目覚めたら、見覚えのない景色の中に、己がいたから。
「え?」
何事かと、エドガーは飛び起きた。
相も変わらず、見覚えのないその部屋の窓の向こうには雨があって、屋敷の中なのだろうとは思ったが、そこが何処か判らず。
彼は辺りを見回そうとし。
先ず、己が服のまま、ベッドに横たわっていたことを知り。
「……どうして?」
その隣に、セッツァーが眠っていることも知った。
「起きたか?」
何故、自分が、彼と、どうしてここに、と……。
戸惑いを露にした声が、きっかけになったのだろう。
軽い身じろぎの後、眠っていたセッツァーも又目覚め。
紫紺の瞳で、見上げて来た。
「あ、の……?」
「昨日、お前酔っ払って寝ちまったからな。運んだ。上まで運ぶのはさすがに、億劫だったから。適当な部屋にでも、ってな。そのまま、お前の寝顔見てたら、俺も眠たくなったから。一緒に転がり込んだだけだ」
視線を受け止め、何があったのか教えて欲しいと、態度で訴えて来たエドガーに、セッツァーは説明をしてやった。
「ああ……そうだったんだ……。すまない、手間を掛けさせて」
そうしてやれば、事情を知り、ああ、あのまま寝てしまったんだ、と、納得のいったエドガーが、苦笑を浮かべて謝罪して来たから。
「謝ることじゃないと思うが?」
「……でも…」
「お前。自分の立場、覚えてるのか?」
呆れたように、彼は溜息を付いた。
「……あ」
────と。
気持ちを明らかにした、彼の声のトーンと溜息に、ふっ…とエドガーが笑った。
「…何だ?」
何故、呆れを投げられて微笑むのか判らなくて、セッツァーは問う。
「初めて、感情の籠った君の声を聴いた」
「…………お前、な…」
素朴な問いへの答えは、無邪気な喜びで。
呆れを通り越した戸惑いを覚え、彼は何かを告げ掛け、絶句し。
「──あの、な………」
そして、何かを言い淀み。
「ん?」
「その…………。頼み、が……。────いや、何でもない」
頼みがある、そんなことを云い掛け、飲み込み。
「何だい? 頼みって? 私に、出来ること?」
「いや…いいんだ。それよりも……その、な…。もう……あの時計を、直そうとしなくても、いいから。俺が云いたかったことは、それだけだ」
小首を傾げたエドガーから視線を逸らし、セッツァーは立ち上がり。
「……セッツァー?」
「いいんだ…。兎に角、もう……。あれは、直らない、から。──雨が……雨が止むことがあったら……好きな所に、好きな時に、帰れ」
戸惑うエドガーに、本当の意味で、勝手にすればいいと、何処までも視線を合わせぬまま、その部屋から出て行った。
知ってたわ。
──確か、彼女はそう云った覚えがある。
貴方が酷い男だなんてこと、私は知ってたのよ。
──確か……彼女は、そうも云っていた覚えがある。
判らないんでしょう? こんな気持ち。
判りっこないわね、貴方になんて。
……ねえ? と。
私は何度、貴方に尋ねた?
私は何度、貴方の答えを求めた?
なのに貴方は、私の望んだことを、何一つ、叶えてはくれなかった。
何一つ、私にはくれなかった。
…………判っていなかった訳じゃないのよ、私だって。
触れたら割れてしまいそうな、貴方の気持ち。
貴方の心の奥底にある、儚くて、ぼんやりとしていて、とても小さな貴方の気持ち。
きっと貴方も、怖かったんでしょうね。
──でも、ね。
私……私は、ね。
欲張りだったの。
私が貴方に『そう』したように。
私は貴方に、『それ』を求めた。
良かったの、何がどうなっても。
でも、貴方には結局、判りっこなかったのよね。
だから。
こうするしかないかなって。
だって私は。
貴方を手放しくたなかったんですもの。