何とか、眠りだけは確保したその日、午後遅く。
 セッツァーは、有無を言わせぬ上官命令で、エドガーは、内々の申し入れを受けて、と云う形で、雁首揃え、国防総省を訪れた。
 否。
 呼びつけられた、と表現した方が、正しいかも知れない。
 片や、正規の軍服で、片や、国王としての準正装で、そこを訪れた彼等は、三軍の長が集う小さな会議室に通される。
「Royal Air Force、Flight Lieutenant ・Gabbiani……です……」
 待ち構えていた老人達の一人──空軍に所属する者ならば、憧れの眼差しで見遣らぬ者はいない筈の、空軍元帥の前に。
 若干、唇の端を引き攣らせながら、セッツァーは立った。
「お久し振りです。貴方々にお目に掛かるのは、先の戦争の、戦勝祝賀パーティ以来ですね」
 エドガーは、三人に向けて均等に、やはり何処か引き攣った、作り笑いを向けた。
「お呼び立てして申し訳有りません、エドガー陛下。……ギャビアーニ大尉、君も、任務があるだろうに、済まないことをした」
 二人を見比べ云う、空軍元帥の穏やかな声に、年齢や貫禄の部分ではやはり叶わぬ彼等は、ヒクヒクと、顔の引き攣りを強くする。
 この場に集った『タヌキジジイ』達の腹の底が、読めなかった。
「えー…まあ、その。……言葉にせずとも、陛下にはお判り頂けることでしょうし。大尉にも、充分、汲めることだとは思うが…」
 ちらっと、彼等に一瞥をくれ、陸軍元帥が、低く云った。
「正直に云って。……陛下には誠に御無礼な弁かとは思いますが……そのぅ…ですな。陛下や大尉に、『消えて』貰うか、別れて貰うかするのが、手っ取り早い解決策だと云う結論に、我々も、達しない訳では…その……」
 最後の一人、海軍元帥は、ごにょごにょと、言葉を濁した。
「…私よりも遥かに目上のお歴々の前で、こんなことを云うのは、はしたないのでしょうが。私は、その……」
 ──やはり。
 『コト』を語ろうとすればする程、何処までも気まずい空気が流れてしまう現状が、いたたまれなくなったのか。
 意を決した風に、エドガーが言葉を放った。
 何処か、思いつめる口調で。
「あの……。私には……彼を、その…………──」
「……エドガー」
「そ、の……。彼と…別れる道、は……どうしても……あの…っ……」
 傍らの恋人の、短い制止を振り切り、云い募る途中、彼は、僅かに、俯いてしまう。
「…………俺が、退役をすれば、未だ……問題は軽く、済みますか? 少なくとも、Sir.に、迷惑が掛かることは、なくなるかと思いますから……。その……」
 まさか、この場で抱き締める訳にもいかず。
 そんな恋人に、苦しそうな眼差しをちらりとセッツァーは注いで、退役をすれば、と言い出した。
 ──それは、裏返せば。
 国王陛下との別離、と云う選択肢だけは選ばない、と彼が告げているに等しく。
 君主が言い淀んだ続きも又、それと同等なのだろうと、老人達は察し。
 深く深く……何処までも深い、嘆きの溜息が三つ、室内に響いた。
「まさか本当に、国王陛下に消えて戴く訳には、いかんよ。一応フィガロは、法治国家なのでね……」
「幾ら外聞が最悪に悪かろうとも、暴力的な手段に撃って出るのも穏やかではないし、正直、馬鹿馬鹿しいし……」
「陛下の立場は一応、軍部には何の影響も及ばさぬものではあることだし……。別れるのが無理、なら……」
 溜息が消えた後。
 老人達は何度か、視線で会話し。
「思い詰めて、国家元首にランデブーと洒落込まれた日には、フィガロはお終いだ……。同性の恋人との道ならぬ恋、などと云う理由で退位されても、目も当てられん……」
「締め付けて、暴れられ、市井に関係を嗅ぎ付けられるよりは、お互いに妥協した方が、平和的解決なのかも知れんし……」
「我々の権限で、情報をコントロールしてしまった方が、有益に思えて来たのは、気の所為ですかな……」
 云いたくなさそうに、認めたく無さそうに、さも、渋々の選択なのだ、と云わんばかりに。
「まあ……同性同士とは云え、固く好き合う者同士の関係に嘴を突っ込むのも不粋な話ではあるし。何を云っても、聞き届けては貰えぬだろうから。陛下と大尉の関係は、今後一切、外部に洩れぬ形を、我々は取らせて貰う。その代わり、『もめ事』を起こさぬことを、約束して貰って──……時折、民衆に今だ人気の高い、空軍の『英雄』と、国王陛下との友情話を披露することや、マス・メディアのインタビューに色をつけることで、軍の役に立って頂けると、有り難い……ですな、陛下」
 一応、恋人同士と云う関係を、黙認してやらぬこともない、と云い。
 言葉の持つ意味以上に深い、『約束事』を、彼等は提示した。
「…………我々に、少しは軍の広告塔として役立ち、出来る限りの便宜を謀れ、と……そういう意味と受け取って、差しつかえはない、と?」
「何も、世界平和を望む陛下のお立場を悪くする約束事ではないと存じますが? 我々は別に、戦争がしたい訳ではなく。円滑に、国益が守れば良いのですからな。悪い話ではありませんでしょう? 陛下」
 条件に、苦しげな顔をエドガーは作ったが、タヌキジジイ達は、渋面から一転、腹の中に逸物抱えた笑みを湛える。
 ──王家の存続には、マッシュと云う王弟がいるから問題はないし、彼は軍人でもあるから、その子が次期王位継承者になることは、どちらかと云えば軍部的には望ましいし、問題児のセッツァーや、国王・エドガーの弱味は色々と利用出来なくもないし、と。
 誠に不本意ではあるが、一度ばれれば、国中を引っ掻き回したような騒ぎなるこの憂うべき事態を、老人達は少しでも、利用することにしたらしい。
 色惚けした人間達は時に、質悪いことこの上なくなる。
 窮鼠猫を噛む、と云う言葉もあるように、追い詰められ過ぎると人間、何をしでかすか分かったものではないから。
 後々のことまで考えた場合、それが、最も『穏便』な手だと、踏んだのだろう。
「……ですので、陛下。それに、大尉。『何時までも』、お幸せに」
 …………故に、老人達は。
 セッツァーとエドガーの眉間に皺を寄せる、全く心暖まらぬ祝いを告げ。
 国防総省から、彼等を解放した。

  

 

 

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