静寂の中では、コチコチと、一定のリズムで時を刻む時計の秒針さえ、耳障りな程、大きく聴こえてしまう、と。
そんな風に思えるくらい、辺りが静まり返った真夜中。
あれからずっと、本棚の前の、オーク材の床へと直に座り込み、手元だけを照らして書物を漁っていたセッツァーは、何かがのそりと蠢く音で、集中を一時、手放した。
ベッドの辺りからした、その蠢きの音は、徐々に近くなり、最終的に、己が真後ろで起こり。
ぺとっと、『蠢き』に張り付かれて漸く、ああ、エドガーが這って近付いて来たんだ、と彼は気付く。
「どうした? 目が覚めたのか?」
絞っていたランプの炎を最大まで開き、室内を明るく照らしてから、セッツァーは振り返った。
首を巡らせてみたら、完全に身を預ける風に寄り掛かって来ていたエドガーが、己の二の腕の辺りから、顔を覗かせ、たった今まで読み耽っていた本を、じっと見ていることを知り。
「……判るか?」
ゆっくり休んで、少しは『改善』が見られたのかも、と、セッツァーは問い掛けた。
が、やはり、返されたのは、きょとん、とした表情のまま、小首を傾げる態度で。
「…ま、急には無理、か…」
苦笑を浮かべつつ、彼は、エドガーの前に、ページを開いたままの本を、押し出した。
「飛空艇に付いて書かれた本らしい。今のお前に云っても判らないんだろうが、俺達のどっちか片方だけでも、元に戻らないと、このまま野垂れ死ぬんだと。飛空艇の扱いなんざ、俺にだって判らねえが……。何もしないって訳にゃ、いかねえだろ?」
そう云うと、彼は。
少しばかり、エドガーを抱き寄せ。
床に広げた本のページを、指差し。
「お前は機械フェチだったそうだからな。興味があるのかもな。字が判らなくとも、図解が多少あるし……。──多分、これが、飛空艇の全体図で……」
ページを差した指を、そのまま滑らせて、片隅に小さく載る、飛空艇の外観図の上で止めた。
「……ん…?」
小さな呻きと共に、エドガーの指先が、セッツァーの指先に触れる。
「ひ・く・う・て・い。判るか?」
己が指の上から、トントン、と外観図をエドガーが押すので。
重なった指に、指を添え、エドガーの顔を覗き込みながら、ゆっくりと、セッツァーは繰り返した。
「…あ…。あー……」
──何度か、そんなことを繰り返せば。
にこっと、エドガーが笑って、何か言いたげに、『声』を絞ったから。
言葉を、思い出し始めているのかも、と期待し、エドガーの手を取り。
「……何となくでも、判る……か……?」
広げさせた掌に、frying boat……と、セッツァーは、綴ってみた。
「ほら。ここに、そうやって書いてあるだろ? 飛空艇の、図の下に。frying boat・Falcon…ってな」
「んー……………」
だが、今一つ、納得が行かぬように。
エドガーは、癇癪を起こした風な声を洩らし、じっと、自身の掌を見詰め。
そろりと、セッツァーが綴った文字を真似、右手の指を、掌の上で動かし始めた。
「あー……。そうじゃねえ……。そうじゃなくって……」
見守っていた指先が、動いた途端、間違いを犯していると知り、再びエドガーの手を取って、セッツァーは共に、掌の上をなぞってやる。
「……あーー…………」
セッツァーの手を添えられた、己が指先が、先程と全く同じ動きを見せたことが、嬉しかったのか。
又、にこっと、『声』を発して、エドガーは笑った。
だから。
セッツァーは、エドガーの指先に、己が手を添えたまま。
小さな子供でも、教えられずとも書けるようになる、簡単な単語を選んで、エドガーの掌に、綴り続け。