夜が明け始めた、中央情報局の一室で。
怪我の手当てを終えたセッツァーと、付き添っていたエドガーは。
シャドウが、仏頂面のまま、それでも出してくれた出がらしのコーヒー入りのカップを掴んだまま。
ぴくっと、動きを止めた。
「は?」
「……ええと……それ、は……」
心底云いたくなさそうにシャドウが語った、事の顛末が、彼等の動きを止めていた。
──今回の出来事は。
それはそれは馬鹿馬鹿しい、『行き違い』に端を発していると、シャドウが告げたからだ。
……そもそもの出発点。
字面だけを見ても、言葉の響きもその意味も、決して軽くはない、軍事機密漏洩の疑惑。
確かに、例の、フィガロ・ドマ両軍による、合同演習の準備段階から、その疑いが、セッツァーとエドガーの二人に掛かっていたのは、紛うことなき、事実だった。
が、何故彼等が、そんな疑惑を持たれるに至ったか、の経緯は偏に、セッツァーの『軽率』な行動が発端で。
シリアスに語れは、軍関係者以外には絶対に語れぬ、箝口令の敷かれたあの演習は、演習に参加する軍人達全員の、私的な通信──携帯電話にてのやり取りも含めて──を、傍受することになっていて。
当事者達には内密だったそれを知らぬまま、まさか、携帯までは傍受しないだろうと、セッツァーがエドガーに掛けた電話のやり取りを、通信傍受記録を検索したシステムが、ピックアップしてしまった。
AI搭載のそのシステムが、何故、彼等のやり取りを拾って来たかの理由は、単に、『規則違反』な携帯でのやり取りを、一切合切ピックアップするようにプログラムされていただけの話なのだが……如何せん、片や『英雄殿』、片や国王陛下、のやり取りであることが、傍受記録からは見て取れ。
その報告を受けた空軍上層部は、示された事実を、難しく考えてしまった。
──彼等の傍受記録の中には、『愛してる』、と云う単語があった。
今日日、愛の告白を、同性同士で交わすことなど珍しくはないが、彼等の立場を考えたら、どうしても、言葉の持つ意味通りのやり取りとは受け取り難く。
このやり取りには、何か別の意味が含まれているのではないか、ひょっとしたら、暗号にでもなっているのではないか、行われる演習の本当の中身と、彼等の立場を考えたら、機密が漏洩する恐れがある、ならば、マークをするに越したことない、と。
そんな風に思った上層部の人間達は、彼等のやり取りを重点的に傍受し続け。
挙げ句、確かな事実関係を把握する為に、良心の呵責を覚えつつも、国王陛下の秘密の仕事場に盗聴器を仕掛けると云う、苦渋の選択まで下し。
……が……蓋を開けてみたらそこには、軍事漏洩疑惑など吹き飛ぶような、英雄殿と国王陛下の、道ならぬ関係が展開されており……──。
演習終了後、フィガロ空軍基地にて行われた、Marshall of the Royal Air Force以下、Air chief marshalクラス軍議内にて、彼等に掛けられた、軍事機密漏洩容疑に関する追跡調査の報告会は、誠に痛々しい沈黙に支配されたまま、老人達を俯かせるには充分な、とびきりのscandalの、隠蔽相談会議と化し。
漏洩疑惑に関する容疑者として、第三者が浮上して来たと云う事情もあって、空軍元帥の独断で、兎に角、この事実は隠し通す決定が下され、これらの調査に関する資料は、国防総省の、公文書資料の中に、トップシークレット、と云う巨大で赤い判を押され、深く深く、フィガロが消え失せるまで深く、仕舞い込まれ、日々は穏やかになる筈……だった、のだが。
「どうしてそんなことになったのか、だけが、皆目見当の付かぬ話だが……。ここの処、ずっと俺が追っていた、漏洩疑惑の本当の容疑者に関する資料と、公文書の中に深く仕舞われる筈だったお前達の本当の関係を、計らずも暴露することになってしまった資料が、混ざってしまっていたんだ。セッツァーから連絡を受けて、国防総省のデータベースに入って、中身を洗いざらい調べ上げたら、間違いが犯されているのは、一目瞭然だった。……俺は、幸か不幸か、お前達の本当の関係を知っているからな」
ああ、眩暈がする、と。
彼等に聞かせていた、事の顛末の続きを語りながら。
シャドウはこめかみを押え、次いで胃の辺りを押え。
机の引き出しから、胃薬の瓶を取り出した。
「混ざった?」
「ああ。多分、データベースに例の容疑者のことを入力する際に、何かトラブルでもあったんだろう。元々、お前達に関する調査は、漏洩疑惑の被疑者と云う処からスタートしているから。冒頭に、そんなことが書かれていた資料を、整理していた者がうっかり、間違えたのだろうとは思うが。いざ、調査が進んで、作戦その他が具体的になって来た段階で、データベースから引き出される情報は、現実の被疑者ではなく、お前達を指し示す資料へと入れ替わってしまっていたから……。──後は、語らずとも判るな……? 兎に角、そういうこと、だ……」
コーヒーで嚥下しても問題はなかろうと、数粒の胃薬を口の中に放り込んで、嫌々飲み込み。
又、寿命が縮んだと、シャドウは溜息を付く。
「成程……」
そんな友人を、同情の眼差しで見遣って──誰がシャドウをそんな憂き目に遭わせているのかは、棚の上にあったが──、エドガーも又、重々しく溜息を付いた。
「納得してる場合かっ……。今日の作戦はたまたま情報局が指揮していたから、俺の権限で止められたし。明日には、お前達に掛けられた容疑も晴れているだろうがっ。……判っているのかっ!? 空軍元帥に、お前達の関係がばれたと云うことは、三軍全ての元帥の耳に、この事実が届いていると云うことだっ!」
その溜息に、やはりシャドウは、噛み付く。
「……そうだろうな」
「だから、同意をしている場合ではないだろう、セッツァーっ! 国王と空軍の英雄の、外聞の悪過ぎるscandalが、軍の上層部に筒抜けなんだぞっ! お前達、どうするつもりなんだっ!!」
「どうする、と云われても……」
「どうしようもない、しねえ……」
が、シャドウに噛み付かれた二人は、暫し顔を見合わせ。
ばれてしまったものは致し方ない、と、あっさり、開き直った。
「お前達と云う奴は…………」
「どうするか、まあ……悩まない訳じゃねえが……」
「そうだね……。身の処し方は、考えておくよ」
そして。
飄々とした態度で彼等は揃って席を立ち。
帰るから、と言い残して、胃痛と眩暈に悩む羽目に陥れてしまった友人を残し、セントラル・パーク前のマンションへと戻ったが。
夜明けを迎えてしまったその『夜』を、穏やかに過ごせる筈もなく。