どさりと、枕の上に頭を投げ出して転がってからずっと、横になったまま自分を見上げて来るエドガーへ。
 情事の最中、囈言のように語られたあの名前は何だったのだと問い詰め、結果、返って来た答えに。
「……ミドルネーム? ……フィガロ王家だけに伝わる、秘密の名前、ってか……?」
 物言いた気な顔をしながら、セッツァーは、エドガーより告げられた答えを声に出してなぞった。
「…………そうだよ。もう亡くなってしまった私の父母と、マッシュと、そして君、と。……ああ、後はリルム。私以外には、その五人しか知らない、秘密の名前」
 生まれて初めて、愛しい人に『抱かれ』て、『遠い場所』にて倒れ、暫し、漂い。
 そこより戻って来た後、乱れ切った寝台の上に身を投げ出して、漸く、あの告白の意味を、エドガーはぽつぽつ、語り出した。
「王家に伝わる、秘密の名前、なんだろう? 王族以外の誰にも知られないように、密かに伝えて来たんだろう? 宗教上の理由だったか? 迷信の延長だったか? ……兎に角、知られると困るから、そうして来たんだろう? なのに、リルムも知ってるのか?」
「……迷信の延長って……。まあ、そんなような物だと言われてしまえばそれまでだけど。秘密の名前を私とマッシュが持っていることは事実で。……一寸ね、リルムとは、内緒話を分け合った時、教えた」
「…………で? 良いのか? そんなご大層な物、俺に教えちまって」
 ──気怠気、と言うか。疲れ果てている、と言うか。
 そんなトーンで続いて行くエドガーの話を、セッツァーは、茶化し掛けたが。
「君に告げないで、どうしろって……?」
 躰が怠くてどうしようもない……と、ぽつり呟いた後。
 苦笑のような色を、エドガーは頬に刷いた。
「どうして」
「……言ったろう? 君が私を受け入れてくれた時に。──君が私を受け入れてくれるなんて、思ってもいなかった。でも、君が受け入れてくれたから、私の世界の色が、変わったような気さえする……って」
「ああ。言ってたな、そんなこと」
「世界の色が変わったと言うことは、色が変わった世界をくれたのは、君だ、と言うことだ。……なら、世界をくれた男(ひと)に。持てる限りモノは、返さないとね。釣り合いが取れないだろう?」
 曖昧で、苦いそれにも思える笑みを、浮かべてその後(のち)。
 エドガーは、湛えたそれを、くすり、としたそれへと塗り替え。
「…………差し出す。……差し出せるよ。事実、差し出した。私は、私自身に持てるモノ全て、君に差し出すし、差し出せるし、差し出したよ…………。──…………お休み、セッツァー……。……眠りたくなった……」
 投げ出していた身を、くるり、と、猫のように丸め。
 両腕を縮めると、瞼を深く閉ざし。
 瞬く間に、彼は眠りに落ちた。
「……世界をくれた男に、持てるモノ、全て……、か…………」
 語りたいことだけを語って、告げたいことだけを告げて。
 応えも待たず、眠ってしまった彼の言葉を、再び、セッツァーはなぞって。
「………………本当に、馬鹿だな……」
 寝台の片隅で、くしゃくしゃに丸まってしまっている己の上着を手繰り寄せ、煙草を探り出し。
 セッツァーは、深い溜息を吐き出した後、銜えた煙草に火を点けた。
 

 

 名だけではなく。
 身も、恋人同士になった逢瀬を、セッツァーとエドガーの二人が終えて。
 数週間が経った。
 その間、互い忙しい間を縫って、幾度か、情事と逢瀬は交わされたけれど。
 別段、これと言って、変わった出来事は起こらなかった。
 あの夜、エドガーがセッツァーに教えた『秘密の名』の告白すら、なかったかのように。
 彼等は互い、エドガー、セッツァー、と呼び合って。
 表面上、彼等のこれまでに、変わりはなかった。
 それでも、彼等二人の間に、変化を求めるならば。
 逢瀬を重ねる度に、彼等の間柄が、疑う余地もなく、相思相愛の恋人同士であると言える雰囲気を増していったというそれだろう。
 ……もしかしたら、端で彼等を見ている『傍観者』達に、二人が口を揃えて、友である、仲間である、と自分達の関係を訴えても、その訴えに、『傍観者達』は耳を貸してはくれぬのではないか、と思えてしまう程。
 でもそれは、恋人同士であるならば、当たり前と言える、ささやかな変化であって。
 唯、彼等は互いに互いを、想っているだけのことであって。
 だから、再び巡って来た、その逢瀬の約束の日も。
 それは唯、これまでのように、『深まる』だけ……のことであって。
 

 

 数週間振りの、逢瀬の夜。
 初めて、エドガーが、セッツァーを恋人として自身の城に迎え入れたあの日から数えて、数度目の夜。
 それまでそうして来たように、エドガーはセッツァーを迎えて、何時ものように接して。
 真夜中を過ぎた頃合い、どちらからともなく向かった寝所の、広い寝台の上で、エドガーは自身の部屋着を脱ごうと、その襟元に、手を掛けようとしていた。
 だが、ふいっと傍らに腰掛けたセッツァーが、エドガーのその手を少々強引に払って、寛げ掛けられた衣装の中に、指先を差し入れながら。
 掛け布が波打つ軽い音を立てつつ、寝台へと押し倒した。
 とさり……と、乾いた音と共に倒され、そして伸し掛かられ、けれどこれまでのようにエドガーは、セッツァーを受け入れ掛けて。
 …………ふと。
 これまでに感じたことはなかった、セッツァーの、性急さのような物を不意に感じて、彼は、閉ざし掛けていた瞳を開いた。
「…………セッツァー?」
「……ん?」
「…………どうか、した……?」
「どうか? って?」
「その……。あの……何となく、その…………──」
「何となく、何だ? 別に、おかしなことはしてないだろう? 唯、お前が欲しいだけだ」
 パッと開いたエドガーの瞳に見つめられても。
 セッツァーは軽く笑って、それを受け流し。
「………………お前が、な。欲しいだけだ」
 エドガーの肌を暴きながら彼は、一層の力で以て、恋人を寝台へ押し付け、覆い被さり、その耳許を舐め上げんばかりに唇を近付け。
「……ああ。ずっと、考えてた。初めて、お前を手に入れたあの夜から。…………ずうっと想ってた。お前が欲しい……って。……ロニ。俺は、お前が『欲しい』」
 耳朶に、声掠めさせるように。
 低く。穏やかに。染み渡るように。
 彼は囁いた。
 告白を受けたあの夜から。
 一度も音にすることなかった、恋人の、秘密の名を。
 大切に。
 噛み締めるように。
 エドガーの、その耳許で。

 

 

 

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