─ Twenty-five years later ─
あの日々より、二十五年近い年月が過ぎ。
アレン達三人は四十代の半ばになり、アレンとローザの長男アベルは、成人も果たした十九の半ばになり、次男アデルも、もう間もなくで十八で、長女のロレーヌは十三になった。
相変わらず、アレンもアーサーもローザも、見た目だけは年齢不詳で、子供達に影でこそこそ、「父上も母上もアーサー様も、一寸、何処か変じゃないか?」と言われる程だったけれど、その子供達の方は、立派に成長し、年相応になった。
そして。
決して短くはなかった約二十五年の年月の中で、アレンは、当代の勇者であり英雄の一人でもあり。ローレシア国王でありムーンブルク女王の夫君、と言う以外にも、肩書きのようなものを一つ増やしていた。
それが何かと言えば、歴史学者。
あれだけ忙しい毎日を送り、子供達のことで苦悩していた時期も短くはなかったのに、どうやってそれだけの時間を拵えたのやら、アーサーもローザも子供達も知らぬ間に、彼は、勇者アレクが残したロト伝説と、勇者アレフが残した竜王討伐物語の、歴史的な研究に於ける第一人者と言われるようになっていた。
尤も、アレン自身には、そのようなつもりも自覚も微塵も無かったが。
彼は、ロト伝説や竜王討伐物語の研究を専門とする歴史学者になりたかった訳では無く、なろうと思った訳でも無い。
偏に、ロト伝説や竜王討伐物語に関する歴史的事実を知れる文献だの何だのを片っ端から掻き集めて、『一人で色々と』していただけで、そんなことをしていたら、先祖達が残した二つの伝説を一言一句違えずに語れた昔以上にそれらに精通し、彼に尋ねれば、ロト伝説と竜王討伐物語に関することなら、如何なる答えでも返るようになった為、周りが勝手に、ローレシアの国王陛下は、自身の先祖達の歴史に関する第一人者だ、歴史学者だ、と言い出しただけのことでしかない。
────唯、その件と、この約二十五年間に関して確かに言えるのは。
周囲に誤解されるまで、アレンは、アレクやアレフが生きていた当時のことを詳細に知ろうとし、妻にも親友にも子供達にも、その理由を決して語ろうとはしなかった、と言うこと。
それと。
彼が、厚くて上等な布の袋に収められた『小さな手鏡』を肌身離さず持ち歩いているのを、ローレシア王城やムーンブルク王城の者達の中で知らぬ者はいなくなった、と言うこと。
その年の、真冬のことだった。
ローレシア王都でも最も寒さが厳しくなる季節の直中の、甚く冷え込んだその日の午後早く、アレンは執務室に籠って、己よりも少々だけ年上の宰相と共に、机に広げた地図を見詰めていた。
現在、ローレシア王国宰相の地位にあるのは、アレンの爺やだった前宰相の長男だ。
ローレシアでは、宰相職も将軍職も世襲では無いが、先の宰相が、余程のことが起こらぬ限り、自分の方がアレンよりも先に逝くのが道理なのだからと、自身の長男に、将来のローレシア宰相となるべく特化した教育を施していた為、世襲に近い形になった。
とは言え、現宰相は、今は亡き父の想いに立派に応えた、王城内でも評判の良い有能な人物で、アレンや王家に良く仕えてくれているので、世襲同然であっても、その辺りは恙無い。
──そんな、爺やの後を継いで腹心の一人になってくれた現宰相の彼と、アレンは今、先頃、ローレシア王国北部──勇者の泉がある辺りで発見された、鉱脈の発掘に関することで議論していた。
未だ秋だった数ヶ月前、長雨が続いた所為で、西部の湖が氾濫すると言う天災にローレシアは見舞われていて、被災した地方の復旧は未だに続いており、にも拘らず、商人や鉱夫達のギルドからは、新しい鉱脈の発掘開始に関わる軍の派遣を執拗に求められてしまっている為、その辺りの調整をどうしようか、と言ったことなどを。
「無い袖は振れないんだがな……」
だが、主に商人や鉱夫達ギルド側を納得させる為の案が中々決まらず、はぁ、と執務机に頬杖付いて、アレンは溜息を吐いた。
「……陛下。少しお休みになられませ」
疲れた風に言う彼の顔色は、実際、余り良くなく、宰相は休憩を勧めた。
「大丈夫だ。少しうんざりしただけで、別段、休む程のことでも無い」
「ですが、ここの処、余りお休みになられていないのでは?」
「え? そんなことは無いが?」
「……陛下。嘘を吐かれても無駄です。隠し通せるとお思いですか。兎に角、根ばかり詰められず、一息付かれて下さい」
休め、と言われてアレンはそっぽを向いたが、宰相の彼は、誤魔化しても無駄、と眦を吊り上げ、
「そういう処は、爺やにそっくりだ……」
ブツブツ零してから、漸く、アレンは腰を上げる。
「陛下。失礼致します。ローザ王妃殿下と、皆様がお戻りになられました」
と、そこへ、侍従の一人が、昨日からムーンブルクへ行っていたローザと子供達が帰城したと伝えに来て、
「陛下。只今戻りました」
「……ああ、お帰り、ローザ」
「ええ。ただいま、アレン。……御免なさい、執務の邪魔をしてしまったかしら?」
「いや、そういう訳でも無いから。気にしないでいいよ」
次いで、ローザと子供達が顔を見せにやって来た。
「父上、只今、ムーンブルクより戻りました」
「ただいま、父上」
「戻りました、お父様」
「お前達もお帰り」
「お父様、未だお仕事?」
「……あ、その──」
「──ロレーヌ様。陛下は、今丁度、ご休憩為さる処でしたので、皆様でお茶でも為されるのは如何でしょう。直ぐに支度をさせますので」
彼女に続き、子供達もアレンへ声を掛け、ローザや長男や次男が、この先は、と踏み留まった一線を一人越えたロレーヌは、椅子から腰を浮かせたばかりの父に纏わり付き、これ幸い、と宰相は国王陛下の娘を盾に取った。
「宰相……」
「ですから、少しお休み下さい」
「……あら。宰相殿。アレンがどうかして?」
「はい。陛下は先程から、余りお顔の色が宜しくないのです。なので、少しでもお休み頂きたく」
「えっ? …………ああ、本当だわ。──アレン、彼の言う通りよ、少しでいいから休んで。皆でお茶でもしましょう。今日は貴方、アベルとアデルに剣の稽古を付ける約束だし、夕餐の頃には、十日振りにアーサーが来る予定にもなっているじゃないの」
「あーーー……。……うん、判った。じゃあ、少し」
どうにもアレンを休ませたがる宰相から、夫の顔色のことを聞き及んだローザは、彼の傍らに寄って面を覗き込み、確かに、と宰相の味方に付いて、苦笑を浮かべたアレンは、渋々ながら執務机を離れる。
「父上、お加減が良くないのですか?」
「いや。心配される程のことでは無いよ」
「でも……。あの、でしたら、今日の稽古の約束は──」
「──大丈夫。出来るから。休めと言われてしまったことだし、茶を終えたら始めようか」
「あのね、お父様。今朝、お母様と一緒にパイを焼いたの。初めてだったけれど上手く焼けたのよ。持ってきたから、召し上がって?」
「勿論。処で、何のパ────」
茶の為に場所を変えようと、ローザと寄り添う風にしながら部屋を行き出したアレンを子供達は取り巻いて、菓子を焼いたのだ、と言い出した娘へ掛けていた言葉半ばで、彼は急に足を留めた。