「……なにしてるの?」
すん……と、うっかりすれば、未だ溢れて来そうな涙を、泣くとセッツァーに叱られる、と堪えながら、セッツァーと共に外に出たエドガーは、彼がやり始めたことに興味を示して、土の上にぺたりとしゃがみ込み、見学を始めた。
「飛空艇の点検。突風に煽られて、不時着させちまったからな……。破損の度合いを調べねえと…」
自らの膝の上に頬杖を付いて、自分を眺め始めたエドガーに、ファルコンの点検をしているのだと、セッツァーは告げてやったが、相手は、飲み込めていないようで。
「…………はそん……? ひくうてい…て?」
「あー……。簡単に云えば、ぶつけて壊しちまったんだ。それが、破損。飛空艇ってのは……空を飛ぶ乗り物、だ」
噛み砕いてやらなければ、今のこいつには判らなかったな、と、彼は言葉を選び直した。
「ふうん……。『こわれう』と、んと……飛べないの?」
「ああ、そうだ。壊れたら、飛べなくなる」
「お空飛ぶ、て……鳥さんみたいに?」
「…一寸ばかり違うが、まあ、似たようなもんだな」
「『きもちい』? たのしい? どなるの? なに見えるの?」
「……空を飛ぶってのは…。ああ、気持ちいいし、楽しい。どうなる、ねえ……。世界の全て……って例えは難しいか。そうだな……飛空艇から見えるのは、空の蒼一色……青い空だけで。その青色が皆、自分だけのものになった気分になれる」
「………………これ、『こわいた』んでしょ? でも、また飛べる? のってみたい」
「直ぐに、乗れるさ。直ぐに、空を飛べるようになる」
──セッツァーが、破損した艇の底部のあちらこちらを眺め、点検している間。
エドガーは、次から次へと、疑問を口にした。
だからその都度、セッツァーはそれに答えてやって。
「……エドガー?」
が、不意に、その質問の山が消えたから、動かしていた手を止め、彼は振り返った。
「寝ちまったか……。本当に……ガキ、そのものだな」
そうしてみれば、大きな岩に凭れるように寝入ってしまったエドガーの姿があって。
溜息を吐き、顔を冥く曇らせながら、セッツァーは。
「どうして、懐くかね、俺に……」
眠ってしまった人を起こしてしまわぬように、そっと、長い黄金の髪を抱き上げた。
「俺でなくても……俺でない方が……余程有り難かったってのにな……」
──跪き、喋り疲れたらしいエドガーの顔を見下ろし。
ぽつぽつ、セッツァーは独り言を洩らす。
……今、こんな風にエドガーが在るのは、己に責任があるから。
その現実から逃げ出したい訳ではないが……出来るなら、暫くの間、エドガーの顔を見ずに過ごしたい、と云うのが、彼の本音だった。
…………仲間達の、誰一人として、知る由もない事実だったが。
セッツァーとエドガーは、秘めたる…否、秘めなければならない恋情を、そっと交わした仲だったから。
彼と、彼、は。
秘密の、恋人同士、だった。
…そう、誰も知らない。
こうして日々を過ごしている仲間達でさえも。
それは、彼と彼、二人だけの秘密。
しかし、確かに彼等は。
「何も彼も、俺の所為、か……」
……なのに。
エドガーを、こんな風にしてしまったのは。
記憶を奪われ、幼子へと還り、真実恋人だった者の名さえ、まともに喋れない。
そんな風に、彼をしてしまったのは自分だからと、判っていても。
そんな風になってしまった彼の傍に、パパ? と問われつつも在らなければならないのは、少々、セッツァーにはいたたまれなかった。
恋人だった人が、記憶を失(なく)し、『大人』であることも手放し、それでも、己が傍にいたいと云うなら、それは構わない。
幾らでも、傍にあろうと、そう思う。
だが。
今の彼の瞳に、己が如何なる存在として映ろうとも。
自分は、彼の父親ではなく。
確かに、恋人、だから……と。
頭の片隅で考えてしまうセッツァーにとって、父と紛うばかりに、『幼い』エドガーに慕われるのは、本当に少しばかり、荷の勝ち過ぎる現実、だった。
「ついさっきまで。自分のものだった恋人を抱く手に、今度は、親の愛を込めろってか。…………出来る訳ねえだろうが、そんなことが……」
────寝入ってしまったエドガーを見つめ。
ぽつり、セッツァーは苦渋を吐き出した。
だが……暫し、沈黙と共に、恋人の顔を眺めていた彼は。
再びの溜息を零した後、そっと、その人の体を抱き上げ、飛空艇へと戻った。