「んもう。二人共、世知辛いこと言わないで頂戴」

「でも、ローザだって、そう思うだろう?」

「………………それは、まあ。だって、只ですもの」

折角、あの彼女が雨露の糸の『仕入れ先』を洩らしてくれたのだから、落胆している暇があるなら自分達で雨露の糸を拾いに行こう、とローザに言われ、ポン、と揃って手を打ち鳴らしたアレンとアーサーは、今度は、「只は良い」と、市井に馴染み過ぎた喜びを見せ、そんな二人に呆れつつ、ローザも、只は良い、と同じく市井に染まり切ってしまった頷きを返した。

手に入れたロトの剣の具合が云々を切っ掛けにラダトームに立ち寄った為、ほんの少しだけ、以降の彼等の旅程は変わった。

竜王の曾孫との対面を終えたら徒歩でベラヌールへ向かう旅に戻るつもりだったが、北のドラゴンの角に寄って、雨露の糸を手に入れると言う仕事が増えたので、結局、ベラヌールへは船で向かうことになった。

時間を無駄にせぬよう船旅を選択してから、三人の誰もが、一瞬のみ生活費のことを気にしたが、先日狩ったメタルスライム達が、又もや、素晴らしい、としか言えない値で売れ、懐も暖かくなったので、暫くその辺は気にせずに行こう、と言うことにもなり。ルーラで戻ったルプガナより船で発った一行は、ルプガナとムーンブルクを分ける、風のマントで渡ったあの海峡を抜けがてら、北のドラゴンの角に立ち寄った。

「多少は、成長したって思っていいんですかね」

「ええ。以前よりは強くなれていると思うわ」

「未だ未だな部分も多いけれど。もっと手早く魔物を倒せるようにならないと……」

「……アレン。貴方が自分に厳しいのは何時のことだけれど、もう少しくらい、貴方自身にも優しくしていいのではなくて?」

「ですねえ。一寸くらいは自分で自分を褒めてあげないと、自分の何処かが捻くれますよ?」

「そうかな……。……でも、強さに上限はないのだから、止まる必要は無いだろう?」

「……いや、そういう話じゃなくてですね、アレン」

「そうよ。そういう話じゃないのよ」

「え? じゃあ、どういう話なんだ?」

「…………アレン……」

「言うだけ無駄なのかしら…………」

以前この辺りを抜けた時には立ち寄らなかった、北のドラゴンの角内部に蔓延っていた魔物達は、南のドラゴンの角と顔触れが同じで、あの時よりも格段に易く魔物達を倒し遂せるようになっていた自分達を、アーサーとローザはちょっぴり褒めたい気分になったけれど、アレンだけは納得いかぬ風な顔になり、強くなることに関してだけは貪欲で、発想も何処かズレている彼を、「あー、又始まった」とローザもアーサーも嗜めて。そんな言い合いをしている内に、三人は、まことに呆気無く北のドラゴンの角三階に辿り着く。

塔の中央を貫く吹き抜けと、二つの階段以外には何も無いそこを一巡りしただけで、雨露の糸らしき、薄く水色掛かった綺麗な糸の束も大量に拾え、今度こそベラヌールに、と彼等は船に戻った。

ドラゴンの角の海峡を抜けてより、約半月後。

三人は、再びベラヌール大陸の地を踏んだ。

あんなことがあった街を再度訪れなくてはならぬので、ベラヌールの港に上陸した時から、実の処は三人共に内心ではハラハラしていたのだが、港に着いても、港を発っても、それより数日後に水の都の門を潜った時も、これと言ったことは起こらず、以前厄介になったあの宿に逗留した夜も、穏やかなまま過ぎた。

だから、彼等は思わず拍子抜けし掛けたけれども、直ぐに、再びのベラヌール訪問は無事にやり過ごせそうだと喜び合い、翌日は、朝から、前回は余り出来なかった街の散策へ繰り出す。

相変わらず、アーサーは司祭達と擦れ違う度に立ち止まり、長々、声掛けた神職者達との宗教談義に花を咲かせて、アレンは武器屋で引っ掛かって、男二人を見捨てたローザは、一人、水の都と名高いベラヌールの景観を楽しむことに時間を費やし。覗いた武器屋で偶然言葉を交わした遊歴の剣士との語らいを終えて、はた、と我に返ったアレンが、先程までと変わらず道端で巡礼中の司祭達と話し込んでいたアーサーを捕まえ、運河沿いの花壇脇でのんびりしていたローザを拾った時には、昼食時を過ぎていた。

「…………御免。一寸、武器屋で引っ掛かった」

「僕も御免なさい。司祭様方と話し込んじゃって……」

「…………私、喉が渇いたの。お茶と甘い物が食べたいわ」

「う、うん。判った。甘い物、な」

「その前に、お昼にしません?」

一人待ち惚けを喰らわせてしまったローザに、アレンとアーサーが揃って詫びれば、何時ものことだから気にしていない、と言いながらも、彼女はにっこり笑みつつ要求してきて、少々だけ頬を引き攣らせた少年達を引き連れたローザは、街角で見掛けた甘味も提供してくれる食事処へ向かった。