彼は言った。
「……………認めたくないか?」
だから、私は答えた。
「……そういう、問題じゃない」
すると、彼は言った。
「なら。どういう問題だと?」
だから、私は言葉に詰まった。
「…………………それは…………」
言い淀んだ私に、彼は言った。
「何も。何一つも。違わないだろう?」
その、決めつけるような言い方に、それでも私は答えた。
「そんなことは、ない」
けれど、彼は言った。
「いいや、違わない」
──────そして、彼は言った。
「お前はそれを、認めたくない。そう思ってる。間違いなく……な」
…………彼は、言った。
「……何も、変わりはしないのに。そうしていたって、過去が戻って来る訳でもないのに。何も変わりはしないこと、過去が戻っては来ないこと、何一つとして、認めたくないこと。……それすら、お前は、『認めよう』としない。──何かに縋って生きるのは、そんなに楽か? それが自分の心の支えです、そんな顔をして生きるのは、それ程までに楽か? そんな生き方をして、何が楽しい? 悪いが俺には、理解出来ない。心の中に、『何か』を置かなけりゃ、前に進むことすら立ち行かなくなるような、そんな馬鹿馬鹿しい生き方、俺には理解出来ない。余りにも、下らない」
そうして、彼は。
「ま、でも、こんなこと、お前に言ってみたって、理解出来る筈もねえんだろうな。俺が、お前のことを、理解出来ないのと同じように。────ああ、それでも。お前が俺を、一切理解出来なくとも。俺にはお前のことが一つだけ、理解出来る。その胸ん中に、『何か』がなけりゃ、生きてもいけない大馬鹿者だ、ってことだけが、唯一理解出来る。……正直、理解なんざ、したくもないがな。だが俺だって、『鬼』って訳じゃねえから。……なあ、お前? 『そうしなけりゃ』、お前が生きて行けない、そう言うんなら。その『何か』、俺が拵えてやろうか?」
………………そんな風に、言い出した、彼は。
そのまま、私を、緑の草の上へと、事も無げに押し倒した。
心の底から私を、小馬鹿にしたような、そんな嗤いを湛えつつ。