魔大陸で、ガストラ皇帝が命を落とし、ケフカが三闘神を目覚めさせてしまった後。
 宙に浮かんだ大陸は堕ち、空が裂け、大地が割れ、海が『立ち』。
 飛空艇・ブラックジャックもその翼をもがた。
 ──私達の世界が崩壊してしまった後。
 私が、どうして助かったのか、私には記憶がない。
 あの天変地異が収まった時、私が何処にいたのか、それも、私には判らない。
 何時何処で目覚めたのか、何がどうなったのか、その一切、私の中にすら、『眠って』はいない。
 唯、気が付いたら、私は、港町・ニケアに辿り着いていた。
 そうしてそこで、世界が崩壊したあの日より、ほぼ一年近くが経とうとしていることと。
 何時、その事故が起こったのか、正確な処は定かではないけれど、潜行システムが故障でもしたのか、フィガロ城が、地下に潜ったまま浮上出来ないでいる、ということを知った。
 その時偶然、フィガロ城へと続く洞窟の存在を把握していて、あの城の宝物庫に忍び込もうとしていた盗賊の一団と巡り会えたこと、そしてその一団に、上手く潜り込めたことは、幸運だった、とは思う。
 地中深く潜ったままのあの城に閉じ込められている、私の国の人々を助けられるのは私しかいないから、私は、首尾良く掴むことが出来た幸運に、感謝した。
 その後、思い描いた通り、城の者達を助けられたこと、セリスとマッシュに再会出来たことにも、私は心からの感謝を捧げた。
 ……………でも。
 それは、終わってしまえば、『それだけのこと』、でしかなかった。
 私にとっては。
 ──十代半ばだったあの頃、マッシュを『失い』。
 支え、と思って来たレオ将軍を、サマサで失ったのに。
 世界が崩壊した所為で、私は、何とかでも私の歩く理由にはなった、セッツァーという男……いいや、セッツァーという碌でなしと私の間に横たわる、『憎しみと利用価値』という関係さえも、又、私は失うのだろうか。
 私は、私の生きる意味や、私の大切なモノや、支え、と例えられるべきものを、又、失ってしまったのだろうか。
 …………何度。
 何度、私はそうやって、良しにつけ、悪しきにつけ、私には『必要なモノ』を、失わなければならないのだろう。
 どのような意味を持つ、どのような存在であろうとも。
 もう私には、セッツァーという存在も、セッツァーとの間に横たわっていた関係も、残されていないと言うなら。
 私は、どうやって、前に進めばいいのだろう。
 …………そう、思った。
 そう思ったから。
 フィガロ城の者達を救う、という『使命』を果たしてしまったら、私はその先を、どうやって歩いて行けば良いのか、判らなくなった。
 実際には生きていたセッツァーに、コーリンゲンの村にて再会した時、彼に向けて、セリスが言った台詞。
 こんな世界だからこそもう一度、夢を追わなければならないんじゃないか。
 世界を取り戻す夢を、私達は追わなければならないんじゃないか。
 ……そういった台詞を、セッツァーの生存を知る前、彼女と弟は、私に熱く語ってくれたけれど。
 そうだね、と微笑み答えながらも私には、真実頷くことなんて、叶わなかった。
 ────人は、綺麗事のみでは、生きてはいけない。
 こんな世界だからこそ。
 夢という名の付くモノを、追わなければならないのかも知れない。
 でも、追う夢がなければ、どうなるのだろう。
 世界を取り戻すという、崇高な願いの火は、絶やしてはいけないのかも知れない。
 でも、世界を取り戻した先にあるモノが見えなければ、どうなるのだろう。
 夢を食はみ、世界を救いたい、と願い。
 その為に、無理をして歩いて、そして。
 その果てに、何一つとしてなかったら。
 そこに、何かがあろうとも、己にとっては何一つ、価値がなかったら。
 綺麗な夢を食はんだ後に残されるモノは唯、虚しさと、絶望のみだ。
 虚しさと絶望の先にあるモノは恐らく、死のみだろう。
 夢を食はんだ先にある死、というモノが、殊の外質が悪いのを、私は良く知っている。
 夢とやらに触れる前に掴み得る死の、数倍、それは質が悪い。
 ……結局の処。
 辿り着く先に残されるのが、死、のみであるなら。
 質の悪い死より、少しでも『優しい』死を得た方がいい、と思うのは、人の世界の道理だと私は思う。
 ………………だから、私は。
 セリスの言葉にも、マッシュの言葉にも、心のそこから、頷くことは出来ず。
 宛もなく、流されるように、コーリンゲンへと向かい。


 もう、この世にはいないかも知れない、そう思っていた彼と、コーリンゲン村の酒場にて、再会した時。
 あろうことか、私の胸の中を過った物は、安堵と例えるべきか、歓喜と例えるべきか迷う程、憎むべき相手に、本来ならば傾けてはならない、正の『感情』だった。
 負の感情、ではなく。
 私の胸を満たす、正の感情。
 私がそれでも歩いていける理由、『憎しみの対象』、それが生きていた、という事実は、『真っ当』な意味で、私が覚えて然るべき、それであるのだろうけれど。
 冥くらい意味合いを帯びることもなく……その言葉を口にすれば、万人が想像し得る雰囲気を纏った、安堵とか、歓喜とかといった表現が相応しいようなそれを、私だけは決して、覚えてはいけない筈だった。
 ………………なのに、私は………………──。
 ────その瞬間。
 私は、己で己が、許せなくなった。
 そして、決して許せぬ己以上に、セッツァーのことが、更に許せなくなった。
 『そうしなければ』、生きて行けない私の為に、『何か』を拵えてやると言った、理不尽に彼が振り翳した、彼の理不尽な理屈通り。
 与えて欲しくなどなかった『何か』を与えられ。
 その理不尽さに甘んじるように、後生大事にそれを抱えて歩き、生き。
 その果てに、私には決して相応しくない感情を覚え。
 覚えたそれに、胸を満たされ『暖められる』なんて。
 許せることではなく。
 許されることでもなく。
 時の流れがそうしたのだと、割り切れることでもなかった。
 己が乗った賭から、勝ち目を失わせないように、唯それだけの為の利用価値を、私に見い出した男に、振り回されたまま歩き続けるなんて、許せる訳がなかった。
 落ち込む彼を捕まえ、彼の失意のどさくさに紛れ、どうしてサマサの村で、私にあんなことをしたのか、その真意を白状させたら、余計。
 ──だから。
 ささやかでもいいから。
 私は、意趣返しをしてやらなければ、気が済まなかった。


 やはり、あれから暫くの歳月が流れた今、こうして振り返ってみると。
 我ながら、馬鹿なことを考えたのだな、という思いは消えないが。
 それでも、その行為も又、私が『私』を支えることに、恐らくは必要なことだったのだろうと思うから……多分私は、後悔など覚えぬだろう。
 そうして……そう、何処までも、多分、だけれど。
 私は生涯、『それ』に関する後悔を、覚えることはないと思う。
 セッツァーに何と言われようと、どう思われようと。
 私が己自身に、何をどう言おうと、どう思おうと。
 良しにつけ、悪しきにつけ、何らかの存在、何らかの関係、それを、『支え』として持たなければ、私は生きてはゆけぬ質らしいから。
 セッツァー曰くの、『脆弱』な質を抱えたまま、何処までも行き。
 何処までも歩き。
 ………………そうして。

 

 

 

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