何故、道を踏み外してしまったのか、と問われた時に返せる答えは恐らく、居心地が良かったから、の一言に尽きるのだろうと。
 そんな風な答えを身の内に、セッツァーもエドガーも抱えたまま、冒険の旅が終わってより直ぐ、彼等は、恋人同士、という関係を、築き上げた。
 ──仲間であり、親友であり、悪友である、という関係が心地良くて、旅路が終わると同時に、消えはしないだろうけれど、これまでの日々に比べれば、多少なりとも薄れてしまうかも知れない自分達の関係を、みすみす、多少なりとでも薄れさせてしまうのが、残念に、そして、嫌に思えた。
 いい歳をした大人が、何を子供めいた感傷に捕われて、と思いはしたが、どう足掻いてみても、子供めいた感傷を消し去ることは出来ず、何故、そんな馬鹿げた考えを捨て去ること叶わないのだろうと考え抜いた結果、双方共に、自身の力のみで、『自分』は、離れたくない、関係を薄めたくないと思い悩む程に、『彼』が好きなのだろう、との結論に辿り着いた。
 そしてその結論を得た二人は、揃いも揃って、『彼』に対する『自分』の好きは、果たしてどの種類の好きなのか、を悩み始め。
 同性同士ではあるけれども、この『好き』は、恋愛感情がもたらす『好き』だ、と気付き。
 同じことを、同じタイミングで悩み始め、相談した訳ではないが、何処までも同じタイミングで結論に辿り着いた彼等は、示し合わせたように、道を踏み外して。
 そうして、恋人同士、になった。
 冒険の旅の為に、世界中の空を駆けた、飛空艇よりエドガーが降りる寸前、想いを交わし合い。
 恋人同士、として、次に逢う約束を取り付け。
 再会を果たした日の夜には、性別を同じくする者同士とは言え、想い合っている者同士の大人の恋愛に、まどろっこしい手順など必要ではないと、潔い程呆気なく、躰を重ね。
 それより彼等は。
 幾度も、逢瀬を重ね。
 幾度も、躰を重ね。
 冒険の旅が終わってより数週間──たった、数週間、の時間が流れた頃には。
 付き合い始めて、それ程の時過ぎていないと言うのに、少々不真面目な物言いで例えるならば、熟年夫婦も真っ青、と相成る程彼等は。
 互いが互いのことを、深く、知る仲になっていた。
 

 

 フィガロという、砂漠の国の王である、エドガーと。
 それはそれは深い仲になってより、暫くが経った頃。
 セッツァーは、東方の国、ドマを訪れた。
 復興が始まったばかりのドマの国は、良き物と悪しき物が、混沌とした状態で溢れていて、フィガロの国王陛下が恋人だと言うのに、相変わらず、裏街道をひた走るような生活を止めていないセッツァーは、混沌の中にあるドマの片隅にて立った非合法の賭博場で、一儲けしようと思い立ったのだ。
 数年前の、かりそめに平和だった時代、その後に訪れた暗黒の時代、そして再び訪れた、今の平和な時代、全て通して、希代のギャンブラーと謳われて来た彼の、稼ごう、との目論見は、見事に当たり。
 思惑通り彼は、小悪党や暇人達のコインを、その手にはしたが。
 ……こんな時代だ、笑いが止まらなくなる程儲けたのは、セッツァーをしても久し振りのことだったからなのか、それとも、その手の勘を彼は少々錆び付かせていたのか、僅かばかり、儲けの度が過ぎてしまい。
 因縁を付けられた挙げ句の、騒動に彼は巻き込まれた。
 尤もそんな騒動も、セッツァーにしてみれば日常茶飯事の出来事で、『希代のギャンブラー』の逸話の一つにも数えられないのだけれど、すったもんだの挙げ句に彼は、冒険の旅を終えた後、ドマの復興に心血を注ぎ始めた旅の仲間の一人、カイエンに、一寸した助成を求める羽目に陥り。
 カイエンの手を煩わせた詫びと言うか、礼と言うか、の代わりにセッツァーは、カイエンと、やはりかつての旅の仲間の一人、ガウに頼まれて、リルムの故郷、サマサの村に、手紙を届けてやることになった。
 ──カイエン……否、正確に語るなら、未だ大人の庇護が必要であろう年齢なのに、身寄りがない為カイエンに引き取られた、ガウに託された手紙は。
 最近覚え始めた文字を、書き記すのが楽しくて楽しくて仕方ないガウが、年の頃が近しいリルムに宛てて送った、他愛無い内容の、手紙、と言うよりは、日記、と言い換えた方が相応しいくらいのそれだった。
 故に、それを知ったセッツァーは、カイエンに借りも出来たことだし、こういう微笑ましい関係を、視界の端で愛でてみるのもたまにはいいか、と、賭博場で一騒ぎ起こした翌日にはドマを発って、サマサへと向かった。
 そうして、冒険の終わり、この村へ送り届けてやって以来会うことのなかったリルムへ、ガウの手紙を渡し。
 そこで、彼は。
 今直ぐガウに返事を書くから、もう一回ドマへ行ってよ、とねだって来たリルムの、出来上がるまでにとても時間が掛かりそうな手紙が書き上げられるのを待っていた最中に。
 本当に、ひょんなことから。
 何時ぞや。冒険の旅の途中。
 日の出前の、未だ薄暗い時間、リルムとエドガーの二人が、飛空艇の甲板で、内緒話をしていた時の話を、当事者であるリルムと、交わすことになり。
 

「……何だ。結局あの時お前等は、俺が感じた通り、内緒話って奴をしてたって訳か」
「うん、そうだよ。セッツァーには判らないかも知れないけどさ、乙女には、色々と悩みがあるんだよ。だからあの日は一寸眠れなくって、困ったんだけど。どうしようもないから、えーいっ! ってベッド抜け出して甲板行こうとしたら、途中でエドガーに見つかって、どうしたんだい、とか言われたからさ。そのまんま、二人で甲板行って、話聴いて貰っちゃったんだ」
「…………子守りも、上手いからなあ、あいつ」
「……どーゆー意味」
「言った通りの意味」
「………………だから、傷男は嫌い。エドガーはリルムのこと、絶対子供扱いなんてしないのに。……あの時だって、リルムの話、ちゃーんと聴いてくれてさ。変な話しちゃって御免って謝ったら、『私の方こそ、君の秘密を聞き出すような真似をしてしまって御免』って、言ってくれたのにーーっっ」
「そうだなー。あいつは女には、分け隔てなく優しいなー。年齢問わず。それが、礼儀だそうだからなー」
「……セッツァー。リルムに喧嘩売ってる? 一回ペン置いて、絵筆持とうか?」
「判った、判った。悪かった。からかいが過ぎた」
「…………ほんっとに、もーーっ! だからセッツァーは、エドガーみたいに女の人にもてても、エドガーは買わない、女の人の恨みとか買うんだよっっ。エドガーがそう言ってたの、知ってるんだからねっっ。その点、エドガーはぜんっぜん、セッツァーとは違うんだから。あの時、グチグチ言っちゃったリルムにちゃんと、気、遣ってくれて、リルムの秘密を知っちゃったから、その代わりに、自分の秘密教えてくれるって。ちゃんと、そーゆーことまで、エドガーはしてくれるんだからっっ」
「……………………秘密? あいつの? どんな?」
「セッツァーになんて、教えてあげないよーーーー、だっっ!」
「……ヒントくらい、白状したっていいだろう? お前の手紙、ドマまで届けてやるんだから」
「うわっ、大人のくせに、言うことセコいっっ。…………でも、一寸だけなら、いいか。セッツァーとエドガーって、何か凄く仲良いから、セッツァーが知らないエドガーのこと、リルムが知ってたら、優越感だもんねー」
「何でもいいから、早く言え」
「……せっかちだなあ。────……あのね………………──」
 

 ──カイエンに対するささやかな詫びと、ささやかな礼をする為に訪れた、サマサの村にて。
 手紙が書き上がるのを待っていた間に交わした、少女との些細な会話より。
 セッツァーは、その全てを掴んだような気になっていた、エドガーの中に。
 己には未だ知り得ぬ、彼の秘密が眠ることを、悟らされた。

 

 

 

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