私が未だ二十歳だった頃の、あの夜から。
 炭坑都市ナルシェを囲む、厚い氷河の中より、幻獣、という生き物が発見されるまでの数年間、私は幾度となく、彼の元を個人的に訪ねた。
 彼も又、個人的に私の元を訪ねた。
 幻獣、という生き物が発見される直前。
 ガストラ皇帝の命を受け、東方の国、ドマへと攻め入る為の行軍を指揮していた際も。
 フィガロに立ち寄る必要など、欠片程もないというのに、彼は私の前に顔を見せた。
 …………それから暫くの間、私が国を空けてしまった、という事情もあって、彼と再会する機会に、恵まれることはなく。
 尤も彼の方は、ドマの前線よりベクタへと呼び戻される途中、フィガロ城の方に顔を出してくれたようで……でも、その時私は、リターナーの指導者、バナン様と、ティナと一緒に、ナルシェを目指している最中だったから、見えることは叶わなかったけれど。
 ──だから。
 次に私が彼の姿を見遣ること出来たのは、冒険の旅、とやらに身を投じて、暫し、とは言えぬ程度に長い時間が過ぎた頃に起こった、ベクタにての、会食会の折だった。
 ……とは言え。
 帝国との同盟を解消し、リターナー側に与し、帝国とフィガロは敵対関係にあると、明確過ぎる程に明確にしてしまった私が、この上もなく親しげに、彼と語り合う訳には行かなかった。
 仲間達の手前もあったし……フィガロ国王としての立場も、私にはあったから。
 故に、あの会食会の席にて、偶然彼と目が合ったのを幸いに、唯、にっこりと微笑んでみせることしか、私には出来ず。
 幻獣達の説得に同行することとなったティナ達に先んじて、彼はアルブルグへと向かってしまったから、真夜中に、人目を忍んで懐かしく語り合う、ということも叶わなかった。
 ………………けれど。
 あの、ベクタにての会食会の夜、私は彼と、一瞬のみ、目と目を合わせるのが精一杯だったけれど。
 それでも、幸せな心地になれた。
 最愛の弟に関することすら、『諦めなければ』、と思っていたあの頃より、ずっと私の中の支えとなってくれた人が、そこにいるという事実。
 そこにいて、確かに生きていて、私を見て笑い掛けてくれたという事実。
 それがあれば、それだけで良かった。
 それがあったから、それだけで私は、何か、暖かな物を、感じることが出来た。
 多くを望もう、などと。
 欠片程も思っていなかった。
 帝国の引き起こした、侵略戦争が終わり。
 幻獣と人との行き違いに幕を下ろして。
 世界に平和が訪れれば。
 又、以前のように、何時でも、親しく、大切な友人として、彼と私は幾らでも、逢うことが出来ると、私は疑わなかったから。
 多くを望む必要など、なかった。
 私や、私の仲間達や、彼の周囲を取り巻く物が、どれ程の困難を秘めていようとも。
 私達は間違いなく、こうして生きているのだから。
 生きている限り、明日は訪れてくれると、そう思っていた。
 ──十代半ばだった、あの夜。
 最愛の家族、マッシュを送り出した時のように。
 長きに渡り、私の支えだったモノを、再び失う日がやって来るなんて、私は想像もしなかった。
 ちらり……と私を見つめ、微笑み掛けてくれた、あの姿が。
 私が見た、生前の彼の、最後の姿になるなんて。
 私は、思ってもいなかった。


 ふと、思い立って。
 ティナとロックを旅立たせ、ベクタに残った──残ることを余儀無くされた、とも言うが──私達の世話をしてくれた女官を『口説き』落とし。
 腹の中で、ガストラが本当に何を考えているのかを引き出した後、飛空艇・ブラックジャックを駆って、サマサの村へと辿り着いた時。
 もう……既に、私の支えだった人が……いや……私の支えとなる『関係』の、一端を握っていた人が、冷たい土の中に眠る、物言わぬ骸となってしまっていた……と知った時の衝撃を、私は今でも、鮮明に思い出せる。
 あの人までが、逝ってしまった。
 私の支えだったあの人が、逝ってしまった。
 『真実』、私の支えだった『関係』の、片翼を担っていた人が、片翼を抱いたまま、死者の渡る忘却の川、レテの向こうへ逝ってしまった。
 その現実は、私自身にも予想出来なかった程、私を打ちのめした。
 ……今、振り返ると。
 本当ならば泣き出してしまいたい程の衝動を覚え、悲嘆に暮れたあの瞬間、良くもまあ私は、何でもない顔をして、何でもない風を装い、私の本当の感情を、仲間達に隠し遂せたものだ、と思う。
 賭けてもいい。
 あの時の私の様子を、『見て見ぬ振り』した者は、仲間達の中に、『一人とていなかった』。
 ──後から白状させた処によれば、セッツァーだけは既に、ベクタの会食会の折、薄々、ではあるけれども、私とレオ将軍との間には、個人的な何かがあるのではないか、と気付いていたそうで、故に、レオ将軍が亡くなったということ、その事実を受け、どうと言う程のことはない風を装いつつも、私が本当は、泣き出してしまいたいと思っていたのに、勘付いたのだそうだけれど。
 あの、どうしようもない碌でなしも、見て見ぬ振りは、してくれなかった。
 私達や、リターナーを奸計に嵌めた帝国に対する作戦を立て直すべく、取り敢えずは一度、ブラックジャックに戻ろうと、サマサの村の入り口を目指し始めた仲間達より、適当な言い訳を付けて離れて、レオ将軍の墓前へと向かった私の後を、彼は付いて来ていた。
 雨の降り出しそうな空の下、彼の墓前に額き、何も言わず……否、言えず……冥くらい色を頬に浮かべ、唯、涙してしまいそうになるのを、私が必死に堪えようとしていた時、彼は私の背後に立って。
「……縁でもあるのか? そいつと」
 ──と、そう尋ねて来た。
 ………………そんな風に、声を掛けられ。
 セッツァーを振り返り、仰ぎ見て。
 つい、私は、唇を動かし。
 誰にも語ろうとは思わなかった話を、徒然に、彼へと語った。
 ────そんなことをしてしまった私も、大概、愚かだったのだろうとは思う。
 ……思うが……私は私の中に生まれた『澱』のような物を、誰かに語ってしまいたくて、仕方なかったのだとも思う。
 だから私は、後先も考えず……つらつらと、『想い出』を、聴いているのかいないのかも判らぬ、セッツァーへと語って聞かせ。
 ぼそぼそと低く、墓所に響いていた私の声音が終えた時。
「エドガー。その関係をな、『友』とは言わない」
 セッツァーは、そう言った。
 …………何を根拠にして、彼が、私とレオ将軍との関係を、『友とは言わない』と告げたのか、私には判らない。
 今でも、判らない。
 でも。
 彼は、はっきりと、私の瞳を見据えてそう言い。
「お前、自覚があるのか? 自分が、あの男に恋していたと、そういう、自覚があるのか?」
 続き、吐き捨て。
「………………レオとかいう、帝国の将軍に、恋をしていたことも。今のお前には、奴の死を、受け入れられない、ということも────」
 少し、小馬鹿にしたように、微かに口角を上げ。

「……………認めたくないか?」

 彼は、そう言った。

 

 

 

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