「シャドウ、何だって?」
──唐突に切れた携帯に向かって、憤慨したような顔を作ったセッツァーに、エドガーは問うた。
「さあな。…何か、心当たりはあるらしいが。気をつけろ、だとよ…」
トンと、懐に携帯を仕舞い直して、セッツァーは肩を竦めた。
そのまま彼等は、腰掛けたベッドの上で、暫し見詰め合い。
「成程、ね……」
「…どうする? 何とか対処しねえと、大変なことになるぞ……。暫く逢わずに大人しく……たってな……。今まで頻繁に逢ってた俺達が、急に連絡断つってのもな…不自然、か……。あいつら、俺が接触した人物のリスト持ってやがったから……。──っとに……」
「接触者のリスト? まさか……それって、私もやられたのかな……」
「可能性は、高いだろうな」
良いとは言えぬ状況を語り、同時に溜息を付いた。
「どうしようか……。私達には、何も疾しいことはないのだから、今まで通りにしているのが妥当なんだろうけど……。疑われたままって云うのも、やり辛いし……。何より、監視なんかされたら……」
「そうだな…。俺達の本当の関係が……。まあ……だが……男同士の俺達がそんな関係だと疑う連中は、滅多にいないだろうし。何よりお前は国王だからな……。外では、気を付けてるつもりだし……この部屋や、官舎の俺の部屋なら問題はないだろうから。──兎に角……今まで通りで、居よう。疾しくない以上、他に、どうしようもない。出来て精々、疑いを晴らすこと程度だから」
「……そうだね……。普段通りでいようか……。──はあ……何か、疲れた……」
──これまで通りでいようと、暫くの身の振り方を決め、最後にもう一度深い息を吐いて、ぐったりとエドガーは、ベッドに倒れ込んだ。
「大丈夫か? お前の頭痛、多分、薬の所為だぞ」
そんな恋人を、セッツァーは気遣って、顔を覗いた。
「ああ…。有り難う、セッツァー」
恋人の労りが嬉しく。
横たわったままエドガーは微笑む。
「無理はするなよ。…………大丈夫だ。安心しろ。『あの頃』からの、約束だろう……? 何があっても、俺がお前を守ってやるって。……愛してる。My.Load……」
「私も、だ。……愛してるよ、セッツァー……」
幸せそうな微笑みを受けて、セッツァーは。
愛しい人の上に被い被さり……優しく、キスを落とした。
スイッチを、Onにされたばかりの冷たい機械が。
『──はあ……。何か、疲れた……』
そんな音声を、拾い上げた。
『大丈夫か? お前の頭痛、多分、薬の所為だぞ』
絞り出された声の後に続いた、別の人物の音声も。
機械は、明瞭に、聞き耳を立てる者達へと、伝えた。
『ああ…。有り難う、セッツァー』
『無理はするなよ。…………大丈夫だ。安心しろ。『あの頃』からの、約束だろう……? 何があっても、俺がお前を守ってやるって。……愛してる。My.Load……』
『私も、だ。……愛してるよ、セッツァー……』
──疲れを如実に表す、声と声とのやり取りは。
やがて、互いが互いに労りを示すトーンへと変わり。
愛の告白、へと流れ。
『彼等』の会話を『盗み聞き』し始めた当初は、無表情で、無言で、耳を傾けていた者達も、そこで漸く気まずそうに、顔を顰めた。
その後、機械の拾い上げる音が、会話でなく吐息になり。
幾つかの衣擦れの後、甘く切ないそれへと変わった時。
「んっ……んんっ……。……えー……あー……」
その部屋に設えられた円卓を囲んでいた老人の一人が、咳払いをして、機械のスイッチをOffにした。
「あー……。その、空軍元帥殿?」
年甲斐もなく頬を紅く染め、スイッチを切った老人──空軍元帥を、やはり、照れたのか、俯き加減な面差しをした、別の老人が呼んだ。
「な、何か? その……陸軍元帥殿……」
空軍元帥は、心底気まずそうに、『同僚』を見遣ったが、返す言葉がなく。
「いや、何かでは、なく、て……」
「まあまあ……。お二人とも……。そのー…あー…皆さん、同じ気持ちでしょうから……」
何と言い合って良いやら判らなくなってしまった、陸軍・空軍、両元帥の間に、海軍元帥が、どう取り繕ったらいいのか判らぬまま、割って入った。
「まあ、それは……」
「確かに……」
穏便なトーンで語る、海軍元帥の弁に、二人の元帥は、頷きを返し。
が……そこで、円卓に集った三人の老人の周囲は、沈黙に支配される。
何処までも、果てしなく…………気まずかった。
「と云う訳で……その……。例の、ドマ国との合同演習の後、提出された『例』のレポートが、捏造されたものでも、デマゴギーでもなく……事実、であることは、確認して頂けたかと思う、が……」
──しかし、やがて。
三軍ぞれぞれの長が、ここに集った目的を考えたら、いつまでも沈黙している訳にも行かぬと。
意を決した風に、事実を自身達で確認する為とは云え、聴いてしまったことを後悔する程の音声を披露してくれた『片割れ』の属する空軍の元帥が、口火を切った。
「初めてあのレポートを読んだ時は、何事かと思ったが……。証拠を見せつけられては、な……」
「そうですな……。軍や王家に対する誹謗中傷の一つかと、笑い飛ばしていたが…そういう訳にも、行かなくなった」
そして、一度会話が始まってしまえば。
生粋の軍人である彼等は瞬く間に、個人的な感情や、人としての照れ臭さを殺し。
「最高審問機関及び内閣上層部に、懸案事項として提出するか。内々に、軍事法廷を開くか。若しくは、『揉み消す』か……」
「しかし、エドガー陛下を『消す』訳にはいかんだろう。ギャビアーニ空軍大尉もあの戦争以降、英雄、として軍内部でも一般でも扱われている。存在を揉み消すのは、現実問題、難しいと思うが?」
「そんなことにでもなったら、マス・メディアがうるさかろうしな。かと云って軍事法廷も、懸案としての提出も、事実が公になってしまう可能性が否めん。……どうするべきか……」
一転、三人が三人とも、渋い顔拵えて、あの合同演習直後に振って沸いた『眼前の問題』を、如何に処理するか、検討を始めた。