「…………あーにーきー……。せっつぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
 ──翌日。
 耳聡く、古狸達の『決断』を仕入れたマッシュが。
 今日まで謹慎を喰らっている戦友と、話の展開に疲れを覚えた兄のいる、セントラル・パーク前のマンションを訪れた。
「聴いたよ、話…………」
 はあ……と。
 それはそれは滅入った顔付きでマッシュは、どかりとリビングのソファに腰降ろし、二人をねめつける。
「ぼやきたいのは、こっちの方だっ」
 マッシュの取った態度に、セッツァーは憤慨し、今だ、撃たれた腕に痛みが残る苛立ちも手伝い、銜えていた煙草を乱暴に揉み消した。
「何も彼もばれてしまって……。挙げ句、良いように利用されることになって……。…頭痛がするったら……」
 弟の為に茶を煎れながらエドガーは、気分が優れぬと、頭を振った。
「でも……自業自得じゃないか……」
 そんな彼等をマッシュは見比べ。
 ぼそっと、率直な感想を洩らす。
「何か云ったか?」
「いーえ、別に」
「……マッシュ。お前は何をしに来たんだい? 私達に追い討ちを掛けに来たのかい? 苦情を云いに来たのかい? 慰めに来たのかい? どれなんだ?」
「………様子伺いです、はい……」
 思わず、突っ込みを入れてしまった所為で、すぐさま、すこぶる機嫌の悪い二人に睨まれ、マッシュは有らぬ方を向く。
 ────だから。
 じんわりと、リビングの中に、険悪な空気が滲み始めた時。
 電話のベルが、けたたましく鳴った。
「……はい?」
 たまたま、その部屋の隅に放り投げてあった子機を、エドガーが取り上げる。
『エドガーか? 俺だ。シャドウだ。一寸、お前達の耳に入れたいことがあってな』
 出てみれば、掛けて来た相手は、先日、多大な迷惑を掛けてしまった友人で。
「ああ……。この間は、本当にすまなかった……。──で? 話って?」
 しおらしく謝罪を告げながら彼は、話に耳を傾けた。
「………ああ。……そう。……それで? ──────判った。有り難う、シャドウ。じゃあ、又」
 受話器に耳を押し当て、暫くの間エドガーは、じっと、『話』に聞き入っていたが。
 返す相槌のトーンを、少しずつ少しずつ、低くし。
 電話を終えて振り返った時には、整い過ぎて怖い、と云いたくなる笑みを浮かべる程、機嫌を損ねた顔で。
 彼は、マッシュの隣にすとんと座った。
「兄貴? シャドウ、何だって?」
「……ねえ、マッシュ。……何時ぞやタブロイド系の雑誌に、お前とティナの噂が載ったことがあったろう? それから暫くして。お前、所用で、国防総省に行かなかったかい?」
 何事が起こったのか判らず、きょとんとした表情で尋ねて来た弟に。
 エドガーは、浮かべた笑みに凄みを増して、問うた。
「…………あー……。うん、あったかも、野暮用で、行った覚えあるよ。それがどうかした?」
「事後処理の一環としてね。事の始まりである、例のデータベースのトラブル、あれが何で起きたのか、シャドウが調べてくれたらしい。その話に寄るとね──」
 そして、彼は。
 友人が教えてくれたことを語りながら、ちらりと、セッツァーに目配せをした。
 合図を受けたセッツァーは、何となく、恋人の云いたいことを察して、さり気なく、エドガーとは反対の、マッシュの隣を陣取る。
「え……何……?」
 兄と友にがっちり挟まれて、マッシュは体躯を縮めた。
「──その日、ファイリングの仕事をしていた女性達が、フィガロ陸軍大尉を女性との交際記事のことでからかったら、余程照れたのか、資料の載ったキャリアーに蹴躓いてくれて、整理されていた書類の束が、ぐちゃぐちゃになってしまったって、ぼやいていたらしいよ。…………お前が、書類の山に蹴躓いたから、こうなったんだねえ、今回のことは」
 その後、彼は。
 淡々と、兄が語る事実に、一言で云うならヤバイ、そんな空気を感じ。
「…………で、でも、それってわざとじゃないしっ!」
 体を縮こめたまま、立ち上がろうとしたが。
「ふーん…成程な。なら取り敢えず? 俺達がお前に苦情を云われる必要は、少なくともないってことか」
 それは、ガシッと腕を掴んだセッツァーに阻まれた。
「マッシュ……?」
「はい、何でしょう……」
 八つ当たりは勘弁してくれ、そもそも、演習を目前にした、通常事態ではない状態で、携帯電話でいちゃついてた自分達が悪いんじゃないかっ! ……と、喉元まて出掛かった文句をぐっと飲み込み、彼は、優しー……い声音を出す兄を見た。
「お前だって、わざと躓いた訳じゃないのだろうから? お前に、事の発端の責任があるとは云わないけれど。少なくとも、きっかけ…ではあるのだから。協力はしてくれるよね?」
「き…協力……? 何の……?」
「決まってるじゃないか。私達の、この不利な立場を、挽回する為の協力だよ。……このまま、今回の話を振り翳して、あのしたたかな元帥達に、良いように振り回されるなんて、冗談じゃない。でも、我々に別れるつもりなんて更々ないから。……宜しく、マッシュ。期待してるよ」
 すれば、兄は、にっっっこりと微笑んで。
 さらりと、『無理難題』を押し付けて来た。
「そんなこと云われたってっ!」
 だから、そんなことは不可能だと、彼は叫んだけれど。
「嫌だなんて云わねえだろう? マッシュ。大切な兄さんと、戦友である俺の、たっての頼みじゃねえか」
 何処からどう見ても、凶悪な友人の表情に、追い討ちを掛けられてしまって。
「……どうして、こうなるんだよっ! 俺が、どんな悪事を働いたってんだよっ! 自分達が悪いんじゃないかっ、色惚けなんてしてるからっっっ!!」
 嘆きの声を、彼は放ったけれど。
 それは広い室内に、虚しく響くだけで。
 たまたま、姦しい生き物にからかわれ、たまたま、キャリアーに蹴躓いてしまった、不幸な彼の運命が、修正されることはなかった。
 

 

 ──今回起こった、一連の騒動が。
 本当の解決を見るには、もう暫く、時を要するらしい。

 

End

 

 

後書きに代えて

 

 以前に書きました、和訳すれば「宵待草」と云うタイトルのお話。この話の、導入部。
 あれを書いた時から、何か、陰謀もの(笑)書きたいと思ってはいたんです。
 でも、そんなん、どシリアスで書いた日にゃ、私の場合、第三部@後編、と銘打った方が早いだろうって長篇を書いてしまうだろう事が、火を見るよりも明らか、だったので。
 ならばここは一発、一見、シリアスチックに見えるラブコメを書いてみようと、今回、やってみました。
 あーあ、ばれちゃって……。挙げ句、盗み聴きまでされちゃって……(笑)。…馬鹿と云うか、可哀想と云うか……不憫な人達だなあ……(爆笑)。国王様の『あんな』声聴いちゃったお祖父様方、地蔵のように固まったことでしょう(笑)。
 でも、一番可哀想で不憫なのは、間違いなく、マッシュ。
 相変わらず、受難(←おい)。

 宜しければ皆様、御感想など、お待ちしております。

 

※おまけ※
公文書資料館に、深く深く仕舞われた、添付ファイルは如何ですか?(笑)

 

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