それから、一時間程の後、だろうか。
 真夜中、床の上に座り込み、そんなことを続けている最中。
 ふっ……と、セッツァーは空腹を覚えた。
 何をしていても、人間腹は減る、と、彼は軽く苦笑し、ああ、こいつもそう云えば、そんな頃合なのかも、と。
「……腹減らねえか?」
 彼は、傍らのエドガーに語り掛けた。
 話し掛けた後に、言葉で告げてみても相手には理解及ばぬ事実に気付いたが、エドガーは、じっとセッツァーを見詰め返して。
 つん、と、彼の腹部辺りを、指で突いて来た。
「言葉、思い出して来たのか? 云ってること、判るか? ──お前も腹減ってんなら、何か探してみるとするか」
 仕種で意思を示そうとしているエドガーの唇が、言葉を紡ぎたそうに、何やら動いたのを見て、言葉を思い出して来たのかも知れないと、微かな満足を覚え、セッツァーは立ち上がった。
 何も云わずとも、促さずとも、己の後をエドガーが付いて来たから、ほら、とセッツァーは、手を差し出してやり。
 上向けた掌に、嬉しそうに手を添えたエドガーを伴って、セッツァーは廊下を歩き出した。
 キャビン前の通路を歩ききり、階段を昇って、ロビーへと出て。
 さて、何処に食料はあるのやら、と、彼が辺りを見回していたら。
「……どうか、した…?」
 広いロビーの中程に佇む彼等の背後から、女達の声がした。
「…ああ……あーっと……ティナ…とセリス……だったな……」
 掛けられた声に振り返れば、そこには、碧の髪の少女と、金の髪の少女が、ぽつんと立っていて。
 何故、こんな真夜中に、彼女達は、とセッツァーは訝しがり、エドガーは、さっと、セッツァーの影に隠れた。
「……あらら。未だ駄目なのかしら、エドガーってば」
 そんなエドガーの態度に、セリスは盛大な苦笑を浮かべ。
「私達、眠れなくってね。二人の様子、見に行こうかって云ってた処だったの。そうしたら、誰か廊下を歩く音がしたから……」
 ティナは、セッツァーの訝しみに答えた。
「成程。それで、か」
「貴方達だけにしておいて大丈夫かしらって、ずっと気になってたんだけど……平気みたいね、その様子じゃ。エドガー、よっぽど貴方が気に入ったみたいだし」
 『他人』を見遣る風な視線を、どうしても消せないセッツァーが、それでも普通に言葉を交わすことに、彼女達は気を良くしたのか。
 更に、言葉を重ねた。
「まあ、な……。どうやら、そうらしい。俺も何にも覚えてねえから、何をどうしてやればいいのか、どうしてこんなに懐かれたのか、今一つ、良く判らないがな」
 だから、…俺は、腹が減ってるんだが…と、内心では思いつつ、セッツァーも又、言葉を重ね。
「懐かれた理由はやっぱり、恋人同士だったから、じゃないの? 他に、理由なんて見当たらないし。記憶なんてなくったって、感覚や体が覚えてるのよ、きっと」
「優しくしてあげてね、エドガーには。『今まで』みたいに」
 更に続いた彼女達の言葉に、げんなりと、肩を落とした。
「恋人、ね……」
「あら、そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃないの。本当のことなんだし。嫌な気はしないでしょ? 男でも、『美人』よ、彼」
 しかし、セッツァーのその嫌気に、彼女達は笑って。
「愛してたんだから。エドガーのことくらいは、その内思い出すわよ」
 ぽんぽんと、からかうように、云いたいことを云い、これなら放っておいても大丈夫かしらねと、キャビンへと降りて行った。

 

 

 

 

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