朝食前、newspaperをめくっている時。
 そこに己の写真を見つけて、エドガーは渋い顔をした。
「……何時の間に……」
 モノクロの誌面に映り込む自身の姿が余りにも頂けなくて、ふ…っと、溜息さえ、付いてしまう。
 ──昨日、公務に出掛ける為に、城を出てから、訪問先へと向かう間の何処かで撮られていたらしいその写真は、疲労から来る眩暈を覚え、こめかみを押さえつつ、苦しげな表情を作ってしまった自分が、警護の者に支えられた瞬間を捕えた物で。
 写真を説明する記事の中には、多国籍軍の空爆が秒読み段階に入ったことを受けてショックを受けられているのではないか、程度で終わっていたならば未だしも、その先に、家族や友人達が彼の国へ派遣されたことに関する心労か等々、まるで明日にでも、心弱い国家元首が寝込みそうな勢いの活字が踊っていたから、newspaperを握るエドガーの手には、紙がくしゃりと音を立てそうな程、力が籠った。
「どういうつもりなんだ……」
 国王と云う立場の己が今いる現状を鑑みれば、誠に腹立たしい記事の載ったその新聞を、彼は乱雑に折り畳む。
 確かに、あの時近くには警護の者達しかいなかったとは云え、『他人』の前で眩暈を起こすと云う醜態を晒したのは自分だが、毎朝目を通すこのnewspaperは、フィガロ一お固い新聞社が出しているそれで、タブロイド誌と云う訳ではない。
 なのに何故、本来ならば、一触即発の事態を世界が抱えている問題にさざ波を立てるような報道は控える筈だろうあの新聞社が、たかが眩暈を起こしただけのことを、さも重病であるかの如く書き立てるのか、エドガーには納得行かなかった。
 …………こんな風に、誇張した記事を書かれてしまえば、少なくとも王家を支持してくれているフィガロの国民達の大多数は、王家の長が倒れそうになる程、各方面に働き掛けてみても結局、南の国への武力行使は避けられない処まで来ているのだと受け止めかねない。
 それは、今まで世界中のマス・メディアが取って来た、軍事的解決は望まないと云うスタンスと、相反してしまう結果となるだろうに……。
 ──と。
 折り畳み、放り投げた新聞を横目で見つつ、そこまでを考えて。
「………………ヤられたかな…?」
 コーヒーに手を伸ばしながら、ふと彼は、それまで以上に不快げな表情で、『想像』の結論を洩らした。
 軍部のトップ集団である老体達に、『ヤられた』のではないかと。
 祖国のマス・メディアは確かに、報道の義務や重要性や、それを行うことに対する自負を何よりも大切にはしているようだが、それでも、軍部が本気で圧力を掛けた場合、何処まで抵抗出来るのかは疑問だし、『この程度』のことなら、国民感情は兎も角、それ程、大勢に影響は与えないだろう、と踏んで、あの老体達の意向を汲んだのかも知れない。
「まあ、その方が多少なりとも、やり易いのだろうけれどもねえ…あの老体達は」
 ────だが、それでも。
 そこまで思いを巡らせて、エドガーは、一応の怒りを収め、取り上げたコーヒーに口を付けた。
 彼等が多少やり易くなるにしても、悲劇的な出来事に、世論が理解を示せるか否かは、歴然とした別問題だろう、と彼は考えたから。
 完全回避されるに越したことはないが、よしんば空爆が避けられなかったとしても、悲劇を何時までも黙認出来る程、人間は愚かではないと、エドガーは信じていたかった。
 ……が。
 そんな朝を彼が過ごした日の真夜中。
 ツェンの現地時間では、翌日の夜が明け切る寸前。
 多国籍軍による、某共和国に対する空爆は、開始された。
 

 

 

「…………どうして、急に?」
 ──眠りに付いて程ない頃。
 じいやに起こされて、空爆が開始された旨を聞かされたエドガーは、その直後、時の首相よりの正式な報告を受け。
 更にその後、何とか隙を見つけ、電話を掛けて来てくれた弟に、何故だ、と訴えていた。
 じいやと、首相にも問い掛けた、同じ質問を。
『…そ、の…………。──御免。兄貴の方に、どんな報告が行ってるのかまでは、俺も知らないけど。決まってたんだ。……そのぅ……セッツァーや俺が、こっち来る前から。決めてたんだよ、多国籍軍に参加した国の、トップレベルの話の中ではね。とっくに。でも、そんなこと、兄貴に洩らす訳にいかないだろ? 立場的に、兄貴は軍のことに、首突っ込んじゃいけないってなってるんだし。ましてや、兄貴達がしてた働きかけのこと考えたら、そうじゃなくったって、言えないよ……』
 …すれば、受話器の向こうから、同じ問いを投げた先の二人からは返されなかった答えを、マッシュに与えられ。
「………まあ……そんなものなんだろうな……」
 己の無力さを呪いながら彼は、乱れそうになる声を整えるべく、深呼吸を一つした。
「…で……? その…………」
 そして、口籠りながら、彼は。
『……一陣で、出てった。もう直ぐ、帰って来ると思う。大丈夫だよ。戦争じゃないんだから。誰も、狙われたりはしないよ。あいつだもん、万に一つも有り得ないって。……じゃあ、又。俺も、そんなに暇じゃ無いから、さ。御免』
 が、弟は、音にならなかった兄の言葉を察し、彼の人が、一応は無事であるだろうことを告げた。
「そう……。判った。彼に、顔を合わせる機会があったら……──いや、いい。それじゃマッシュ。気を付けて」
 エドガーは、そんなマッシュへ、伝言を預け掛け……が、もう間もなく、任務から帰って来るだろう人に、この胸の内の何を伝えても、負担にしかならないだろうと考え。
 そっと、受話器を戻した。
 そして。
 部屋の片隅の、チェストの上に置かれている、恋人の勲章が収まった箱を見つめ。
「私にも、出来ることがあればいいのに……」
 ……と、重い重い、溜息を吐いた。

  

 

 

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