何か、何処かがおかしいと。
 セッツァーからの電話を受けてシャドウは、情報局を飛び出し。
 国防総省へと足を運んだ。
 が、急く心で、そこを訪れたまでは良かったが。
 情報局にさえ廻って来ない情報を抱き込む、この国随一のデータベースを閲覧することは、中央情報局のキャップと云えど、簡単には許可されず。
 関連部署の担当者と、怒濤のような言い合いを披露した挙げ句、結局は、マッシュのコネを引っ張り出す、と云う奥の手まで使った彼が、漸く端末の前に立つこと叶ったのは、夜も大分更けた後、だった。
 ああ、今日も、愛娘の顔が拝めない、と、柄にもないことを嘆いてシャドウは、かなりのハイスピードで、検索を開始する。
 やがて、日付けが変わる頃。
 やっとの思いで、しかも、何十にも重ねられたセキュリティを撃ち破る、と云う違法行為まで犯して、彼は、目的のデータに、辿り着いた。
 それから更に、一、二時間後。
「………………まさか…こんな、単純なことで、か……?」
 目の前のディスプレイに浮かんだ、機密漏洩疑惑に関する資料を読み終え、彼は唸り声を上げる。
「おかしなことになっているとは、思ったが……。一体、何でこんな事態になったのやら……」
 ──不夜城と例えるに相応しい国防総省のビルとは云え、その室内には誰もいなかったから。
 盛大な溜息を、彼は吐き出し。
 徐に、腕の時計に目をやり。
 ふと彼は、近々、自身が指揮する予定になっていた、とある作戦を思い出した。
 容疑が固まり次第、例の問題に関わった売国奴を、『一掃』する、と云う作戦。
「まさかとは思う、が……。昨日になって、急に俺をこの任務から外した、と云うことは……──」
 故に、シャドウは。
 昨日今日で、かなりの歪みを見せて来た、己と、己が友人達の置かれた状況を鑑み。
 たった今読み終えた資料の踊る、ディスプレイをもう一度見詰め。
 ガッと、激しく立ち上がった。
 バンと、データルームの扉を叩き開き、携帯を取り出し。
 廊下を走りながら、情報局へコールする。
「俺だっ! 例の、俺が指揮する筈だった、掃討作戦の件はどうなったっ!? 現時点での作戦責任者は誰だっ!」
 応対した部下に、怒鳴るように問い掛ければ、
『その任でしたら、──少佐が……。ですが先程、実行部隊の方は……──』
 何故叱り飛ばされるのか判らないと云った風な、部下の声が返って来た。
「…………大馬鹿者っ!!」
 唯、電話を取り上げただけの部下を、叱り飛ばすのは果てしなく筋違いだと判っているのだが。
 このまま実行部隊が、己が想像した通りのことを行ってしまったら、中央情報局全員の首を差し出しても足りない事態が引き起こされる、と、彼は。
 怒りに任せて携帯を切って、真夜中の首都へと、飛び出して行った。
 

 

 

 ──時は、少々遡る。
 所謂、非常事態、と云うものに、自分達が置かれてしまったことに対する自覚が、ない訳ではなかったが。
 恋人同士、『愛を育んで』しまって。
 けだるくも愛しい時を過ごして暫し。
 外に出るのは何となく嫌だから、簡単に夕食を済ませてしまおうと、セッツァーとエドガーの二人は、注文したデリバリーを待っていた。
 時計の針は、午後十時前後を指している。
 眠る支度を整えてしまうにも早過ぎるし、かと云って、お茶を、と云う時間でもないから。
 デリバリーがやって来るまで、少し、アルコールでも嗜むか、と。
 ダイニングの椅子に腰掛け、良く冷えた白ワインの注がれたグラスを、丁度彼等が、傾けた時。
 インターフォンが、デリバリーサービスの到着を伝えた。
「あ、来た来た。一寸、受け取って来る」
 インターフォン越しに、サービスの店員とやり取りを交わし、一階ロビーのデジタルロックを解除し。
 薄い上着を羽織って、エドガーは玄関に向かう。
「おい、代金」
 そんな彼が、財布を持つのを忘れていることに気付いて、セッツァーも又、煙草を銜えたまま、席を立った。
「あ、御免。上着に入れたままだと思ってたのに」
「いい加減、現金の入った財布も持つ癖、つけろ。っとに、そういう処は、やっぱり庶民じゃねえな、お前は」
 先に立ったエドガーと、後から追い掛けたセッツァーが、言葉を交わすこと叶ったのは、丁度、玄関の前で。
 ああだこうだと、じゃれ合っている内に、再び、インターフォンは鳴った。
 だから彼等は苦笑し合って。
 エドガーは財布を受け取り扉の施錠を外し。
 セッツァーは髪を掻き上げつつ、ダイニングへ戻ろうとしたが。
 ドアの向こうから姿現した『店員』が、ハンドガンを掲げていたから。
 瞳の直中や、視界の端にて、デリバリーサービスの店員を捕えた彼等は同時に、それが、唯の店員でないことを知った。
「エドガーっ!」
 咄嗟に、恋人の腕を引き、銜えていた煙草を男へと投げ付け。
 一瞬の隙を付いてセッツァーは、扉を閉める。
「何……?」
「推測なんざ後でいいっ! 非常階段で降りるぞっ!」
 険しい顔付きになったエドガーを彼は叱咤して、車のキィの入った上着だけを乱暴に掴み、ベランダへと出。
 二人は、冷え込み始めた夜のベランダの仕切りを破りつつ、非常階段を目指した。
「まさか……軍の?」
「…かもなっ!」
 漸く辿り着いた外階段を駆け降りながら、追手の正体を想像し。
 エドガーはふるりと震え、セッツァーは辛そうに顔を顰める。
 エドガーにとっては、慕うべき守護者達、セッツァーにとっては、生死を共にする仲間達から。
 逃げなくてはならないことが、追われるこの状況が、辛かった。
「何処に……?」
 ──息を切らせて階段を降り、『逃亡先』を、エドガーは尋ねる。
「少なくともお前は、城に送り届ければ、とは思うが……。城も、な……。100%安全とは……。それくらいは読まれるだろうから、道程が不安だ」
 王の居城を目指せば、と、セッツァーは問いに答えようとしたが。
 待ち伏せされるのは厄介だと、苦々しく云った。
「そうだね……。国王と云えど、犯罪者にされてしまえば……──。君の官舎…は論外だし……友人達に迷惑を掛ける訳にはいかないし……」
 足早に、が、辺りの気配を窺いながら、駐車場へと急ぎつつ、彼等は思案を続ける。
「……ああ、一ケ所だけ……。今晩くらいはやり過ごせそうな場所なら、心当たりがある」
 が、ふと、まさか、32階から逃げ遂せるとは思っていなかったのか、警戒する者のいない駐車場に停めたままの愛車に近付きながら、何かを思い出したように、セッツァーが云った。
「なら、取り敢えずはそこに」
「そうだな」
 ──頷き合い、彼等がsevenに、乗り込もうとした時。
「いたぞっ! 地下駐車場だっ! 被疑者の逃亡を阻止しろっ!」
 カッと、エレベーターホールの方で、ハンドライトが灯り。
 打ちっ放しのコンクリート壁に、乾いた銃声が響いた。
「エド……──」
 眩いライトを浴びた瞬間、やはり、反射的にセッツァーは、エドガーを庇い。
 銃声が轟いた直後、左の二の腕を押さえて彼は、その場に膝付いた。
「セッツァーっ!」
 衣服の下から、押さえた右の指の間から、鮮血が流れ落ちて。
 エドガーは顔色を、蒼白に変える。
「大した…傷じゃない……から……。早くっ、車、に……」
 が、セッツァーは急げと、ナビシートに彼を押した。
「セッツァーっ! キィをっ! sevenのキィをっ!」
 しかしエドガーは逆に、撃たれた彼を、助手席へと追いやり。
「……エドガー…?」
「運転免許くらい、私だって持ってるっ。早くっ」
 血に塗れた恋人の手から小さな鍵を取り上げると運転席に滑り込んで、乱暴にセルを回し、サイドブレーキを降ろすと同時に、目一杯アクセルを踏んだ。
「踏み過ぎ……だ、馬鹿……」
 テールを滑らせ、まるで、ドラッグレース車のような発進を見せた恋人に、ナビシートに凭れたセッツァーが、苦情を云った。
「そんなこと云ってる場合じゃないだろうっ! 住所はっ?」
「何……?」
「君の、心当たりの住所っ!」
 ぶつけたら最後、板金も効かない、とか何とか、ぶつぶつ、血の気の失せ始めた顔色で、苦情を云い続けるセッツァーを、エドガーは怒鳴り飛ばす。
「ああ……住所は……──」
 すれば、セッツァーは。
 とある住所を、口にした。

  

 

 

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