別に私は、取り留めのない話を、延々と語りたい訳ではないから。
 結論から言ってしまおう。
 ……これもやはり、後になって当人に、白状させた話だけれど。
 セッツァーは、本当に、気に喰わなかったのだそうだ。
 私が、二十七歳、という年齢に達するまでに過ごして来た人生の中に、どれ程、険しい山谷が存在していたとしても、そんなこと、彼自身には関係ない──その理屈は、もっともだと思う。私の人生は私だけの物であって、彼の人生は彼だけの物だ──から。
 私が如何なる理由で以て、『私』という個人、人格を形成したにせよ、セッツァーには関わり合いのないことで。
 ……だが……ここから先が、私には理解し難いが……例え、そうであったとしても、もしかしたら、私自身でも気付かぬ内に、恋い焦がれていたかも知れぬ、レオ・クリストフ、という存在や、レオ・クリストフ、という男と私の間に横たわっていた『関係』に、私が、依存、と言える程、支えを求めていた、という部分に、怒りや、侮蔑、といった物を感じるのは又別問題で。
 と同時に、私、という人間の質が、彼に曰く、『そこまで脆弱』であるならば、『支え』とは違う、別の『何か』を与えてやらなければ、私は前に進むことも後ろに下がることも、出来ないのではないのか、と、あの碌でなしはそう考えたらしい。
 故に。
 セッツァーという名の彼が、如何なる生い立ちを抱え、私と知り合うまでの二十七年間、如何なる人生を送って来たのか、私には、欠片の興味もないが。
 どういう訳か彼は、人間が、何一つとして顧みずに生きて行く、という道を選び得る最も有益な『何か』は、心底からの怒りだ、と信じている質でもあったらしく、ならば、『憎しみ』という名の『何か』を拵えてやる、とばかりに、事もあろうに、墓前での蛮行に及んだのだそうだ。
 …………この話を何度聞いてみても、何度振り返ってみても、私には全く理解出来ぬ思考だけれど……彼は確かにそう思い、そう感じ、そして、思いと考えを実行に移したのだから、今では私も、あの件に関してはもう、何も言うまい、と決めている。
 ────セッツァーの、あの所業を、こういう風に表現すれば。
 あの碌でなしを、ある意味では、誠に歪んだ『思い遣り』を持つ碌でなしだと、そう感ずる者も、もしかしたら居るのかも知れないが。
 残念ながらあの男は、そんな風に優しい質ではなく。
 そうしてでも、私を歩かせたいと彼が考えた理由、その根源は、何処までも、己の中に回帰する物だった。


 オペラ歌手、マリアを連れ去る為に、ジドールのオペラ座へと姿見せた彼を、有り体に言えば『嵌めて』、協力を仰いだ時、彼は。
 手を貸してやる。
 帝国相手に死のギャンブルなんて、久々にわくわくする。
 命をそっくりチップにして、お前達に賭ける。
 ……そう言ったが。
 人生とは、運命を切り開く賭の連続。
 そうも言ったが。
 こんな台詞が吐けるからとて、決して、『先』も眺めずに、自らの命を賭のチップとして張るような男ではなかった。
 恐らくは、ギャンブラーという仕事を生業にしている人種の大半が、そうであるように。
 彼は彼なりに計算高い、私の目から見てもしたたかで、『勝つ』為には、どんな手段を取ろうとも厭わない、そういう男だった。
 故に、あの碌でなしは。
 私を無理矢理にでも歩かせる為に、あの行為に及んだのではなく。
 私を無理矢理にでも歩かせないと、直ぐ後に待ち構えていると、誰の目にも明らかな、ガストラ帝国との戦いで、自分達が犬死にする確率が高くなる、そう踏んだらしい。
 ガストラ帝国、という巨大な相手との戦いを、口先では、『ワクワクする死のギャンブル』と例えながらも。
 その実、私達から聞き及んだ話より、如何にも、こちら側が不利と思える戦いであろうとも、勝ち目がない訳ではないと、あの碌でなしは計算していたようだ。
 だが、レオ・クリストフ、という、帝国側の将軍が一人、『戦死』した程度のことで、帝国との戦いより、『私』ではなく、『フィガロ国王』が抜け落ちれば、不利ではあるけれども、勝ち目がない訳ではない『ギャンブル』が、本当に勝ち目のない物と化す確率が増す、と。
 そう、弾き出したらしい。
 ……その為に、あんな場所であんなことを、私に……というのは、見下げ果てた根性と言えるとは思うが。
 取り敢えず私は、後になって、レオ将軍の死を知らされた直後の私に対して、あんな行為に及んだ理由を知った時、ギャンブラーという生き物が、どれ程に質が悪い人種なのか、嫌と言う程、知った。


 だが、悔しいかな。
 私が、セッツァーという碌でなしの理由と理屈を知ったのは、思い出したくもない、サマサの村にて、あの出来事が起こってより、暫くが過ぎた後だった、という事情も手伝い。
 私はあの男の、掌てのひらの上に、飛び乗ってしまった。
 そんなにも、私を進ませたい、と言うなら。
 その為にならば、蛮行に及ぼうと、良心の痛みも感じない、と言うなら。
 それ程までに、私の中に、『何か』を植え付けたい、と言うなら。
 …………それ程までに、私に憎んで欲しいなら。
 お望みのように、存分、憎ませて貰おう。
 恨み言を吐いて、憎しみを注いで、蔑んで。
 取り敢えず今は、生きなければならないらしい私の『糧』として、彼には在って貰おう。
 ……そうして。
 もう、私は進まなくてもいい、歩かなくてもいい、そんな時が訪れたら。
 一瞬足りとも躊躇わず、彼が、己が手により私に与えた『憎しみ』に相応しい『代償』を、彼には払わせよう。
 幸か不幸か。
 私は、フィガロ国王、という地位にある。
 碌でなしの一人や二人、私が自ら斬り捨てたとしても、誰も、何も言わない。
 だから…………と。
 何も知らず、私は。
 あっさりと、彼の思惑に乗って、セッツァーという男に対して抱えた恨み辛みを、何時の日か晴らそう、それのみを抱え、心密かに憎み続け。
 そうやって、歩き続け、生き続けた。
 弟や、他の仲間達には、決して悟れらぬように、彼等の前では、馬の合う、悪友のような振りすらして。
 私は、日々を過ごした。
 尤もセッツァーの方は、その辺りの自覚はあったのだろう、皆みなと共にある時と、何かの弾みで二人きりになってしまった時の、私の取る態度の隔たりなど、微塵も気にせず──これで、気にしたら異常だろう──、仲間達の前では、親しげな笑みを浮かべる私を、それはそれは『愉快そう』に嗤い、意味深長な眼差しを送って来た。
 故に私は、セッツァーのそんな嗤に、眼差しに、益々、苛立ちや、怒りや、憎しみや、恨みのような物を募らせ。
 でも、それでも、陽は昇り、陽は沈み。
 月は昇り、月は沈み。
 日々は過ぎ。
 私達は、ガストラとケフカの後を追うように、魔大陸へと向かい。
 ………………世界は、崩れた。

 

 

 

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