アミューズメント・パークの絶叫マシーンよりもスリリングかも知れぬ運転で、追手を振りきり。
 怪我人の癖に、ぎゃいのぎゃいの、運転に関する苦情を云い募るセッツァーと、それに閉口し掛けたエドガーが辿り着いた所は。
 中心部にあるセントラル・パークから、北の方向に一時間程走った、郊外、と云う程は郊外でもない、ベッドタウンのような、閑静な住宅街だった。
 午後十一時に近い時間、行き交う人もなく、街灯も控え目で、家々の庭にはそれなりの緑生い茂る、静寂を伝えて来る区画。
 sevenの爆音が、余りにも不似合いに思える、そんな場所だった。
「ええと……。──番地、だから……」
「…次の角を右。……ニ本目……の交差点を…左…。その次の角を、もう一回右に曲がった……突き当たり、だ……」
「判った。……大丈夫かい? セッツァー……」
 ナビゲートされるままに車を走らせ。
 エドガーは、夜目にも血で濡れていると判る、恋人の二の腕を気にする。
「ああ。…何とか、な……。少し休めば……。止血も出来るだろうし……」
 そんな恋人にセッツァーは、平気だと、微笑み掛けた。
 ──やがて車は、目的地に到着する。
 ガレージらしき場所へsevenを停め、門柱を潜り、どう見ても、今は空家と思しきそこに、彼等は足を踏み入れた。
「鍵がない、から……」
 ドアを開ける術がない、と、雑草の目立つ庭へ廻り。
 セッツァーは、適当に掴んだ石で、窓ガラスを割る。
 夜の静けさの中に、硝子の砕ける甲高い音が響いて、エドガーは慌てた。
「セッツァー、幾ら何でも、それは……」
 不法侵入になると、サッシを開け放とうとした恋人を、彼は押し留めようとしたが。
「……問題、ない……。俺の家……だから……」
 セッツァーからは、そんな言葉が戻された。
「君の家……?」
「生家だ、俺の……。…今…は……誰も住んじゃいないが、な……」
 だから問題はないと、セッツァーは、リビングだったと思しき部屋に入り込み、家具を被う、白布を剥ぐ。
 庭先から射し込む薄明かりの中。
 どさりと彼は、姿見せた布張りのソファに、凭れるように座り込んだ。
「……ああ…弾は抜けてやがる、か……。指も動くし……」
 ぶつぶつ、怪我の具合を一人確かめ。
 パンツのベルトを外し、彼は、止血を始める。
「セッツァー」
 その姿に、この家が、セッツァーの生家であると云う事実に、暫し唖然としていたエドガーは我を取り戻して、手を貸した。
 気休め程度にしかならないと判ってはいるが、上着に入っていたハンカチーフを当て、きつく、腕の根元を縛り上げれば、漸く、鮮血は勢いを衰えさせる。
「はあ……。たば…こ……──」
 すれば少し、安堵を覚えたのだろう。
 セッツァーは内ポケットにある筈の、煙草を探し始めた。
「駄目だってば、セッツァーっ」
「平気だ。……出血が派手なだけだ…」
 遮る恋人を退け、うっすらと笑い、目的の物を銜え……唐突に彼は、声を立てて笑い出した。
「何?」
「んー? ……未だ、ハイスクールに通ってた頃、な……。俺が、煙草に手を出し始めたのに勘付いた、お袋の顔つきと、今のお前の顔、そっくりだって、思ってな…。可笑しくなった……」
「君の母上に? ──ってセッツァー…。私は女性ではないんだが……」
「…はは……。悪い…。でもな、あんまり、似てたんでな……」
「そう……」
 瞼の母が湛えた表情に、刹那のそれが近しいと云われ、一瞬エドガーは憤慨したが。
 恋人の口調が余りにも、遠い昔を懐かしむそれだったから、それ以上彼は、何も言えなくなる。
「……聴いたことなかったけど……君の御両親…は…?」
 だからエドガーは、傷付いた彼が楽だろうように、己が膝を貸し与えて横たえさせ、恐る恐る、尋ねた。
「…………仕官学校に入る少し前に、死んだ。事故でな。親父は……俺と同じ軍人で……所属は、海軍だったが……俺が、空軍のパイロットになるって言い出した時は、喜んでくれたような覚えが……ある……。入学が決まった時も……。お袋は、渋い顔をしていた気もするが……。忘れた。昔のことだからな…………」
「軍隊はね……。決して、安全な所ではないから……。君の母上としては、賛成し兼ねたんだろうね……」
 尋ねたことへの答えを、ぽつりほつり、膝の上にて語られ。
 初めて聴いた、恋人の身の上話に、エドガーは複雑な面を作った。
「かもな……。だったらお袋も、軍人と結婚なんぞ、しなきゃ良かったんだろうが……。どっかが、良かったんだろうな……何処で知り合ったんだか知らねえが……。──俺のお袋は、ジドールの出身で。国際結婚だったんだと……。それなりに、苦労はあったらしい、が……──」
「え、じゃあ……君のその髪と瞳は、母上に似て?」
「いや。……隔世遺伝って奴で……。──……まあ、いいじゃねえか、そんな話。それよりも……ここにも、何時までもいられる訳じゃないから……逃げる方法……考えねえとな……。朝になる前、に………」
 話の流れに乗ったまま、ぽつりぽつり語り続け、が、ふと瞳を開いたセッツァーは、恋人の面に、少々の複雑さがあることに気付いて、お互い、身内の話は嫌な話もあるからと、小声で呟き話題を変えた。
「でもセッツァー、どうするにせよ、もう少し休んだ方が……」
「判ってる。大丈夫だ、大分落ち着いて来た…。──連中が、デリバリーサービスに化けて現れたってことは、電話か何か、盗聴されてた可能性が高くなる。そんなことが、あの部屋に出来る輩は間違いなく、軍の連中だろうからな…。この場所も、そう遠くない内に、ばれるだろうさ」
「盗聴? あのマンションを? ………………何時からだろう……」
 ──と。
 変えられた話の中に出て来た単語に、さあっとエドガーは、顔色を悪くする。
「さてな……。最近のことだとは思う、が……。別にヤバい話をしてた訳じゃ……………──。してる、か……ヤバい『こと』、は……」
 腹立たしい事実だが、何をそんなに気にするやらと、セッツァーは首を傾げ掛け。
 ひょっとしてひょっとすると、あのマンションにて、好きだの愛してるの、と囁き合ったことや、その後の『こと』も……と思い当たり。
 げんなりと云った。
「もしかして私達は……色々な意味で、かなり、厄介な存在と化した、のかな……」
「……国外逃亡がしたい気分になってきたな……。いっそ、本当の逃避行でもするか?」
「誘惑多き申し出だね、それは」
 共に、脱力して肩を落とし、逃避行でも、とロマンティックな単語まで吐き出して。
「国家元首が亡命なんて、洒落にならない、か。……取り敢えず…何とか、城まで戻ろう。朝になれば人通りも出て来るし、凶器を振り回すことも、出来なくなるだろうし。マッシュやシャドウの助けも借りられるかも知れない」
「そうだな……。それが妥当か」
 一応は、現実を見ることも忘れず、暫しの休息の後、城を目指そうと、彼等は決めた。

  

 

 

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