「心配するな。……ま、表現は、一寸な、ナニ……だが…所詮は、唯の空爆だから。戦争……に行く訳じゃない。それに向こうに行ったからって、出撃命令が下ると決まった訳じゃないんだ。World union事務次官の取り成し次第じゃ、『色んなこと』が中止になるだろうし。……だから、エドガー? …そんな顔を、するな」
 告げた事実を受け止めて、一瞬、泣きそうな顔を作った恋人を、宥めるように、セッツァーは云った。
「……ああ。それは…判ってる……んだけど……。それが君の仕事だってことも……ちゃんと、理解はしてる…のだけれど……」
 けれど、隣に腰掛けて、肩を抱いてやっても、頭(こうべ)を胸の中に収めてやっても、苦しそうなエドガーの様子は変わらず。
「俺の腕前は知ってるだろう? 俺は今だに、空軍じゃエースなんだぞ? 大丈夫だ。心配しなくても、ちゃんと帰って来るから」
 明るく、優しい声音を、セッツァーは作った。
「うん……。君の腕前に、心配…なんて……してないけど……。でも……何があるか判らないから…気を付けて……」
 その声を受けて漸く、にっこりと笑って瞳を覗き込んで来る彼に、エドガーは伏せ加減だった面を上げる。
「判ってる。約束するから。安心しろ」
 上向いた顔色は、余りにも白く。
 後で盛大に拗ねられても、詰られても、黙って、南の国へと赴くべきだったかと、変わらずの明るい調子を保ちながらも、セッツァーは内心で、溜息を洩らした。
 どうしても、出立前に一度、恋人に逢っておきたかったから、今宵、ここで落ち合ってはみたが……想像を遥かに上回る苦しみを、彼の中に与えてしまうと判っていたならば……訪れることなど、しなかったのに……と。
「今晩は、一緒にいられるから。もう、そんな顔をするな。さすがに、何時もみたいに酒を飲むって訳にゃいかないから……何か、暖かい物でも飲んで、休もう、一緒に」
「…………そうだね。何か煎れて来ようか。お茶か……何か……」
 ──暫くの間、逢うことはどうしたって叶わないから、今夜は……と、セッツァーの言葉の中に含まれていた、そんな意味合いをエドガーは拾って、ソファから腰を浮かせた。
 キッチンで、手早く紅茶を煎れて戻ってくれば、テーブルの上に何やら、セッツァーは懐から取り出した物を広げていて。
「何?」
 何時までも湿っぽい声を出していても仕方ない、と、精一杯の努力を傾け、エドガーは、軽い調子で尋ねた。
「ちょいと、な。お前に預かって欲しいものが、幾つかあってな。──sevenのキィ。こっちが車ので、こっちがガソリンタンクの。作戦が長引いて、何週間も掛かるようだったら、暇見て、エンジンだけでも廻してやってくれないか。でないと直ぐに、機嫌損ねるからな、あいつ。それから……それから余り……ゲンのいい話じゃねえんだが……。これ、を……」
 小さな品々を覗き込んで来た彼へ、セッツァーは、先ず車のキィを放り投げ。
 次いで、ぶつぶつ、小声で囁きながら、宝飾品か時計か……そんなものを仕舞っておくに相応しい、小さな四角い箱を、手渡した。
「……これは?」
「あの戦争で受けた、勲章、だ。名誉勲章。お前んトコの王家で、出してるだろ? ──そいつ、預かっててくれ。…不安になったら、それでも眺めな。それを授かる程優秀なエースが、戻って来ない筈なんかないってな」
 受け取ったそれを覆う、紺色のビロードを撫でつつ問えばそれは、フィガロ王家の名の元、軍人達に与えられる勲章の内、最高位に当たるそれだと答えられ。
「う、ん…………」
 だから、その時、優しく髪に触れた恋人が口にした『理由は』、恐らく、自分の身代わりに、とか、そんなささやかなワケ故なのだろうと解釈して、エドガーは勲章の容れ物を胸に抱き、暫し瞑目した。
「ほら、紅茶が冷めるぞ」
 そうしていたら、肩を突かれ、恋人にカップを差し出された。
「あ、有り難う」
 にこりと微笑み、それを取り上げ。
 やけにじっと、凝視する風に、セッツァーに見つめられながら彼は、一息にそれを、飲み干した。
 暖かい琥珀色を胃の臓に落とし、ほっとした息を、彼は付く。
「でも……本当に、気を付けて……」
「判ってる。無茶なんてしないから」
「…………連絡、取れる?」
「それは、判らないな。…メールくらいなら、何とかなるかも知れないが」
「…そう…。うん、でも、無理は言えないね。こんな事態なのだし……」
「…そうだな……。出来る限り、無事は伝えるから」
「待ってる……。────あ、れ……。どうしたのかな……」
「ん?」
「…………おかし…いな、急に…眠たく…………────」
 ──だが、セッツァーと言葉を交わしている最中。
 幾ら、暖かだった紅茶が、一息を付かせてくれたとは言え、急激な眠気など覚える筈もないのに、彼は、くらりとする程の睡魔に襲われ、手の中にあった空のカップを、取り零しそうになった。
「……どうした? 大丈夫か……」
 指から離され掛けたカップを取り上げ、ゆらりと傾いだ恋人の躰を、セッツァーは支える。
 顔を覗き込んでみればもう、彼はもう、瞼を閉ざして軽い寝息を立てていた。
「エドガー……。──エドガー? 眠ったか……?」
 恋人が不自然な眠りに落ちるのを、最初から判っていたんだと云わんばかりに、静かにセッツァーは語り掛けた。
 眠りを確かめるべく。
「……後で怒るなよ。朝まで、ゆっくり眠れるから……」
 ──そう、彼は知っていた。
 恋人が、性急な眠りに誘われることを。
 そうなるべき薬剤を、エドガーが瞑目した隙を付いて、紅茶に混ぜたのは、彼自身だったから。
「見送るのも、見送られるのも、辛いものだろう……? 戦場に行く男なんざ、見送ったって、碌な思い出にはならないからな……」
 ……腕の中で眠ってしまった恋人に、セッツァーは刹那、届かぬ囁きを与えた。
 そして、彼は。
 そうっとエドガーの躰を抱き上げて、寝室の方角へと、消えた。

  

 

 

FFsstop    Nextpage     pageback