更に、三日後。
そろそろ、退院しても良いかも知れないと、朝の検診で、概ねの回復を主治医が認めてくれた日。
届けられた朝刊に目を通して、エドガーは愕然とした。
暫し躊躇い、特別室の片隅に置かれたTVのスイッチを入れて、チャンネルをニュースに合わせてみれば。
国営放送のキャスターが、箱の中で語っていることは、新聞に載っていた記事と同様で、心底の不機嫌を頬に浮かべて、彼は、次々とチャンネルを変えた。
──ニュースや新聞が語っていたこと、それは、想像通り、某共和国と多国籍軍が行っている戦争関連のことであったが……。
国際問題を解決する為に、武力行使と云う手段を用いることに否定的だった筈の彼等の伝えるそれは、一転、戦争を支持する雰囲気に満ちたものに変わっていて。
そんな風に、世論が方向展開してしまった理由を誌面やTV達から探れば、それは、己が暗殺され掛けたと云う事実に、起因していた。
平和的解決を望んでいた自国の国王の行動を、曲解し、テロの対象とした、共和国出身のテロリストの行いは、到底許せるものではない、と云うのが、彼等の主張で。
タブロイド系の番組に至っては、何処で仕入れて来たのか、さっぱり見当も付かなかったが、国王の『親友』である、先の戦争の英雄が、戦地に赴く覚悟を立派に決めていたのか、まるで自身の形見のように、名誉勲章を国王に預けて行ったことや、国民の前では決してそんな姿を見せはしないが、病室で一人、『親友』や王弟の無事を祈って、親友の勲章を見遣っているらしいと云う証言が、看護婦から得られたとか、そんな噂話を元に、国王の抱えるだろう心痛を、大仰に想像して語り合い、祖国の主の為にも、戦地に赴いている各国の兵士の為にも、『敵国』に制裁を加える形にての解決を、と云う、誠に間違った方向での鼓舞が報道されており……。
果ては、先日新聞に載った、疲労故に眩暈を起こした時の写真まで持ち出されて。
リモコンを、画面に投げ付けんばかりの勢いで、エドガーはTVの電源を落とした。
「どうして、こうなるんだ……」
様々な計器達とは、既に別れを告げている彼は、苛々と、独りごちながら、病室の歩き廻り。
暫くの間、この数週間を振り返って。
「まさかと思うけど…………」
一つの可能性に、エドガーは思い当たった。
────何も彼もが、余りにも、軍のタヌキジジイ達に有利な方向へと進んでいることは、どう考えてみても不自然に思えた。
例えどんなに尽力してみても、やはり、空爆や開戦を防ぐことは叶わなかったとしても。
この上ないタイミングで、これらの報道がなされるのは、都合が良過ぎる。
戦争を、致し方ないことと、国民に受け止めさせるような、一連の出来事が引き起こされたタイミングも、先日起こったテロの容疑者が、あの国の出身だったと云うことも、偶然にしては出来過ぎに思える。
偶然も、重なり続ければ、それは、偶然ではなくなるから。
殺され掛けたことも、戦争を煽るような報道も、もしかしたら、自身と関わり合いのある軍人達が全て、戦争に狩り出されたことも。
国民の支持を得る、と云う絶対の後ろ楯を得る為に、仕組まれたことかも知れない、と考えた彼は。
「…………黙って済ます程、私は大人しい国王じゃないんだけれどね」
偶然でなく、必然、を産み出しただろう者達へ向かって、エドガーは静かな憤りを吐いた。
「腹黒いタヌキジジイの癖して……。やりたい放題、やってくれるな、あの御老体達は」
──そうして、彼は。
何事かを胸に決め、さっさと髪を整え、身支度を整え。
「……陛下? どちらに? あの……病室にお戻り下さい」
廊下にいた警護の者達が、普段着に着替えて出て来た国王の姿に驚きつつ、未だ、退院は許可されていないと、押し留めるのを振り切って。
「城に戻る」
何者の申し出にも耳を貸さず、己が城へと、向かった。