「ア、アーサーっ!?」

「アーサーっ! 貴方、何時からっ!?」

有らぬ所から、いきなりの出現をしてみせた彼に話し掛けられ、バッと身を離したアレンとローザは、数歩分飛び退り、

「さっきから、ずーっと見てました。……えっと。すみません…………」

『乱入者』は、ハハ……、と乾いた笑いを浮かべて誤摩化す。

「見て、見てたって、何で!?」

「通りすがりに見掛けてしまったもので。こう……、つい。なので、それに関しては御免なさい。邪魔もしちゃったみたいですしね。でもですね、アレン。ローザも、今のは頂けません。そんなに簡単に諦める必要なんて、無いと思いますよ?」

実にわざとらしい笑みを頬に貼付けたまま、アーサーは、欠片も反省していない態度で、ちょいちょい、と未だに焦っているアレンとローザを手招くと、中庭の片隅に設えられている四阿へ向かった。

「何かもー、二人の色々に呆れてきたので、手っ取り早く話を進めてもいいですか? ──今さっきも言いましたけど。どうして二人共、そんなに簡単に、お互いのことを諦めちゃうんです? それって、僕に言わせれば、激しく馬鹿馬鹿しいです」

中庭が能く見渡せる四阿の長椅子に揃って腰掛けるや否や、アーサーは捲し立てる。

「……アーサー。くどいようだが。僕もローザも、君だって、好きだの嫌いだのだけで伴侶を選べる立場じゃない。僕はローレシアを、ローザはムーンブルクを治めなくちゃならないんだ、諦める以外にどうしろと? どうしようもないだろう……」

「で・す・か・ら。その発想が間違いなんです、アレン。──ローザ。確か、二百年か二百五十年前くらいのことだったと記憶してるんですが。未だ、ムーンブルクがロンダルキア地方を統治していた時代、そのロンダルキア地方にあった小国の王族から、お一方、当時のムーンブルク国王に嫁がれた方がいらっしゃいましたよね」

「……アーサー。貴方、何でそんなことにまで詳しいの……? ええ。いらっしゃったわ。その方は、今では滅びてしまった小国の女王陛下だったのだけれど、祖国の女王として即位したまま、ムーンブルク王の……。────アーサー。貴方まさか、それと同じことをしろ、と?」

「はい。その通りですよ。ムーンブルクには前例があるんです。国王と他国の女王が、互い即位したまま婚礼を果たした例が。因みに、ラダトームにもデルコンダルにも事例が残ってます。……ほら、不可能じゃないですよ?」

「だけどな……」

「そうよね……。生まれる問題が大き過ぎるもの……」

「勿論、その為に解決しなくてはならない問題は、山のようにあります。問題を解決していく順番も慎重にしないとなりません。ですから──

そうして彼は、他ならぬムーンブルクにも君主同士で婚姻した例はある、前例がある以上、やってやれないことはない、と主張し、熱込めて一席ぶち始めた。

────そんな、一人妙に盛り上がっているアーサーの主張に曰く。

先ず、何はともあれ、アレンは国王や宰相や臣下達に、ローザは賢者殿やムーンブルク各地の首長達に、二人の仲を認めて貰えるよう説得すること。

許しを貰えたら正式に婚約し、絶対に、アレンよりも先に、ローザがムーンブルク女王に即位すること。

少なくとも、ムーンブルク王都及び王城が或る程度再建され、アレンの即位も終わるまでは、婚約以上の話を進めないこと。

二人の婚姻は、ローレシア・ムーンブルク両国の統一ではないと、内外に明言すること。

婚礼まで事を進められたら、以降は、ローザは一歩でもローレシア領内に入った時点で、ムーンブルク女王ではなくローレシア王妃として、アレンは、同じく一歩でもムーンブルク領内に入った時点で、ローレシア国王ではなくムーンブルク女王の夫君として振る舞うのを徹底すること。

お互い、何が遭っても、相手の国政に伴侶として以上の口を挟まないこと。

そして、こればかりは神の御心に委ねるしかないけれど、子を二人は生すこと。

……だそうで。

「この辺りのことを、順番を間違えずに片付けていけば、粗方は何とかなる筈です。……あ、アレンとローザなら間違いなんて起こさないでしょうけど、子供は、婚礼してからにして下さいね? でないと、計画が壊れますから」

語るだけ語って、ふう、と満足気な笑みをアーサーは浮かべた。

「あ、あのな…………。こ、子供の話は兎も角っっ。……それでいけるのかな…………」

「どう……なのかしら…………」

「やるだけやってみませんか? 何もせずに諦めるよりは、遥かにいいと思いますよ? ……そうだ。後一つ、言い忘れてました。建前的に必要なので、手間ですけれど、サマルトリアにも婚約の打診をして下さい。父上も反対はしないと思いますけれど、ロト三国の中から君主同士で婚姻を、と言う話ですから、サマルトリアを除け者にしている訳じゃない、みたいな建前がないと拙いので」

「ああ、うん。それは、まあな。…………と言うか、一寸待ってくれ、アーサー。どうして、そこまで話が飛躍してるんだ? 僕は、その……ついさっき、ローザに想いを打ち明けたばかりで……」

「……じゃあ。アレンは、ローザと結ばれたくないんですか?」

「………………それ、は。……それは、結ばれたい」

「ローザは?」

「……私、も…………」

「なら、別に飛躍してないですよね? 計画は、先を見越して立ててこその計画です」

アーサーの余りの勢いに、当事者であるにも拘らず、アレンもローザも、置いてきぼりを喰らったようになってしまって戸惑ったけれど、やはり、アーサーは何処吹く風で。

「…………アーサー。有り難う。こんなにも、親身になってくれて……」

「いいえ。……僕は疾っくに、アレンはローザが好きなんだろうと気付いていて。ローザも、アレンが好きなんだろうと気付いていて。だから、実を言えば、ずっと考えてたんです。どうしたら、僕の、大切で『特別』な二人が結ばれるだろうと。昨日や今日に練り出した計画じゃないんです。二人には幸せになって欲しいと願ってますし、それに…………」

「……それに?」

「やっぱり、初めてルプガナから船で出航した時のことですけど。僕、アレンに言いましたよね。僕には、恋情と言う意味で『特別』に想っている人はいないと。僕が人々に向ける想いは、博愛なんだ、と。……あれ、実は嘘なんです。一人だけ──国に、一人だけ、その意味で特別に想っている人がいるんです。…………一寸、受難が多い恋路なので、今まで誰にも打ち明けたことはありませんが、僕も、何とかして想いを叶えたくて。アレンとローザが結ばれたら、勇気を分けて貰えるかな、とか思ったりもして……」

実は……、とアーサーは、自身も秘かに、少々苦しい恋をしているから、と打ち明けてきた。

「そうか……」

「そうだったの……」

「……はい。────アレン、ローザ。お前が言うな、と言われるでしょうけど、僕が立てた計画も、言う程簡単なことじゃありません。例え、周りの方々が許して下さっても、ローレシア国王とムーンブルク女王が婚姻を交わす以上、何処かから横槍は入ると思います。両国の民にも納得して貰わないとなりませんし、一度でも、何方かが何方かの属国に成り下がるのでは、と疑われたら終わりです。そうではないと、この先ずっと、結ばれてからも、国政でも態度でも、示し続けていかなくちゃなりません。それは、本当に大変なことの筈です」

「…………ああ、判ってる。結ばれるまでも、結ばれてからも、道が険しいことくらい。……けど。僕はもう、腹を括った」

「私も。綺麗事を言うのは止めたわ。諦めるのは、やれるだけのことをやってみてからにすると、今、決めたの」

だから、アレンとローザは、こんなにも自分達のことを想ってくれるアーサーに報いる為にも、己の心に正直になる為にも、如何様に困難な道でも辿り切ろう、と覚悟を決めた。

「応援してますからね、二人共」

「うん。有り難う」

「アーサー。本当に有り難う。貴方に背中を押して貰って、それこそ勇気が出てきたわ」

「良かったです。……大丈夫ですよ。きっと何とかなります。応援ばかりじゃなく、協力もさせて下さいね。僕も、行く行くはサマルトリアの王になりますから、それなりの手は尽くせますよー」

そうして、立ち上がった三人は、そろそろ朝食だと呼ばれてもおかしくない時間だと、四阿を後にした。