夜が更けるまでは、誰の目にも、彼等の関係は、友人、若しくは仲間、としか映らないように振る舞っていたけれど。
 月が、星が高くなって。
 城内が寝静まって。
 彼等『二人』だけの時間がやって来た時。
 約束の日、子供の付き合いをするつもりはない、と、確かに宣言したように、セッツァーは、それまで纏っていた、一見穏やかそうな雰囲気を塗り替え、少々思い悩んでいる風な面を拵え、エドガーへと向き直った。
 ……言葉にするなら、意を正すような。
 それまで談笑していたエドガーの自室の長椅子の上で、そんな佇まいを見せ。
「…………エドガー?」
 セッツァーは、低く、只一言、恋人の名前を発した。
 呼ばれた刹那、セッツァーが何を意図して自身を呼んだのか、エドガーは直ぐに悟り。
 言葉は返さず、にこり、とだけ笑って立ち上がり。
 彼は、己が自室の奥の間の、寝所の中へ……と、恋人を、自ら誘(いざな)ってみせた。
 

 

 流石に未だ、覚悟が『甘く』。
 寝所の灯りを全て落としてくれと、エドガーはそう頼んだのに。
 意地が悪いらしい恋人は、聞き入れてくれなかった。
 ……煌煌と……ではないけれど。
 半分以下に、ではあったけれど。
 中央に設えられている寝台を避け、間の四隅を照らすように置かれた幾つかのランプの火は、絞られはすれど、落ち切りはしなかった。
 男でありながら、同じ男の彼に、組み敷かれるのが判っていて、薄明かりの下、裸体を晒すのには少々抵抗があったけれど、それが彼の望みであるなら、エドガーに異存などありはしなかったから。
 言われるまま、そしてされるがまま。
 仄かに明るく照らし出され、幕下ろされた寝台の上で、彼は、己へと伸びて来る恋人の腕を待った。
 ──今までに、幾度も。
 女人に対して自分が、『こうして』来たことはあった。
 『沢山の彼女達』を、今のセッツァーのように、求めて来たことはあったけれど。
 求められることなど、エドガーには初めての経験で。
 正直な処、どうしたらいいのか良く判らなかったから、そうされるのを、只待つしかなかった、という部分も、有りはしたが。
 『甘い』なりにも、エドガーには覚悟があったから、肩口を掴んだセッツァーの腕が、急くように引かれ。
 己を抱き締めたまま、敷き布へと倒れ込んでも、エドガーは、薄く瞼を閉ざしたまま、朧げに霞む視界の中で、セッツァーのみを見つめて、躰の力を抜き、恋人の動きに合わせて、冷たい布へと横たわった。
 ……一人で眠るその寝台は何時も何時も、昼の内とは打って変わる砂漠の冷たさを移し取ったかのように、どれだけ眠っても、どれだけ身を丸めても、暖かくはならなず。
 確かに……確かに今も、敷き布は冷たかったけれど、恋人の腕に包まれている分、恋人の躰と折り重なっている分、暖かい、を通り越して、熱かった。
 触れ合っている部分──未だ、互い纏っている衣装から出ている、肌も。
 掛かる、吐息も。
 時折、息を詰めたくなる程熱くて。
 ………………熱いのに。
 衣装の中へと潜り込んで来た指先、肌に降りて来た唇、交わされた接吻(くちづけ)に。
 エドガーは、ふるり……と震えた。
 

 

「…………セッ……ツァー……?」
 接吻や、躰をなぞっていく指先や、肌の上を舐め上げて行く舌に、『あの男(ひと)に象られた世界』以外、何も彼も、かつてのように、朧げになって行く中。
 掠れた声で、それでも何とか、その紺碧の瞳を開きつつ。
 エドガーは、セッツァーを呼んだ。
「……どうした?」
 苦しさと、快楽が入り交じった様子で、敷き布や、己が背に爪を立てるエドガーの声を、セッツァーは、掠れたそれとは受け取らず、泣き出しそうなそれ、と受け取り。
 エドガーの躰を辿る蠢きは優しく、囁く声は、より優しく、エドガーの身と耳朶に響かせ、尋ねた。
「…………私の……名…………前……はね…………」
 すればエドガーは、焦点のぶれた目線を、セッツァーへと向け。
 一層、掠れた声を放ち。
「……名前? お前の名前は、エドガーだろう? そうじゃないのか? エドガー。エドガー・フィガロ。違うのか? エドガー」
 声を拾ったセッツァーは、一瞬のみ指先を止めて、ふん? ……と訝し気な顔をした。
「そ……じゃな……──。…………そう……じゃなく、て……。私……。私の、名、は…………エドガー……ロニ、フィガ……ロ……っ」
「……ん? ……エドガー・ロニ……?」
「だから…………っ。……私の、名は……っ。エド……ガー……ロニ・フィガロ…………っ。……お願…………だから……、覚えて、おい…………っ……──」
 ──セッツァー以外の、全てのモノが、霞むように映っているだろう、その視界で。
 それでも、恋人を留めて。
 訝し気になったセッツァーを、睨むようにしながら。
 忘れないで、と言う風に、エドガーは、その名を告げ。
 又、ゆるゆると。
 霞む世界を遠ざけるように、瞼閉じて。
 己が与えた、そして尚も与え続けている、快楽の世界へ戻ってしまったエドガーを、セッツァーは、まじまじと眺めたが。
「…………エドガー・ロニ・フィガロ……」
 直ぐさま彼は、噛み締めるように、教えられた名を呟いて、快楽の世界へ戻ってしまった恋人の後を追い掛けた。

 

 

 

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