寝つけなかったのは。
昼間、喋り疲れてうたた寝をしてしまったのと。
周り中を、『初対面』の者ばかりに囲まれている、と云う不安の所為だったのだろう。
が、不安が産み出していたらしい緊張感は、疲れを伴うから。
セッツァーの腕の中で、他愛無いことを喋っていたエドガーは、何時しか、船を漕ぎ始めた。
「おい。寝るなら、ちゃんとキャビンで寝ろ。連れてってやるから」
「…やだ…。ここ、いる……」
「どうして。寝辛いだろう? それに俺は未だすることがあるから、何時までもお前を支えてやってる訳にはいかない」
「いいのっ。……ここ、いるの……。てったーのトコがいい……」
今にも、かくりと落ちてしまいそうな程、眠たげな顔をエドガーがしているから、眠るなら寝台で、とセッツァーが促すも、エドガーはぐずった。
どうしても、セッツァーの傍にいると云って、聴かなかった。
「ったく……」
「……や?」
「や、じゃない。……じゃあ、一緒に寝てやるから。それでいいか? それなら、ちゃんとキャビンで眠るか?」
「うんっ」
ならば、と呆れたような顔を作りながらも、セッツァーはエドガーの頭を撫でてやる。
「いっしょ、ねる」
「判った、判った……」
父親であって欲しいと望む人に、願ってもない提案をされて、エドガーははしゃぎ、立ち上がった。
率先して機関室の扉を開け放ち、足取りも軽く、廊下を進み。
「そっちだ」
後を歩くセッツァーに指し示された艇長室へと、潜り込んだ。
「ねるぅ……」
セッツァーが、機関室から携えて来たランプの灯りに、室内が照らされた瞬間、エドガーは壁際の寝台を見つけて、ぽぷっと飛び乗った。
「着替えてからにしろ。油が着いちまってる」
寝台の上のエドガーを捕まえ、セッツァーは、己に抱き着いた為に、機械油の移ってしまったエドガーの薄い衣装を剥ぎ、あり合わせの夜着に着替えさせ。
己も服を脱いで、適当に油と汗を拭うと、やはり適当に、頭から夜着を被って。
「ほら、ちゃんと中に潜れ」
掛け布の中にエドガーを押し込み、彼も又、横たわった。
「おやすい……おやすみなさい」
──『父』と、そうしていられることが、余程嬉しかったのか。
弾むような声で、エドガーは就寝を告げ、セッツァーの胸にすり寄った。
「おい……。────まあ……いい、か……」
一瞬。
薄い布を通して触れ合った、エドガーの躰の感触に、彼は身を強張らせたが、無理矢理強張りを解き、近付いた躰を腕で包み。
「お休み……」
さっさと、瞼を閉ざした子供に倣って、紫紺の瞳を閉ざした。
……そして暫く、身じろぎさえも、堪えれば。
腕の中から、微かな寝息が聴こえ始め。
「馬鹿野郎…………」
彼は低く、悪態を付く。
例え、幼子にまで、エドガーの心が戻ってしまっていても。
恋人の躰は、『恋人』のまま、あるから。
この旅の空、巡る日々、巡る夜、幾度となく抱いた、記憶のまま。
……昨日、のまま。
愛し合った、あの日々の、まま……。
「だからって……。こんなガキ、抱ける筈もねえしな……」
──躰だけは、過去を遡ることない、『幼い』恋人を抱き締め。
「愛してる……。それでも、な……。大概、俺も、馬鹿だと思う……。──でも、俺には、お前しか……」
寝入る人の面を覗き込んで、彼は、ささやかな、接吻を贈った。
「…………いい、さ……。いい。それでも、いい。例え、お前が戻らなかったとしても……。パパ、でも……」
接吻に身じろいだエドガーの背を、赤ん坊を寝付かせる時のように、軽く叩き。
セッツァーは、本当に眠るべく、再び瞼を閉ざした。
……接吻の刹那。
エドガーが、薄目を開けて、ぼんやり、視線を泳がせていたことに、最後まで、気付けぬまま。