あの狡猾な老人達に、何処まで報いてやれたのか、何処まで効き目があったのか、その効果の面に於いては、些かの疑問が残ったものの。
王立病院から退院を果した日、一応の溜飲を、エドガーは下げたが。
開戦の日より既に二週間が経っても。
恋人達の行方に関する知らせは、一向に届けられなかった。
戦争に関する報道を見る限り、多国籍軍の大多数が集結していたツェンの軍事基地は、それ程酷い被害は受けておらず、攻撃による戦死者が、全くいない訳ではなかったが、死者の数は、最小限のレベル、と例えても良く。
それなりの報道規制があるにせよ、ジャーナリスト達も戦地へと乗り込んで、刻一刻と変わる戦況を伝えているし、各国の軍部も、公式会見の席で、情報分析部が撮影した戦場の映像などを発表しているから、そこに、多大な情報操作がなされていたとしても、味方側にとって、絶望的な戦況ではないことくらいの判断は付くのに。
セッツァーの安否も、マッシュの安否も、シャドウのそれも。
何一つ、エドガーは知ること叶わずにいた。
……それは又、国民も同じで。
あのジドールとの一年戦争にて英雄となった空軍大尉や、王弟である陸軍大尉が、今だ消息不明であること、開戦時の激しい戦闘に巻き込まれたとするならば、生存の可能性は低いだろうこと、を、連日のように、報道機関は伝えていた。
そんな報道を目にする度、耳にする度、エドガーは、心を痛めたけれど。
メディアが語ることは、理路整然としていて、覆しようなどなく。
戯言を、と叫びたくとも彼自身、彼等が生きていると信ずるに足るものを、持ち得てはいないから。
日が経つにつれ、彼等が生存している確率は、万に一つも有り得ない、との色を濃くしていく噂話に、唯々、影でこっそり、泣き濡れることしか、エドガーには出来なかった。
──恋人も、弟も、友も。
もう、この世の者では有り得ないのかも知れない。
愛して…愛して…愛し抜いた人も。
最愛の家族も。
代え難い友、も。
指で掬い上げた砂漠の砂のように、気付かぬ内に、手の中から零れて。
二度と取り返せぬ、遠い遠い所へ、旅立ってしまっているのかも知れない。
別れだけが、人生の折々を彩って行くのだと、そんな理を、理解出来ない訳ではないが……。
こんなに唐突で、こんなに理不尽な別れなど、エドガーは、受け入れたくなかった。
……なのに。
弟と共に過ごした幼い日々は、思い出される。
兄貴、兄貴、と、己が後を付いて歩くことに懸命だった、幼い頃の弟の姿が。
傍らに、ひっそりといた友も、思い出される。
無表情な顔、抑揚のない声で、関心など無さそうに振るまいつつも、世話を焼いてくれた人が。
…そして。
唯一の人の愛も、共に送った『刻』も、思い出される。
優しかった人。
何があっても、守ると云ってくれた人。
戸惑いながらも愛してくれて……至上のそれを、与えてくれた人。
何者にも代え難くて、魂の片割れで、このまま、生涯を共にすると誓った人の姿が…………────。
……そんな、大切な人達の、在りし日の姿が。
彼等が帰還を果さぬ筈などないと、強く、確かに、信じているのに。
まるで、revolving lantern(走馬灯)を見るように、瞼の裏側を、流れ去って。
心の何処かで、己は既に、決して受け止めたくない彼等の『死』、を、受け止める為の準備を始めてしまっているのではないかと、エドガーは思い煩い。
誰の目も届かぬ場所で。
誰にも気付かれぬように。
声だけを押し殺して、彼は……──。