キャビンを後にし、階段を登り、ロビーへと戻ったら。
エドガーの『あの状態』を真っ先に目にしたティナとセリスより、事情を語られたらしい仲間達が、困惑の眼差しを浮かべ、一斉にセッツァーを見た。
「兄貴……未だ怯えてる?」
実の双児の兄であるエドガーが、心配で堪らないのだろう、マッシュが、彼へと駆け寄った。
「いや、もう落ち着いた。さっきの不時着の時、頭打って、記憶、ヤッちまってるみたいだがな……。おまけに、中身は、赤ん坊に毛が生えた程度の、ガキにまで戻ってやがる……」
「え? エドガー、落ち着いたって云うの? 私達が何を云っても、何も答えてくれなかったのに……」
セッツァーがマッシュへと伝えた、エドガーの症状に関する話を耳にし、セリスが目を丸くした。
「そんな状態になっちゃってるのね……。だから、あんなに怯えてたんだわ……」
彼がそんなことになっていると云うなら、あの態度も理解出来ると、ティナは眉を顰めた。
「医者……と云っても……先ずは、飛空艇直さなきゃ、話になんないか……。でも、記憶喪失なんて、医者に治せんのかな……」
仲間達の話に、ロックは困惑を示し。
「聴いたことがあるな。記憶を失った時と同じ衝撃を与えてやれば、元に戻ることもある、と」
医者があてにならないのなら、殴ってみるか? とシャドウが真顔で云った。
「シャドウ殿、そんな乱暴な……。しかし、困ったでござるな……。兎に角、この飛空艇を直して……──ん? エドガー殿?」
と、その時。
シャドウの発案を嗜めたカイエンが、キャビンへと続く階段より、ひょこっと顔を覗かせたエドガーを見つけた。
「……兄貴? 大丈夫なのか?」
見開いた紺碧の瞳一杯に、戸惑いの色を浮かべ、一同を見渡している彼に、マッシュが近付いたが。
エドガーはビクリと、体を震わせた。
「俺も判んない……?」
がっくりと肩を落とし、涙目で見下ろす弟が、今のエドガーに如何なる風に映ったのかは判らないが、彼はマッシュからジリジリと遠ざかるように足を運び、セッツァーの背後に立つと、ぴたっと身を寄せた。
「……エドガー。俺は、寝てろっつったろう? 待ってろと、そう云わなかったか?」
エドガーの態度は、誰がどう見ても、庇護者を求めるそれだったが、セッツァーは、振り返りもせず。
「ごめんなさい……。あのね……」
叱られていることは判るのか、セッツァーのコートの背を両手で握り締めたまま、彼は俯く。
「叱ったら、可哀想よ、セッツァー。私達じゃ怯えるだけだったけど、貴方には違う態度が取れるんだから」
「……どうやら、懐かれたみたいね。……エドガーには、パパに思えるんじゃないの? 貴方が」
不機嫌そうなセッツァーと、身を縮めたエドガーを見比べ。
ティナとセリスが、『子供』を庇った。
「怒ってる訳じゃない。唯……」
「唯? 何よ」
「…………何でもねえよ」
女達の嗜めに、苛々とセッツァーは前髪を掻き上げつつ、答える。
「…まあ、何がどうなってるんだとしてもさ。エドガーがそんな状態だってのは、暫く変わりそうにもないし。セッツァーには懐いてるってのも、事実みたいだから。セッツァー、お前がエドガーの面倒、見てやれよ。……パパ、な訳だし」
エドガーがこんなことになってしまった、と云う事実を差し引いても、セッツァーの態度は少しおかしい、と訝しがり、ぴくり、片眉を上げながら、ロックがわざと、からかうように云った。
しかし、セッツァーは、やることが山積みだと云うのに、ガキの面倒なぞ見ていられるか、と、幾許か声のトーンを大きくしたが。
「面倒? 俺がか? ガキの面倒なんざ、見たこたねえぞ……。それに、俺はファルコンを直さなけりゃ……」
「…………パパ…? てったー、パパ?」
ロックのからかいを、エドガーは真面目に受け取って、唯でさえ寄っていた身を、ぴとっとセッツァーへ、更に押し付けた。
「……てったー……?」
「言えねえんだよ、こいつ。セッツァーってな。発音出来ねえらしい……」
「…………そりゃ、傑作…」
エドガーに纏わりつかれて、困惑以上の困惑を見せるセッツァーと、彼のことを、てったー、としか言えないエドガーを見比べ、仲間達は笑いを堪えるのに必死になる。
「てめえら……。馬鹿笑い噛み殺してる場合じゃねえだろうが……」
「…パパ…? なんで、こわいカオするの?」
──ひいひい言い出しそうな仲間達を睨むも。
ひょい、と横から顔を覗き込んだエドガーに、又、不安げな面を拵えられて、セッツァーは天井を仰ぎ。
「お前のことを怒ってるんじゃない。……それから。俺はお前のパパじゃない。──あーもー、兎に角っ。見ろってんなら、面倒は見てやるからっ。懐くなっっ」
どうしていいのか判らなくなってしまったが故の、大声を出してしまった。
「…………こわい…」
勿論。
不安に陥った幼子に、そのような声と態度は、逆効果だから。
ビクっと震えたエドガーに、とうとう、涙を零し始められてしまい。
「泣くんじゃねえよ……これしきのことで……。男だろうが……」
ぶつぶつ文句を呟きながらもセッツァーは、エドガーの背を撫で、宥めてやるしかなくなり。
「だ…て……こわいんだもん……」
「…判った。判ったから、もう泣かないでくれ、頼むから……。──ほら、付いて来い」
本当に、ガキの扱い方は判らないと、途方に暮れつつ、何とか泣き止んだエドガーを伴って、彼は、飛空艇の外に出た。