南の孤島にある、サマサ、という小さな村の片隅に、先日出来たばかりの墓。
そこに眠る人の名を、レオ・クリストフ、と言う。
ガストラ、という名の老人が治めていた、ガストラ帝国、という巨大な軍事国家の、将軍の地位にあった男だ。
──今だから、告白出来ることではあるけれども。
対外的な事情ではなく、実質的な部分では、我が祖国、フィガロの敵国に等しい帝国の将軍だった彼と、私は親しかった。
今を遡ること、八年前か……九年前か……兎に角、私が二十歳そこそこだった頃。
ガストラ帝国の、上級魔導師だったケフカと私とで、口論に及ぶような出来事があって、その仲裁に、彼が入ってくれたのが、私と彼の親睦が始まる切っ掛けだった。
その後、かなりの日数、悩みはしたものの、結局の処、私を庇うようにケフカの矢面に立ってくれた彼に、礼状の一つでも書いた方がいいのでは、と、何故か私はそうすることを思い立ち、それを実行し。
その所為で、彼と私は何度か、形式ばった手紙をやり取りするようになって……気が付けば、難題付きで、私がベクタに呼び出される度、視察、という名の『偵察』や『監視』の為、レオ将軍がフィガロへ赴いて来る度、私達は、語り合ったり、酒を酌み交わしたり…………。
──兎に角。
一言で言えば、気のおけない友人同士、という関係が、私とレオ将軍の間には生まれ。
その関係は、彼が亡くなったあの日までの数年に渡り、揺るぐことなく、崩れることなく、続けられた。
こうして、振り返った時。
私と、レオ将軍との間に横たわった、『気のおけない友人』という関係が、一遍の曇りもない、純粋な物だったか、と言われれば、正直な処私は、否、と答えなければならないかも知れない。
もしかしたら。
私と彼との間には常に、腹の探り合いという物が、介在していたのかも知れない。
けれど、確かに。
確かに……未だ二十歳だったあの頃の私にとって、己よりも少し年上の、何処か、兄めいた雰囲気を持つ彼と、懇意になれた、ということが、慰めの一つではあった。
────私には、双子の弟、マッシュがいる。
未だ十代半ばだった、私とマッシュの父でもあった、先代フィガロ国王が崩御した、とある夜。
王位継承とか、相続争いとかいった、王家という『場所』には有りがちな話に嫌気がさし、又、自由という物を求める為に。
私の弟は、フィガロの城を出奔した。
…………あの夜。
父が亡くなったことによって、この世に於ける、私の、たった一人の大切な家族となったマッシュが、自由を求めて旅立つことを、後押ししたのは私だ。
私の、何よりも大切な、たった一人の弟くらい、己の思うままに生涯を送って欲しかった、と、私は掛け値なしにそう思ったし、今でも、そう思っている。
けれど、私にとってマッシュは、大切な、たった一人の家族だから。
彼が、私や、生まれ育った場所に背を向け旅立つことは、堪え難い……と言えるかも知れぬ程の寂しさを、私に与えたのも確かだった。
この世に生まれ落ちた瞬間から、ずっと。
十代半ばを過ぎるまで、毎日毎日、共に過ごし。
片時も離れぬ日さえあって。
忙しい『大人達』が、本当の意味で私達兄弟を振り向いてくれることなど決して『有り得ぬ』、王宮……という場所の片隅にて暮らしていた私達兄弟には……互いだけが互いの、支えだった。
……いや……少なくとも私は、そうだった。
けれどマッシュは、旅立ってしまったから。
…………私が、旅立たせてしまったから。
レオ・クリストフ、という男と、私が懇意になったのは、マッシュが旅立ってより、そろそろ数年は経つ、という頃合いだった。
マッシュの旅立ちを後押ししたのは私自身だけれど……心の何処かで、常に、『兄貴、兄貴』、と慕ってくれていた彼が傍にいてくれないのは、どうしようもなく淋しいと、その頃でも未だ、私はそう感じていて……城を出て行ったマッシュの足取りの一つでも、知ることが出来たら、と、考えることを止められずにいた。
実際問題、マッシュが何処でどうしているのか、など、知ろうと思えば、国王である私には、幾らでも打つ手などあり、それを掴むのは、簡単な作業だったけれど、私は敢えて、マッシュの行方を探ろうとはしなかった。
自ら進んで、それを知ったが最後。
もしかしたら私は、マッシュを迎えに行ってしまうかも知れない、そんな想いに怯えてしまったから。
だから……意図する訳ではなく、風の便り、そんな形で、私の弟が、何処そこの街で、元気に暮らしているらしい……という、不確定な『噂』の一つでも耳に入れば、と。
そんな、『他人任せ』の願いだけを抱えていた。
でも、その実。
それとなく、マッシュの行方を探る勇気すら持てなかった私は。
弟に関する風の便りの一つくらい、何時かは聴くこと叶うのではないか。
…………そんな『希望』すら、諦め掛けていて。
便りがないのは元気な証拠、と考えることも出来ず。
最愛の家族である弟と私は、もう、生きて巡り会うことないかも知れぬ、と。
悲嘆すら、覚えていた。
誰も、いなかったのだ、私の周りには。
私に対して、愛情を注いでくれた、じいややばあやや、信頼する臣下達を、私が本当の意味では持ち得なかった、ということではなく。
何と言えばいいのだろう……私『が』必要とする人、私『を』私として必要とする人……とでも言えばいいだろうか、そういった類いの人々が、私の周りにいてくれるのだと感ずることが、あの頃の私には出来なかった。
もしかしたらそれは、マッシュがいなくなってしまったが為に生まれた、ぽっかりとした穴を埋められない私の、甘えだったのかも、と思うけれど。
『私の中』に、『私を支えてくれる人』を、私は見つけることが出来なかった。
故に。
そんな頃に懇意となった、レオ・クリストフ、という男は、私にとって、慰めだった。
彼が私の『友人』としていてくれること、それが私の、支えにも等しかった。
目まぐるしい早さで、目の前を流れる歴史の形が、変わってゆこうとも。
フィガロと帝国の関係が、剣呑さを増そうとも。
私が幾許か、齢よわい、というものを重ねようとも。
リターナーという組織に与する、宝探し屋の青年、ロックという、友人を得た後のちも。
魔導を操る少女──ティナを匿い、帝国と決裂し、世界を救わんが為の冒険の旅、というそれに赴いてからも。
…………そう、レオ将軍との付き合いが始まったあの頃は、再会など夢の又夢、と諦めていた弟マッシュと、十年振りの邂逅を果たしても。
私と彼が友人である、ということは、変わらず、慰めであるのも、変わらず。
彼は、確かに。
私の、絶対の、支え、だった。