造反。
 そんな言葉を使うのもおこがましい……けれど、造反、だった。
 その夜、フィガロの城に起こった事は、私欲の為に国家の権力を欲する年寄り達が画策した、しかし『確かに』、セッツァーとエドガーにとってみれば、同性愛の禁忌を犯した国王に反旗を翻す為の、『造反』、だった。
 ──けたたましい音と共に、寝所の扉が破られ、物々しい姿の衛兵達が室内を犯す音で、エドガーは目を覚ました。
 何事かと飛び起き、天蓋の幕を跳ね上げた彼は、大貴族達の息の掛かった、数人の衛兵の手によって、寝台から引きずり降ろされる。
「何事……っ……──」
 剣を、槍を構え、強い力で己を引きずり降ろした男達をエドガーは睨み、枕辺に忍ばせてある短剣に手を伸ばそうとしたが、それは、寸前で、その喉元へと伸びて来た衛兵の手の、呼吸を止めんばかりの勢いに阻まれてしまった。
 息が詰まり、気が遠退きかけても、首に掛かった手の力は緩まず、彼の両手は、無礼な相手に縋るかの様に持ち上げられる。
 男達は、無言のまま、そんなエドガーの両の手首を取って、肌が捩れる程に強く、鎖で縛めた。
「……何を……どうするつもり…だ……っ…」
 漸く呼吸の術を取り戻し、が、噎せる胸も労れず、白くて薄い夜着姿を着替える事も許されぬまま、素足で、両手首に枷られた鎖に引きずられつつ、エドガーは、衛兵達に問う。
「長老様達が、お呼びです。神官の皆様も。……エドガー陛下──否、エドガー・フィガロ、貴方にはこれから、裁きの場に立って戴く」
 その問いに、やっと、無言だった男達からの言葉は返されたが。
 問答無用の口振りは、次の問いを許さぬ響きを、持っていた。
「裁きの場……だと……?」
 事実、衛兵の答えに向けられたエドガーの台詞に、返る声はなく。
 物々しく騒がしい、夜半の回廊を彼は、武装した兵士達の、不躾な視線に晒されたまま、引き立てられ。
 大貴族、と呼ばれる数人の老人達と、神官長であるばあやの姿は見えぬのに、何故か集っている大神官以下、数名の神職の者達の並ぶ議場へと、放り込まれた。
 右に、剣を持った衛兵、左に、手首に繋がる鎖を握った衛兵に挾まれつつ彼は、蒼絹で纏められておらぬ金の長い髪を乱して、 薄笑いを浮かべ、舐める様に一瞥してくる幾対もの瞳の直中に、立たされる。
「エドガー・フィガロ」
 ──何時の間に、筋書きは出来上がっていたのか。
 神官長の次に権威ある地位にいる大神官が、愉悦に近い声と視線を向け、エドガーの名を呼び。
「『黄土に慈愛注ぐ、我等が神の名の元。性同じくして生まれた者との交わりを禁ず。最大にして、最悪の罪なれば』…………この理に従い、今、この場にて、国王と云う立場に有りながら、我等が神の定める最大且つ最悪の禁忌を犯した者であるそなたに、厳罰が下されるであろう事を告げる。処分の詳細は、今だ定まらぬままではあるが、その命を以て購うものであろうと心するがいい。──処分の沙汰が決まるまで、そなたの今日(こんにち)までの身分を考慮し、他の罪人達と交わる事ない、東の塔への幽閉を命ずる。尚、そなたの背徳の片割れ、セッツァー・ギャビアーニなる者も、辿る末路は同じと、留めおけ。……以上だ」
 大神官は淡々と、その罪状と処分を述べた。
「な……ぜ……?」
 云うべき事はもうないと、くるりと背を向けた大神官に、エドガーは呆然としたトーンの台詞を、投げ掛ける。
 ……それは決して、開け広げられたその『罪』に対する言葉でも、暴露された本当の関係に対する言葉でもなく。
 フィガロの民ではない最愛の人をもが、同等に罰せられると云う事実に対する言葉だったのだが。
「……何を今更」
 振り返った神職者は、そうは受け取らず。
「そなた達がこのフィガロ城内の片隅で、背徳行為に耽るさまを見咎めた者がおるのだ。異議が通ると思うな」
 歴然とした証拠があるのだと、そう言い捨て、一言の弁明を述べる機会すらエドガーには与えず、裁きの場の解散を命じた。
 

 

 

「てめえら……。何考えてやがんだ……?」
 ──その頃。
 やはり、エドガーと同じ様に、衛兵達に引き立てられたセッツァーは、重罪人の為にある、地下牢の最下層に放り込まれていた。
 夜着のまま、天井から下がる太い鎖と、その先に付けられた手枷に繋がれ、牢の中央に釣り下げられる格好を取らされた彼は、去って行った衛兵達と入れ替わる形で姿見せた、『異端審問官』と名乗った男に、射ぬかんばかりの鋭い視線と、酷く不機嫌な声音を投げ付けたが。
「それに答える義務はない。尋ねる事があるのはこちらだ」
 異端審問官である神職者は、抑揚も無く告げ、携えて来た鞭を、セッツァーの前でちらつかせた。
「尋ねる? 何を」
「エドガー・フィガロに唆されて、同性愛の背徳行為に耽ったと、そう認めるか? お前は」
「…………何を馬鹿な事云ってやがる……」
 拷問器具を見せつける行為と、問われた内容に呆れ、彼は、侮蔑の色を紫紺の瞳に乗せる。
「…別に、お前がエドガー・フィガロを誑かして、同性愛の背徳行為を教えたのだと云う事でも、良いが」
 だが、審問官は事も無く、その眼差しを受け流し。
 言葉を入れ替えた。
「……何だと? …………知らないね、そんな事は」
「別に、どちらでもいいのだ。どちらがどちらを誑かそうが。そこに、禁忌の行為があった事を、お前から引き出せれば」
「…するってぇと、何か? その証言さえ引き出せれば、それが嘘でも本当でも、構わない、と……そう言う意味、か?」
「さあな」
 ──……少しずつ、この審問官の、その背後にいるだろう者達の『意図』、が、見え出して来て。
「ふざけるのも大概にしろよ…? 本当だろうと偽りだろうと、エドガーを訪ねて来たのが俺であろうと無かろうと、どうでも良かったって事なんだな? もっともらしい理由を付けて、あいつを『処分』するのがてめえらの狙いなのかっ?」
 セッツァーは激越し、声を荒げた。
「お前には、関係ない事だ」
「……ぐっ……──」
 がしかし、吊るされ、無防備になった体の胸から腰へと、審問官の振るった鞭が降ろされ、彼の息も、言葉も詰まる。
「『どうであろうと』構わん。唯、どう云う形にせよ、お前達が背徳の関係にあり、この城内で、おぞましい行為に耽っていた事を認めればいいだけなのだから」
「フン……。知らねえって……そう云ってるだろうが」
 夜着を、肌を裂き、血を滲ませる程強かに打ち付けられた鞭の痛みを飲み込んで、セッツァーは男に、薄い笑みすら見せた。
「……そうか。では、知っている事を思い出すまで、こちらは付き合うだけだ」
 見下している様な彼の表情に、ぴくりと神職者は頬を引き攣らせ。
 最下層の地下牢に、その音が幾重にも木霊する程、手の中の凶器を振るい続けた。
 ──けれど。
 薄い夜着がボロボロの布と化し、全身の古傷を抉らんばかりに肌が傷付き、苦痛を耐える為に引き絞った手首が、鉄の枷に擦れ、血を流しても。
 抉られた肌から滴り落ちた血が、脂汗と共に床に流れ落ちる程になっても。
 セッツァーは黙して語らぬまま。
 苦痛が吐かせたがる呻きすらも、噛み殺した。

 

 

 

 

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