半ば無理矢理、王立病院から退院を果し、城に戻った彼は、じいやに命じて、マス・メディアへと、一つの通達をした。
不慮の事態により、入院を余儀無くされてしまった己へ、心配を傾けてくれたであろう国民に対する、会見を行うから集まって欲しい、そんな通達。
メディア以外に、その通達がなされることはなかったが、素早く、王宮の動きを掴んだ軍部より、慌てたのか、その知らせの裏で、国王が何を考えているのか判断付かなかったのか、昼より行われることになった会見の三十分程前に、『タヌキ』達が雁首を揃えて城を訪れ、うわべだけは喜ばしそうに、君主の回復を喜んでみせ。
……が、余計なことを云われては堪らないと思ったのだろう、老体達は、当り障りのないことばかりが綴られた原稿を、会見で読み上げろと、やはり、言葉だけは穏便に、手渡して来た。
「…………これを、私に読め、と?」
差し出された原稿を、ちらりと見遣って、エドガーは何故か、にっこりと微笑んだ。
「ええ、それをお読み頂ければ、何の問題もないと思われますので」
彼の表情を受けて、老人達はほっとしたのか、企みの露見はないと踏んだのか、やはり、彼等も笑みを浮かべる。
「準備の良さに、敬服させて貰うよ。…判った。ならばこれを、読み上げよう。──では、機会があったら、後程に」
原稿を読み上げてくれさえすればいい、そんな雰囲気を漂わせる老人達を、彼は、更に深い笑みで以て、政府要人と対面する為だけにある、その部屋から追い出した。
「…………化かし合いは疲れる」
──腹黒い軍人達が、ぱたりと扉を閉める音を聞き届けた後。
エドガーは、完璧な作り笑いも崩さず、手渡された原稿を片手に、会見場に向かった。
溢れんばかりに、会見場に集ったジャーナリスト達へ向けて。
「この度起こってしまった不慮の事態により、国民の皆さんに御心配をお掛けしてしまったことを、先ずはお詫びさせて戴きたいと……────」
手にした原稿に綴られている文字を淡々と読み上げる形で、国王の言葉は告げられ始めた。
TVクルーの向けるライトやマイクや、新聞社のカメラが、雛壇の席を一斉に捕えて来る中、微笑みを湛えつつ、エドガーは、時折、テーブルの上に置かれた紙片に目を落としながら、誠に当り障りのない、王よりの談話は続き。
在り来たりの会見で、今日のそれは終わるかと、人々が、メモ書きを締めくくろうとした時。
手渡された原稿を読み上げ終えたエドガーは、ふっ……と、顔色を変えて、心痛の色も露に、報道陣を見た。
「……私には……皆さんが御存じの通りの、君主としての立場があります。ですから……国政や、軍の判断に、意見を申し述べることは、叶わぬことです。……が、一国民として、胸の内を語ることくらいは、許されるでしょう。多国籍軍をまとめる機構に条約し、名を列ねている各国首相閣下や大統領閣下達が、武力行使と云う手段を取られたことは、残念なことではありますが……やむを得ぬのでしょう。──ですが……一刻も早い解決と、平和の奪還を祈ることや、武力行使の愚かさに気付くことを願うのは、私達のような立場の者にも、叶う筈です。……私の親友も…家族も…友も……彼の国に赴いています。…戦地に、です。……戦う為、に。皆さんの家族や、友人や、恋人の中にも、戦地に向かわれている方がいらっしゃると思います。『何も知らず、何も思わず』、彼等は唯、祖国の為に、彼の国の民の為に、戦地に在るのでしょう。それが、義務だから……と。──彼等の為にも、私達に出来る唯一のことは、彼等の無事を祈ることと、戦争の愚かさを知り、戦いの終結を請うことのみです。……戦いからは、何も生まれないのだと、もう一度、思い直して下さい。それが、私から国民の皆さんへ、お伝えしたいことです。──ジャーナリストの皆さん。今日は、集まって下さって、どうも有り難う」
何かを耐え、何かを憂い、それでも己は君主なのだと、そんな顔付きで、切々と語り続けた弁の最後を、感謝で締めくくり。
彼は、椅子から立ち上がり、雛壇を降りた。
会見場を後にし、控えの間へと戻れば。
そこには思った通り、渋い顔をしたタヌキ達が待ち構えていたから。
「おや、何か?」
三人の老人を、代わる代わる見比べながら、エドガーはにっっ…こりと、『親愛』の情を込めた微笑みを、贈ってやった。
「ご公務の方、無事にお果しなされて宜しゅうございました。……が…陛下?」
湛えられた笑みに、渋面の度合いを増して、陸軍の長が云った。
「…だから、何か?」
「我々は、お渡しした原稿をお読み上げ下さい、とお願いしたのであって、一つ間違えば、軍部への非難と受け取るようなご発言を、望んだ訳ではありませんが」
茶の軍服を来た元帥の言葉に、何を云われているのか判らない、と云う顔をエドガーがすれば、判っているだろうに、と、海軍の長が問い詰めた。
「ああ、そうだね。私は云われた通り、あの原稿は読み上げたよ? 一言一句、違えることなく。でも、その後に、私が一個人として思うことまで述べてはいけない、と云われた覚えはない」
だが、エドガーは、紺碧色の軍服を来た元帥に、云われただけのことはやったと、毛筋程もその笑みを崩さず、云ってのける。
「しかし。以前、我々は申し上げた筈です。陛下と、あの者の『事』を黙認する代わりに、軍にとって不利益となる発言は……と」
その笑みと言葉に、食い下がるべく、話が違う、と、空軍の長が云ったが。
「そうかい? たかがお飾りでしかない国王である私の個人的な見解が、強大な軍の何かを揺るがす程、重きに足る言葉だと、私には思えないが?」
エドガーは、どこまでもにこやかに、それを退けた。
…………故に。
「ですが、陛下っ。陛下は、我が国民に絶大な支持率を──」
「ほう。私が国民に人気があると? それは知らなかった」
「陛下っ」
「私は、家族や友を戦地に送り出した一国民としての心情を述べただけだが? 妥当だろう?」
「……いずれにせよ、陛下。今回陛下が為さったことは……」
「……騙し討ちだ、とでも云いたいかい? 私のしたことが騙し討ちだと云うなら、貴方達のされたことは? ──間違った愛国心に溢れて、一応でも君主である者に対して、暗殺の真似事をしてみせる軍の遣り口は、騙し討ちを通り越して、卑怯とか、卑劣とか云うのではないのかな?」
「陛下、それは何かを誤解されておられます。決して──」
「──私の命までも利用しておいて、今更シラを切る気かい? どうせ、セッツァーやマッシュや、シャドウまでもが、あちらへ派遣されることになったのは、彼等に何かがあっても、私に何かがあっても、様々な利用価値が生まれるから、わざとそんな人選をしたのだろう?」
「いえ、決してそのような……」
──彼と、彼等の間に、一寸した言い争いが始まったが。
「……まあね…。証拠がある話を、私とてしている訳ではないから? ──今回のことは、お互い、痛み分け、と云うことで如何かな?」
此度の口論──否、議論は、ドローと云うことで決着を付けよう、とエドガーが言い出したことによって、おざなりな、幕が降ろされ。
沈黙と笑みの中に、出て行け、と云う色を滲ませた国王の態度に屈する形で、老人達は、城より辞した。