くさくさした気分で、砂漠の直中から首都へと続くフリーウェイを、supersevenで飛ばし。
 ガン、と不機嫌そうに、セッツァーは、セントラル・パーク前のマンションの、32階にあるペントハウスの玄関を、合鍵で開けた。
 掛けられ、久し振りに謹慎を言い渡さるまでに至ったあらぬ疑いを、どうやって晴らそうか、とか、勘繰られた恋人との関係を、どうやって隠そうか、とか。
 様々な厄介ごとで痛む頭を抱え、彼は階段を上がる。
 約束の時間に何とか訪れること叶ったのに、恋人の出迎えはなかったから、愛しい人は又、仕事部屋で黙々と働いているのだろうと、そう思った。
「おい、エドガー?」
 勝手知ったる何とやら、ノックもせずに、ニ階の最奥にある部屋を扉を開け放って、恋人の名を呼び……が、彼は顔を顰める。
 その部屋の中央にある仕事机の前で、肘掛けに凭れるように、恋人がうたた寝をしていたから。
「エドガー。……おい、エドガー。風邪引くぞ。どうした?」
 又、こんな所で、と、近付き、何度か肩を揺すってやったが、エドガーは目を覚まさず。
 もう既に具合が悪いのかと、セッツァーは彼を抱き上げ、寝室のドアを蹴り開けた。
 ベッドに横たえ、何度か揺すれば、漸くエドガーは瞼を持ち上げ。
「あれ……? セッ……ツァー……?」
 寝ぼけた声と眼差しで、恋人の姿をみとめ。
「…………頭、痛い……。おかしい、な…私はどうして……?」
 こめかみを押さえつつ、起き上がった。
「何で……寝室、に……?」
「起き上がって大丈夫か? …俺が運んだんだ。お前、仕事部屋でうたた寝してやがって。起こしても起きないから、具合でも悪くしたのかと……」
 ふるふると、辛そうに頭を振った恋人を、セッツァーは支えてやる。
「仕事部屋……? え…そんな……。だって…人の気配を感じて…下に降りて……でも誰も居なかったから……戻ろうと……。ああ、そこで意識が切れ、て……。おかしいな、夢でも見ていたのかな……。リビングで……誰かに何かを……問い詰められた覚えがあるのに……」
 上体を起こしたエドガーは、ぽつりぽつり、朧げな記憶の中にある、出来事を語った。
「……誰かに、何か、を……? まさか。海兵隊の連中が囲んでるここに、そう易々、侵入出来る輩なんざ、いないぞ?」
 だが、セッツァーはその出来事を、一笑に付す。
「そうなんだけど、でも……。その……。夢にしては一寸、リアル、で……。──シャドウみたいな男達に、色々聴かれたんだ。君のこと、とか。この間の演習のことで、君から何か聴いてないか……しつこいくらいに」
 ……が、更に続いた恋人の言葉に。
「…俺のことと、あの演習のこと?」
 さっと、セッツァーは、顔色を変えた。
「セッツァー?」
 見る間に変わった相手の顔色に、エドガーは訝しがる。
「……俺も、な。今日、ここに来る前、レオ司令官に捕まったんだ。先月終わった演習のことに絡んで、な。──どうしてそんなことになったのかは、皆目見当も付かねえが……軍事機密漏洩疑惑が、俺には掛かってるんだとよ。……だからエドガー。お前が見た『夢』が、夢じゃないなら。……多分その疑いは、お前にも掛かってる」
「でも……セッツァー、君は、将来が約束されている空軍の『英雄』で、その愛国心は疑いようもないし……。私は、曲がりなりにも、この国の国王なんだよ? それが、どうして……」
 そして彼は、今日と云う日、お互いの身の上に起こった出来事が、単なる厄介ごとでも夢でもないなら、大事だと、そんな顔をしたセッツァーに、困惑の笑みを向けたが。
「俺が、生粋の軍人で、英雄で。お前が、平和主義者の国王陛下、だからだ。仲間を裏切ったんじゃないか、国を売ったんじゃないか、そんな疑惑じゃなくて。平和を望む国王陛下が、軍が大手を振るにゃ不利益になる事柄を……ってトコだろ」
 英雄は、国王に、そっと首を振ってみせた。
「まさか、そんなことって……」
「──司令官は、俺とお前の親友って関係には、何か秘密があるんじゃねえかって、そんな口振りだった。……俺達が、何かを疑われているのは確かだ……」
 次いでセッツァーは。
 そう云いながら、エドガーの服の両袖をまくり上げ、髪を掻き上げ、何かを探し始める。
「お前、問い詰められたって云ったな? 『夢』の中で」
「…ああ。……確か…名前とか…職業とか……ああ、君との関係とか……」
「で、それに素直に、答えたんだな?」
「…………多分」
「…………自白剤、か……。仮にも国王に向かって、荒っぽいことしやがる…。何考えてやがんだ、上層部の連中っ…」
 やがて。
 恋人の耳の後ろの目立たぬ箇所に、小さな針の痕を見つけ、セッツァーは憤った。
「シャドウなら、何かを知ってるかも」
 薬剤を投与された痕があると知らされ、その場所を押えながら、エドガーは、友人の名を上げた。
「そうだな……。あいつがこの件に関わってるなら、何も白状はしねえだろうが…聴くだけは、タダだ。取り敢えず、探りを入れてみるか」
 出された名前に頷いて。
 セッツァーはフライトジャケットの内ポケットから、携帯を取り出した。
 

 

 

 仕事中、けたたましく鳴り出した携帯電話の向こうに。
「知らんっ!」
 シャドウは、露な怒りを声に出してぶつけた。
『……そんなに、でけえ声を出すなっ…。──お前の仕事がどんな種類のことなのか、良く判ってるつもりではいる。だがな……──』
 電話を掛けて来た相手は、悪友の一人、セッツァーで。
「知らんと云ったら、知らんっ!」
 電話に出るや否や、先程、上官命令で、その任務から外された、軍事機密漏洩の関する調査のことを尋ねられた彼は、剣もほろろに、食い下がるセッツァーを退けたのだが。
『……判った。なら、こっちもカードは見せてやる。……どうもな、例の件。経緯は判らないんだが、俺達にも、疑惑が掛かってるらしくってな。お前なら何か知ってるかと、思ったんだ』
「…………は? もう一度云ってみろ、セッツァー」
 手の内を晒した友人の言葉に、耳を疑いシャドウは、携帯の向こうに問い掛け。
『だからっ。……詳しい経緯は判らないし。何故、そんな話になったのかの見当も付かないんだが。「あれ」に関する容疑が、俺とエドガーに掛かってるらしいんだ』
「………………寝ぼけているのか? セッツァー。そんなことが有り得る訳がなかろう? まあ…お前は兎も角として、だ。国王であるエドガーに、そんな疑いを掛ける馬鹿者は、少なくとも情報局にはいない」
 やっと聴く気になったかと、勢いづいたセッツァーを、鼻で笑い掛け。
『じゃあ、お前が掴んでる話は、そうじゃないってんだな? 情報局の調査では、そうなっていないと?』
「そうなっているもいないも、俺は、その任から………………──。──成程な。そういうこと、か……」
 が、相手の云い募るそれに、若干の心当たりを得て彼は。
『シャドウ?』
「全くの寝言でも、空想でもないらしいな、お前の話は。……判った、一寸調べて来る。少なくとも、数日前の時点で、容疑者リストの中に、お前達の名前がなかったのは確かだ。だが、気をつけろよ、二人共。俺は昨日上官命令で、この任務から外された。今までその理由が判らず憤慨していたが。…恐らくその答えは、俺とお前達が友人関係にあるからだ。ではな」
『おい、シャ──』
 性急に会話を打ち切ると、情報局を後にした。

  

 

 

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