フィガロ国王として、彼が、少々『違った』形であるにせよ、開戦の報告を受けたのと同様。
その日の会談に出席した者達にも、それぞれ、祖国の関係者より、最悪の事態に関する報告は、なされていた模様で。
エドガーが戻った食事会の席は、会談中から一転、暗く重たい雰囲気に包まれてしまった。
出席者の口数も少なく、解決策に付いて語ってみても、光明は見えず。
一流のシェフが腕を振るった食事も、余り喉を通らず。
結局は、かつての支配者の末裔が、祖先達の真似事をしてみたに過ぎなかったのかも、そんな空気を纏わり付かせて、人々は別れた。
予定されていた全てのことを終え、ホテルの車寄せへと向かったエドガーの落胆も、様々な意味合いで以て濃く。
「陛下っ! エドガー陛下っ。先程政府より発表された──共和国との開戦の事実に付いて、一言お願い致しますっ」
本来ならば、会談の成果を問う為、ホテルに集まって来ていた不躾なジャーナリスト達に、不躾な質問を投げ掛けられ取り囲まれても、コメントを返せぬまま、待ち構えていたリムジンへと、彼は向かった。
「あの……陛下……?」
が、そんな中。
ホテルの従業員らしき者が近付いて来て。
「何か?」
呼び掛けに振り返った彼に、その人物は花束を差し出した。
ああ、そう云えば、会談の成功を祝して、とか何とか、そんな理由で、パフォーマンスが予定されていたな、と、薔薇の花束を見遣って彼は、事前の『打ち合わせ』を思い出し。
恋人や弟や友人達の安否を思い、今にも泣き出しそうな面を、笑顔に塗り変えた。
「……有り難う」
事態が急変してしまっても、伝えられた段取りを違える訳にはいかなかったのだろう従業員に、優しく感謝を述べて彼は、大振りの花束を受け取る。
そして、鮮やかな花弁達に、刹那のそれでもいい、慰められたい……と……顔を近付け。
「…………んっ………」
急激に彼は、顔を顰めた。
────花束を覗き込んだ瞬間。
不意の頭痛に襲われた。
ガンと、何かに殴られたように、頭が痛み出して、眩暈を覚えた。
先日より続いた一連の出来事と、先程の報告がもたらした心的な物だろうと、エドガーはそれを耐えたが。
痛みは激しさを増し、瞳に映る風景は、ぐにゃりと歪んだ。
…………倒れる訳にはいかない。
こんな場所で、大勢の人々が見守る中、倒れる訳にはいかないと、彼は深く呼吸をする。
……が、体は意思を裏切り、呼吸は著しく乱れた。
どうしても息が出来なくて、衣装の胸元を、強く掴んだが。
頭痛も、眩暈も、困難になった呼吸も、激しさを増すばかり、で。
「……陛下?」
動きを止めてしまった彼を、何事かと、人々や、警護の者達が訝しがる中。
ゆるりと、彼の手が開いて、ぽとり、掴んでいた花束が車寄せの大理石の上に落ちた。
「陛下っ? エドガー陛下っ!」
落とされた衝撃で、黒い大理石の上に散った薔薇の花弁達を追うように、エドガーの体も又、その場に崩れ。
警護の者達が、彼を抱き上げたが。
「おい、誰かっ!! 緊急車両をっ! ──陛下っ! エドガー様っ! しっかりして下さいっ! 陛下っ!」
「……苦…し………。あ……っ…。…息……が……できな……っ……」
海兵隊員の腕の中で、呼び掛けの声を遠くに聴きつつ、ふっ……とエドガーは、意識を失った。