君は。
その肌の下を流れる血も、背負った運命も、俺に等しい君は、それ故に何時の日か、俺と同じ『答え』に自ら辿り着いてしまうかも知れない。
……勇者だから。それが、勇者だから。
──だから、俺や俺の仲間達は、ロト伝説に手を加えた。
英雄譚らしく『綺麗』に整えて、敢えて、それが世間に流布するように仕向けて、この世界の正史と化させた。
人々には、アレフガルドの英雄となった勇者ロトが紡いだ、お伽噺のような伝説であり、確かな『正史』として。
けれど、『君』にだけは『気付ける』ように。
『真実』のみを伝えつつも、矛盾や不思議を鏤めた。
俺達が、伝説や正史の裏側に隠し潜ませたモノを、俺が辿り着いた『答え』を、君にだけは伝える為に。
…………逆説的だけど、君にだけは解って欲しい、と言う想いはあった。
君には、本当の真実を知って欲しい、と言う想いもあった。
それ故に、伝説にまで手を加えたのは否めない。
でも。
俺の足掻きが上手くいかず、君が、『勇者の運命』を背負ってしまっていたなら。
俺達一族に掛けられた、神の呪いを解けなかったら。
君は恐らく、その運命の路を辿った果て、俺と同じ答えに辿り着くだろう、と思えてならないから。
一人じゃない、と。
勇者ロトの血を引く者として、勇者の運命を辿った『先』に立ったのは、君一人じゃないんだ、と。
……俺は、どうしても、君にそれを伝えたかったんだ。
────世界の誰もが信じて疑わぬことに不審を抱くのは、怖いことだ。
神と言う、絶対の存在と語られるモノに背き、抗うのも。
路の果てで待ち受ける『最後の答え』は神の領域にあり、僅か触れただけで、俺達みたいな人は、血の全てが凍ったかのような錯覚に陥る。
神も精霊も、俺達から見れば、『夢のように遠いモノ』でしかない、触れたら最後のモノだ。
…………そんな所に、俺は立ってしまった。
そして、何時の日にかは、君も立ってしまうかも知れない。
だけど、一人じゃないから。
君には、俺がいる。
実を言うと。
これを書いている今の俺は、そこそこの歳になった爺さんなんだ。
うーん……、爺さん、と言う程は年寄りでもない……と思うけど、まあ、それなりの歳。
で以て。
遠からず、俺の命は尽きる。
……何となくだけど、もう直ぐ俺は死ぬんだろうって判るんだ。
悪い所なんて何処にも無いけどな。
唯、そう言う訳だから、俺はこれを綴ることにして、書き終えたら、かつてゾーマの城と呼ばれていたあそこに、隠しに行くつもりでいる。
あの城の中に隠しておけば、この帳面が他人の目に触れることは無くなる。
けど、勇者の運命を背負う君にだけは見付けて貰えると思うんだ。
俺の勘でしかないけど、再びナニカが闇から生まれたら、生まれたそいつはゾーマと同じく、あの魔の島に居着くだろうから。
で、かつてのゾーマの島に、これを綴った帳面を隠し終えたら、ラダトーム王都の北の、魔王の爪痕に行くつもり。
人々の前から姿を消した勇者ロトは、何者かの手によって、魔王の爪痕に葬られた。あそこは勇者ロトの墓となった。……なーーんて噂流しまくって、あそこ、勝手に貰っちゃったんだ。
だから今では、ロトの洞窟、なんて呼ばれてるんだよ。
ゾーマが這い出て来た、『魔王の爪痕』だったのになー。
………………ああ、何で、そんなことをしたか?
それは、あそこが、ゾーマの生誕の地、とも言えるような場所だから。
『勇者ロトの御名』を以て封印した方がいい場所なんだろうなー、って考えたのも理由の一つだけど、一番の理由は、『それ』なんだ。
────ゾーマの城の地下深く。生け贄の祭壇で、初めてあいつと向かい合った時。
何故、藻掻き生きるのか、と問われた時。
あいつは、『待ち侘びていた何かの訪れを受けた者』に見えた。
幸福の直中にいる者に見えた。
……あの刹那、俺は、そんなゾーマの全てを、素直にそのまま受け取ったけど。
今では、その本当の理由が判る。
…………ゾーマは、俺の目に映った通り、幸福だったんだと思う。
待ち侘びていた『俺』の訪れを受けて、幸を感じていたんだと思う。
ゾーマも、闇そのものも、世界に齎したのは神ならば。
神こそが、ゾーマを世界に生んだなら。
この世界を絶望で覆い尽くし、自身の闇で閉ざしてみせた、闇の源だったゾーマ──神が創りたもうた世界の平穏の為に、『勇者ロト』と言う神の剣に滅ぼされなくてはならなかった存在は。
誰よりも、何よりも、敬虔で従順な神の僕だ。
光を生みながら闇をも生み、人々や精霊を生みながら魔物や魔王をも生んだ、神なるモノの願いを叶え、神の理を紡いでみせる、『神だけのモノ』。
それが、ゾーマと言う大魔王。
神の為だけに在ったゾーマが、そうとは知らず、神の為だけに己を滅ぼそうとする勇者の訪れを受けたら…………それは、幸だろう。
彼の望みも、神の望みも、叶おうとしていたのだから。何も知らない勇者によって。
……だから俺は、あいつが這い出て来た魔王の爪痕に、『勇者ロト』の名を冠した。
ロトの名を、楔として打ち込んでやった。
せめてもの手向けに。
けど、ロトの洞窟を、俺の本当の墓にするつもりは無い。
あの洞窟に残すのは、魔の島へ渡る為の方法──に見せ掛けた『と或ること』のみにする。
俺には、偉大な賢者様な仲間が二人もいるからね、彼等に頼んで、俺の血筋以外には読めないように小細工した石碑に、君が気付いてくれますように、と祈りつつ、その辺りのことを刻んで残しておくよ。
それだけ? なんて言わないでくれな?
俺は未だ、旅を続けなくちゃならないんだ。
今まで、色々と足掻いてみたし、小細工も頑張ったけど、俺の大切な子孫達を、勇者の運命から救う為の手立ては、未だ未だだから。
正直、何をどうしたらいいのか、今までに俺がしてきたことが本当に正しいのか、俺自身にも判ってないからさ。
最期まで足掻かないと、先祖として立つ瀬が無いだろう?
──もしも足掻き足りず、心底の願いも望みも叶わなくとも、俺は諦めない。
死して後、世界に溶けてもいい。
死に損なったって構わない。
大切な子孫の君の為に。何よりも、俺と言う存在の為に。
俺は、俺として生きたんだと証す為に。
諦めないし、足掻き続けるし、望み続ける。
そして、君達を想い続ける。