そんな出来事から二日程が過ぎても。
恋人や、弟や、友人の無事を伝える報告が、エドガーの耳に入ることはなかった。
突然の開戦で、情報が錯綜していることと、軍事上の機密、と云う二つが、彼等の安否の判明しない理由だと、軍の関係者は、未だ病室から解放されぬ国王に伝えた。
全ての『事実』が偽りだ……と、嘘でもいいから、云って欲しかったけれど、そんなこと、望むべくもないことで、例えその望みが叶ったとしても、嘘は所詮、嘘でしかなく。
形式に乗っ取り、おざなりな戦況報告にやって来た軍部の遣いに、エドガーは無言で、退くように命じた。
「あれから三日も経つのに……消息が判らないなんて、有り得ないのに……」
それだけの時間が過ぎても、彼等の無事が判明せぬ唯一の可能性は意識的に無視し、孤独を得た彼は、枕元に忍ばせておいた、勲章の箱を取り上げた。
入院させられた日の夜、じいやに頼んで、運ばせたそれを。
「無事……かい……? セッツァー……。君は…軍人だから、ね……。有事も……戦死も……何時も覚悟していることなのだろうけれど。私には、そんな心構え…持てない……」
ビロードの覆いを今日も撫でながら、彼は箱に向かって、一人語り掛けた。
「本当は、ね……。判ってる…。私だって、そんな覚悟を持たなければならないってことぐらいは。君主としても……軍人の恋人としても……毅然といなければ、間違いなのだろう……。でもね……君がいなければ生きていけないのに……君を失うかも知れない現実なんて、受け止められないし、受け止めたくない……」
ぽつり、ぽつり、ビロードの箱に向かって呟き続けながら。
彼は、その箱の蓋を開けた。
「……信じているんだよ……? 君が、帰って来ない筈はない…って。君の腕前もね、信じてるし、判ってる……。過信なんて、してない……。でも、ね……」
そして、箱の中に収まる、勲章を取り上げ。
「でも………どうして……こんな、物……残してっ……。知ってたんだろう……? 空爆が開始されること、知ってて……『これ』がどんなジンクスも知ってて……っ。どうして、私にこんな物っ…………」
強く強く、それを握り締めて彼は、涙を頬に伝わせた。
泣き濡れてしまった衝撃故か、又、少し頭が痛んで心拍が乱れ、慌てた風に、彼は涙を拭う。
例え命が助かったとしても、青酸を体内に取り込んでしまうと、確実にダメージを受けてしまう脳がもたらす後遺症を防ぐ為、彼の体には、今も尚、計器の管が繋がれていて、数値に些細でも変化が表れれば、それを監視している医師や看護婦が、様子を見に来るから。
誰か一人のことを思って、思うさま、泣き崩れることすら、今のエドガーには許されていなかった。
「陛下? お加減は如何ですか?」
──何とか、涙を堪え終えた時、案の定、看護婦の訪問を受け。
「いや…大したことじゃないんだ。少し、頭痛がしただけだから……。有り難う……」
薄い笑みを、彼は作る。
「目が霞んだり、眩暈したりなどはしませんか? 一応、念の為、直ぐにこれを服用して下さい」
大事無さそうな患者の様子に、看護婦はほっと、息を付き。
手にしていた錠剤を差し出した。
「ああ……」
受け取った薬を、水と共に素直に飲み下せば、ナースがベッドの傍らの計器を確かめている僅かの間に、成分の所為なのだろう、眠気に襲われ。
「休む……から……」
軽い音を立てつつ、ピローに身を投げ出し、エドガーは目を閉じた。
手の中に、恋人の勲章を握り締めたまま。