「陛下……? エドガー様? 気付かれましたか?」
──ホテルの玄関で意識を失った彼が、再び瞳を開いたのは、王立病院の、特別室のベッドの上だった。
うっすらと瞼を開いてみれば、その先には、泣き濡れたじいやの顔があって。
何故、じいやは泣いているのだろう……と、ぼんやり考えた後、酸素マスクや点滴の管が、自身の体に繋がれているのに、彼は気付いた。
「……私は……?」
今だ乱れる呼吸で、覗き込んで来るじいやに尋ねてみれば。
「倒れられたのです…。ロイヤルホテルの玄関で…。御記憶ではございませんか?」
お気を確かに、と、じいやが彼の手を握りながら答えた。
「何故……?」
「ホテルの従業員から、花束を受け取られたのは覚えていらっしゃいますか? ……その…………あの花束に、青酸が振り掛けられていたとかで……。不埒者が、陛下のお命を……。──でも、もう、大丈夫ですから。御安心下さい。容疑者も逮捕されたと、先程報告がございました」
「……何で、私なんか狙ったと…………」
何者かに暗殺され掛けたのだとじいやに伝えられ、エドガーは瞑目した。
「…………陛下のお命を狙った者は、その…未だ、本当に詳しいことは判りませんが……本日開戦となった──共和国出身の者らしく……。陛下他、他国の君主の皆様を、無差別に狙っていた模様です。陛下達が、多国籍軍の武力行使を回避する為に尽力しておられたことを、曲解したと申しますか……真実、彼等の祖国の為にはならぬ行為だと誤解したと申しますか……」
力無く、瞳を閉ざしてしまった彼へ、じいやはテロリストの蛮行の理由を、そう語る。
「………………そう…。──じいや、暫く、眠らせてくれるかい? 疲れてしまった……」
伝えられた『真実』がやる瀬なくて、もう、瞳を開くことが、今は出来そうになくて。
一人にしてくれと、彼は訴えた。
「……判りました。ゆっくり、お休み下さい」
王の心中を察したのか、酷く心配そうな顔をしながらも、じいやは、黙って席を立った。
「主治医の方に、お目覚めになられたことを、伝えて参りますので」
そう云って、じいやは、病室に彼を一人残し、消える。
「…………セッツァーっ………」
──リノリウムの廊下を、じいやが去って行く音が遠く消えた後。
鬱陶しい酸素マスクや点滴の管を乱暴に外して、エドガーは、頭から毛布を被って身を丸め、無事なのかどうかも判らない、恋人の名を呼んだ。
……何も彼もがいたたまれなかった。
恋人も、弟も、友の一人も、戦地に在り。
その生死も判らず。
唯でさえ、悲嘆に暮れる胸の内を隠して、君主としての努力は、重ねたつもりだったのに。
受け止めて貰える処か、結果は最悪になり。
今己は、命まで狙われて、病院のベッドの上にいる。
戦争、と云う馬鹿馬鹿しくも悲劇的なことの為に。
どうして、何も彼もが、こうなって行くのだろう……と、毛布を顔に押し付け、とうとう彼は、泣き出した。
──出来るなら今、あの人に、手を差し出して欲しかった。
傍にいて欲しかった。
なのに恋人は今、戦場に在り。
今だ、帰還の報告は、無く。