七日後、予定よりも一日だけ遅れて、前日にテパまで迎えに行ってくれたアーサーに連れられ、アレンと息子二人は城に戻って来た。
アレンは多くを語らず、アーサーも何も言わなかったが、熱帯密林巡りを強行したらしいのに、ケロリとした顔をしていた父とは真逆に、ボロッボロになっていた温室育ちな息子達の酷い有様が、テパで何が遭ったのかの大凡を物語っており、けれど、その日より数日寝込んだ長男と次男が王城内を歩き回れるようになった時には、数年もに亘って擦れ違っていた兄弟の仲は、嘘のように改善されていた。
後日、アレンがボソッと、「もっと早く、ぶん殴って判らせれば良かった。父上と母上の鉄拳制裁な教育方針を、徹底的に見習うべきだった」と零した程。
勿論、何も彼もを油絵の具で塗り替えたように、とはいかず、始めの内は、長男は弟に対して、次男は兄に対して、今までとは別の意味でどうしていいのか判らない様子で、顔付き合わす度に無言で凝視し合う、と言う風なことばかりを繰り返していたけれど、次第に歩み寄るようになって、何時しか昔通りの仲になった。
結局の処、弟は兄が憎くて避けていた訳では無いし、兄も弟を憎いと思ったことは一度も無く、幼子だった頃は何時でも一緒にいたがった程だったのだし、双方共に十を越え、分別の付く歳になったと言うのもあって。
そして、長男アベルと次男アデルの、父母に対する態度も変わった。
──周囲から、幾度も幾度も聞かされてはいたけれども、アレンとローザの子供達にとって、かつて、世界が邪神教団や魔物達の脅威に晒されていたと言うのも、親達が、魔物達や教団の大神官ハーゴンや、破壊神シドーまでをも討ち取ったと言うのも、それまでは、夢物語に似た何かでしかなかった。
だが、アレンに無理矢理引き摺って行かれたテパの密林の中で、アベルもアデルも、己達の父は、語り継がれている通り、当代の勇者で世界を救った英雄の一人なのだと思い知らされ、では、自分達が、父達が旅立った歳になった時、同じことが出来るかと言われたら……、とも思ったらしく。
一言で言えば、本質的には素直な質の兄弟は、揃って、これまでの諸々を猛省した。
父や母や、両親の無二の親友殿の偉大さを思い知った分、今度は、「あー、自分達は、そういう親の子供なんだー……」との、今更な精神的重圧が伸し掛り、ちょっぴり落ち込んだりもしたが、その辺は、だったら両親達に追い付け追い越せ、と前向きに昇華することを叶えたようで。
…………あの旅の日々の終わりより十七年。
逝ってしまった人達が遺した悲しみや寂しさこそあれ、アレンとローザは、子供達共々、漸く、様々な意味で平穏なだけの毎日を送り始めた。
そうなるまでに月日は要してしまったが、出来るだけ沢山の子供を授かって、授かった子供達に囲まれて、幸せに、親子揃って仲睦まじく暮らしたい、との二人の願いは叶ってくれ、父に叩き込まれた酷暑の密林から戻って来たあの日より数ヶ月が過ぎた頃には、アベルもアデルも、将来、自分達はローレシアやムーンブルクの王になるのだ、との現実を、改めて強く自覚したのか、次代の君主になる為の支度に、意欲的に取り込み出し。
アレンにもローザにも、そう言えば自分達が授かった子達は、人数も性別も曾祖父母と同じだ、そこまで似なくてもいいのに、と笑い合えるゆとりが生まれた。
そのお陰で、今度はアレンは、アベルはローレシアを、アデルはムーンブルクを継ぐからいいとして、やはりロレーヌは、何時の日かは何処かに嫁がせなくてはならないのだろうかと、娘を持った父親ならば、誰もが一度は悩むことに気を揉み出し、終いには、自分にも勝てぬような馬の骨には絶対嫁がせない、と言い始めて、
「剣で貴方に勝てるような若い殿方がいる筈無いでしょうっっ。何を馬鹿なことを言い出すの!」
と、年中ローザに叱られるようになってしまったのだけれども。
それも又、幸せな家族の風景、と言えるものではあり。
その後も、決して止まらぬ、何者にとっても完璧に等しい刻は、滔々と、変わらぬ早さで流れて行った。
アレンもローザも、日々、執務や公務に励んで、彼等の子供達は、勉学や、武道や魔術の鍛錬等々に精を出した。
息子達は、剣の稽古を付けて欲しい、と父に頼み込んでくることが増えたし、初恋を知っても不思議ではない年頃になった娘は、母と二人、こそこそと某かを語ったり、何やらを作るのに勤しむようになった。
成長し、数年前と比べれば見違えるようになったとは言え、十代前半でしかないアベルやアデルが、両親の手を煩わせることは、ままあったが。
未だ未だ小さな子供なのに、早熟なのか、明らかに何者かの為に着飾ることを覚えた娘は、父親としてのアレンの胃の臓を痛めたが。
彼等親子も、ローレシアもムーンブルクも、アーサーが治めるサマルトリアも。
その頃は、幸福の中にあった。
そうして、約二十五年。
………………あれから。
アレン、アーサー、ローザの三人が、破壊神シドーを滅ぼしたあの日から、二十五年近くの歳月が流れた。