──ホールディム、と云うポーカーのルールは、少し、変わっている。
 一般的に良く知られたポーカーと云うのは、プレイヤーに五枚のカードが渡され、二回のカードチェンジの後、手札の役の高さで勝敗を決するが。
 このルールでは、各々のプレイヤーに渡されるカードは、たった二枚しかない。
 手役を作る為の残りの三枚は、ホールディムルールの場合、場に公開されてしまうのだ。
 だからプレイヤーは。
 自分しか知らない二枚の手札と、場に公開された五枚のカードを組み合わせて役を作る事になる。
 通常のポーカーよりも遥かにプレイヤーが不利とされ、高度な心理戦を駆使せねば勝てぬと言われているルールだ。
 セッツァーは、当然、ホールディムのルールを知りながら、この勝負を受けた。
 ホールディムルールのポーカーは、別にこれが初めてではなかったし、例え圧倒的に自分が不利だったとしても、勝つ為に、高度な心理戦を要求されたとしても、サンピンに等しい三流ギャンブラーに負ける筈がないと云う、確信が彼にはあったから。
「ベッドを」
 ディーラーからブラインドベッドの声が掛かった。
「100ギル」
「150」
 公共カジノのブラインドベッドの金額は、5ギルからスタートするのが通常だ。
 唯でさえ、公に認められたカジノよりもレートの高い裏カジノ。
 賭けの金額は始まりから、少々常識外れで始まった。
 コインの山が、場に積まれる。
「オプション?」
 再び、ディーラーから、アクションを求める声が掛かる。
 セッツァーも、男も、無言だった。
 左手の中に納めたカードの山から、ディーラーが一枚カードを捨てて。
 台の上に、カードを三枚、上向けて置いた。
「オプション?」
 又も、ディーラーからの掛け声。
 場に開かれた、三枚のオープンカードをちらりと見やり。
 手の中のカードもちらりと見やり。
 セッツァーは口許の薄笑いを、一層濃くした。
 ふと色を濃くしたその笑いに一瞥をくれて、男も表情を変えた。
 無表情のそれから、強かな笑みへと。
「100」
 挑戦者の男は。
 簡潔に、ベッドの金額を告げた。
 100ギルに、更に100ギルを、彼は上乗せする。
「……………」
 暫し、セッツァーは黙り、動きを止めた。
 それは、彼の計算だったのか、それとも、男の態度に何かを思ったのか。
 すっと、両の紫紺の瞳を、目の前の男へと向ける。
 深く深く、奥底を抉る様な眼差しだった。
 だが、直ぐにセッツァーは息を吸って、何かを告げようとした。
 が。
 無言の彼の態度を、コールの意志だと取ったのか、場に、オープンされなければならない残りの二枚を、ディーラーは仰向けにして滑らせた。
 確かに、こんな席では。
 無言のまま、金も積まずにいたら、プレイヤーのからのアクションは無いのだと、そう思われても仕方がないが。
 …ちらっと。
 セッツァーは今度は、その瞳をディーラーの男へと向けた。
 たった今、カードを配ったその中年男は。
 野次馬の中から適当に、彼が選んだ者だ。
 無作為に。
 この秘密カジノの経営に携わる者では無い筈だし、ここ専属のディーラーでは勿論無い筈だ。
 唯、今夜、たまたまこの店に居合わせた客の一人の筈。
 まあ、『遊び』慣れていない、素人の一人なのだろうと、そうセッツァーは思って。
 段取りの良くないディーラーの動きに、目を瞑った。
 そして彼は再び、オープンカードと、掌の中のカードへと、視線を落とす。
 セッツァーの手札は。
 クラブが二枚だった。
 数字はどちらも若い。
 オープンカードは不揃いで。
 スペードが一枚、ダイヤが二枚、ハートとクラブが一枚ずつ。
 場にも、高い数字のカードは無くて、どう組み合わせてみても、精々が処、ワンペアの手役が作れれば、上等と云う代物だった。
 フン、と内心悪態を付き、それでも彼は目元にまで、強かな笑いを滲ませた。
 だが、セッツァーが、己が面に、わざと笑みを浮かべた様に。
 相手も、わざとなのかそうではないのか、にたりと笑みを浮かべて見せた。
 ビロードの台の上を。
 二人の男の思惑が行き交う。
 だが、そんな思惑などお構いなしに、目の前に200ギルを積んだ男へと、ディーラーが向き直った。
 レイズするのか、コールするのか。
 ディーラーは視線で男を促す。
「もう、100だ」
 レイズの意志だった。
 挑戦者自身の手によって、彼の前のコインの山は、又、高くなった。
 そのやりとりが終われば。
 当然の様に、ディーラーの視線はセッツァーへと移る。
「150」
 刹那、軽く広げた二枚のカードで口許を隠して。
 セッツァーも又、コインの山を高くした。
 これで、ベッドの金額は、双方共に、同じ金額に揃った。
 場に、静寂が走る。
 ディーラーの、ショウダウンの掛け声を待つだけのその瞬間。
 ──いや、ひょっとしたら。
 このゲームは降りた方が良かったのかも知れない、と。
 何故かセッツァーは、そんな事を思った。
 そんな風に思い至った理由は、これと云ってないのだが。
 どう云う訳なのか、ふと。
 だが、もう、勝負に乗ってしまった後だ。
 ふっ…と、胸の中で溜息を吐き出して。
 口許を隠したカードを彼は、場に晒す為に唇から離した。
 ────その、刹那だった。
 セッツァーは、眼前に座る挑戦者の笑みが、わざとらしいそれから、確信の笑みへと変わる瞬間を見た。
 彼でなければ、恐らく看破する事は出来なかったであろう、僅かな変化を。
 その紫紺の瞳は捕らえていたのだ。
 そしてその時。
 彼は、今夜の賭けの始まりの、この勝負に自分が負ける事を悟った。
 その、10000ギルの手持ちの中から、互い300ギルを賭けた勝負に、セッツァーは負けた。 
 

 

 

 

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