空爆開始の知らせを受けて、未だ空が暗い内からの活動を余儀無くされたその日。
 午後遅くになって、エドガーの元に漸く、セッツァーから一本のメールが届いた。
 と云っても、その中身は、『From S』と云う簡単な署名と、『Therefore, don't worry safely.(無事だから、心配するな)』と云う一文と、『Moreover, it will carry out tomorrow.(又明日、行って来る』と云う、報告が綴れていただけで。
 素っ気無いにも程が有る、と憤慨しつつもエドガーは、彼が自ら打ち込み、送信してきたメールに、幾許かの安堵を覚えた。
 そうして、少しばかり予定が遅れた所為で、やっと明日、執り行われることになった、World union最高事務次官や、周辺諸国の君主達と会談の席で、問題解決の為に、出来る限りの尽力をしようと、胸に誓った。
 …………そう。
 恋人や、弟や、友や。
 彼等と共に、南方へと赴いた国民や、他国の人や。
 その家族達の為に、自分に出来ることはそれしかないのだから、と己が立場を噛み締め。
 

 

 翌日。
 エドガーは、多国籍軍の武力行使問題の解決に向けての会談に出席する為、警護の者達と共に、城を出た。
 その席に出席する者達は、エドガーを始め、未だ王国を名乗っている周辺諸国の君主達と、World union最高事務次官だったけれど、エドガーも、諸国の君主達も、軍事的にも政治的にも、一般人と何ら変わらない立場であるのは、動かしようのない事実だから、その会談はあくまでも、悪い言葉で表現するなら、良識者の足掻き、と云う域を出ないものでしかないけれど。
 それでも、何もしないよりは遥かにマシだ、と云う思いの元に、フィガロ・シティへと足を運んだ彼等が、膝を突き合わせる場所として指定されたロイヤル・ホテルの一室にて、確かな手応えを得、和やかに、会談の席から食事会の席へ移るべく、開け放たれたその部屋の扉を、潜った直後。
「……申し訳有りませんが、陛下」
 今、この場にいて良い筈のない、三軍の長達──エドガーやセッツァー曰くの『タヌキジジイ』達に、フィガロ王は捕まった。
「…………どうして、貴方達がここに?」
 畏まった顔をして、畏まった姿で、勢揃いしてみせた老人達に、エドガーはあからさまに不審そうな顔を向ける。
「陛下に、正式な御報告と、お話がございまして。失礼かとは思いましたが、ここまで押し掛けさせて頂きました。お時間を、頂けますか。急を要する事態です」
 老体達は、君主の不興を受けても、微塵も怯みはせず。
 固い声音のまま、別室へと彼を誘ってみせた。
「…判った」
 国家元首に対する、正式な報告、と云われて、仕方なく、居合わせた者達に詫びを告げ、彼は、老人達に従った。
「…………で? 話とは?」
 今日だけは、一般の者達が立ち入ることを禁じられた、ホテルの廊下を暫し歩き、程なく到達した部屋の中へと入って。
 勧められたソファに腰掛けもせず、エドガーは腹黒いタヌキ達へと向き直る。
「──大変、残念なことですが」
 厳しい顔を作った青年へ、先ず、空軍の長が口火を切った。
「…残念?」
「はい。多国籍軍による空爆への対抗措置として、──共和国より、戦闘機が発進した事実が確認されました。先程、正式な宣戦布告も通達されて参りました。……第──代フィガロ国王、エドガー・フィガロ陛下。これより、条約に基づき、我がフィガロは、多国籍軍と共に、──共和国との戦闘を開始する旨、決定されました。御承知下さい」
 …………今、この時より、フィガロが再び戦争を始める。
 それを、空軍の長は、国王へ、淡々と伝えた。
「そん……な。何故…………。──いや……何故、と問うても、何も変わらぬのだろうから……問いは…しない。……が、何故、貴方達がそれを私に? 貴方達の仕事は、私とは何の関係も無い筈だ。それを私の耳に入れるべきは、首相の筈で……っ…」
 受けた報告に、一瞬だけ彼は瞳を閉ざし、だが直ぐに表情を整えて、きつい声で云った。
「お話が……、と申しました。国王陛下へのご報告ではなく、お話、が」
 が、そうする必要が自分達にはあるのだと云わんばかりに、陸軍の長が口を開いた。
「話……? これ以外の話だと…?」
「本日の空爆には、フィガロより派遣された、空軍の第15航空団の兵士達が参加しておりました。セッツァー・ギャビアーニ空軍大尉も、です。彼の国より宣戦が布告されるよりも僅か早く、多国籍軍の戦闘機を迎撃すべく、──共和国の……基地よりスクランブル発進された機体と、第15航空団の戦闘機編隊は、ツェンと敵国の国境上空にて戦闘を開始、今だ、第15航空団の編隊は、ツェン国の基地に帰還しておりません」
 陸軍の長は、そこまでを一息に語り。
「突然の開戦により、現地もこちらも、少々混乱しておりまして。正しい情報が得られぬ状態にあります。衛星回線を使用しても、現地との連絡が取れぬ事態です。……ですから、陛下」
 続きの『話』を、海軍の長が引き継いだ。
「……弟君である、マッシュ・フィガロ陸軍大尉や、ギャビアーニ空軍大尉の、万が一の事態に備えて、お心積もりを……」
「心積もり……?」
「はい。彼等が、名誉の戦死を遂げたかもとの知らせが届くかも知れぬと云う、お覚悟を、お決め下さい、と、そう申し上げているのです、我々、は」
「セッツァーや……マッシュ達……が……?」
 ──三人の口から、交互に語られた、『話』、に。
 エドガーは、言葉を失い、刹那、崩折れそうになったが。
「…………判っ……た……」
 それでも何とか彼は、己を律して、一言、そう呟いた。
「話はそれで……終わり、なのかな……? ならば私はこれで、失礼させて貰う……」
 そして彼は、一列に、姿勢正しく並んだ老人達に背を向けて、諸国の君主達の元へと戻るべく、その部屋を辞した。
 ……三軍の長達が、何故、このタイミングで、セッツァーやマッシュ達が、危機的状態にあることを伝えて来たのか、考えられぬ程、内心では打ちのめされたまま。

  

 

 

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