〜なんかエロい10のお題〜 04.首筋に残された痕
その朝は、慌ただしい。
『朝』という『時』を、眠りながら過ごすのが、大抵の場合の彼のやり方で、彼にとって『朝』など、あってなきが如しのひと時だけれども。
『その朝』だけは、彼の前にも朝としてあり、そして、その朝は、酷く慌ただしい。
…………誰に何を急かされる訳でもない。
何かに間に合わなくなり、慌ただしく目覚める訳でもない。
何者も、彼へ向けて、急げとは言わない。
慌てなくてはならぬような約束事も、ある筈もない。
『その朝』、彼が目覚めるのは、未だ、辺りがシンと静まり返った、夜と朝の境目。
急かす者も、急かすことも、あろう筈がない。
でも彼は、『その朝』を慌ただしくやり過ごし、急かされるように、『その朝』を迎えた場所を立ち去る。
そうして一人、塒(ねぐら)へ帰り。
『その朝』を迎えるまでの間に溜めてしまった、無用な疲れを取り去る為、寝台に潜り込むべく、服の襟元を寛げ。
そうする度に。
それまでは、襟に隠されていた首筋に、恋人が密やかに残した、赤い痕を見る。
──………………始まりの頃は、気付かなかった。
彼と、彼の恋人との、度重なる逢瀬の始まりの頃は、恋人が秘かにそんな痕を残していることに、彼は中々気付かなかった。
けれど、繰り返し残されるその痕は、否応無しに、彼自身の目にも留まるようになり。
今では彼は、恋人との逢瀬を終える度、その痕を、確かめるようになった。
……残された、紅色の痕を確かめて。
慌ただしく後にして来た、恋人との褥を思い出して。
恋人と二人、どれ程の時を過ごしても、あの褥から、慌ただしく去るしかない己達の関係を、一人噛み締める。
それが、彼の癖になった。
慌ただしい『朝』を過ごす彼に、褥の中、置き去りされても。
行くな、とも言わない。
今度は何時? とも言わない。
引き止める素振りも見せない。
『次』を恋しがりもしない。
そんな、『大人しい』だけの恋人の、唯一の『我が儘』、その痕を見て。
己と恋人との、何処か遣る瀬ない関係を、彼は一人、噛み締める。
だから、慌ただしいだけの『その朝』を過ごせば必ず、首筋に残される赤い痕は、彼にとって、罪悪の化身の如くな、鋭い痕だ。
……けれど。
それは、罪悪の化身であると同時に、幸福の化身でもある。
大人しく、我が儘一つ口に出せない、愚かな愚かな恋人が、それでも自分に投げ与えてきた、唯一の我が儘、唯一の枷。
罪悪の化身で、幸福の化身で。
唯ひたすらに、愛しい、と思える。
秘めやかに、その首筋に残される、紅色の痕。
End
後書きに代えて
暗い(遠い目)。
でも、まあいっか。セッツァーだし。うん。
罪悪とか思うなら、攫っちまえ、セッツァー(笑)。
──皆様に、お楽しみ頂ければ幸いです。