「……セッツァー?」
──それは、世界が崩壊して、数週間程時が流れた頃のことだった。
かつて、セッツァーと共に空を駆けていた、ダリルという女の墓よりセッツァーが引き継いだ、飛空艇・ファルコンを駆って世界中を巡り、一年前、ガストラ帝国の侵略より世界を救う冒険の旅を共にしていた仲間達の全てと、彼等が再会し終わって程なく。
瓦礫の塔の最上に座し、我が物のように世界を見下ろし、世界で『遊び』、神の如く君臨しているケフカから、『この世』を取り戻す為、次は何処へ行こうかと、ファルコンのロビーにて、ささやかなティー・タイムに寛ぎながら、仲間達が、ああでもないの、こうでもないのと語り合っていたら。
徐にエドガーが、ふいっと顔を上げて、セッツァーの名前を呼んだ。
「何だ」
ティー・カップを片手に、地図を挟んで喧々諤々けんけんがくがくしている仲間達より、エドガーも、セッツァーも、少し離れた所にいたから、誠に明確な理由を以てして、金髪の国王陛下が己を憎んでいることを知っているセッツァーは、仲間達の前で何時も見せている、エドガーと自身との本当の関係を取り繕う為の、うわべだけに満々ちた、お愛想、という奴ではなくて。
少しばかり嫌味ったらしい嗤いを浮かべて彼は、エドガーを振り返った。
「ん、一寸」
が、小馬鹿にしているようなセッツァーの態度に、エドガーはこれっぽっちも取り合わず、彼が女性であったならば、華のよう、と例えること叶ったろう綺麗な微笑みを拵え、彼は、ロビーの片隅で、壁に凭れて立っている、碌でなしのギャンブラーへと歩み寄った。
「………………だから、何だ」
セッツァーに言わせれは、にこにこし過ぎていて嫌味、との表現に値する笑みを湛え、するりと近付いて来たエドガーに、セッツァーは、何処か憮然とした態度を見せた。
「コーリンゲンで再会して以来、ゆっくり話す機会もなかったね」
それでもエドガーは、露骨に嫌そうな素振りにもめげず、相手の鼻先で、ゆるりと喋り出し。
「お前が、俺と? そんなつもり、端からねえだろ? お前にゃ」
「そうでもないけど」
「で? 本題は何だ?」
「…………ああ、だからね、私が君と、こうして語らうのも久し振りで。皆がこうして、一つ所に集まるのも、久し振りで」
「……そうだな」
「全員揃って、穏やかな午後を過ごす、なんて、皆との再会を果たしてから、初めての機会だろう?」
「だから……?」
「うん、だから。いい機会だからね。いい加減、私と君の本当の関係を、皆の前で明らかにした方がいいんじゃないかと思ってね。……その方が、お互い、やり易いし」
────語られて行く話に。
少しずつ、セッツァーが、渋いような、何とも言えぬ表情を浮かべて行くのに気付かぬ風に。
淡々と、が、やけに弾んだような調子でエドガーは喋り続け。
「俺とお前の、『本当の関係』、ねえ…………。それを、明らかに、ってか? ……んなコト、出来んのか? 『お前』に」
侮蔑以外の何物でもない光を、希有な、紫紺の瞳の奥底に浮かべるセッツァーを見据え。
「出来るさ。……当たり前だろう? どっちの理屈の方が、皆の前では通ると思ってるんだ? 君は」
にっこりと、今、この瞬間が、至上の幸福を迎えた瞬間、とでもいうような、誠に『素晴らしい』笑みを作り。
「──ねえねえ……。セッツァーとエドガーの、本当の関係って……?」
大人達の会話に、聞き耳を立てていたのだろうリルムが、そそっ、と寄って尋ねて来たのにも。
「……ん? どうかしたのか? 何かあったのか? 兄貴とセッツァー」
リルムの問い掛けを聞き付けたマッシュが、セリスやティナやロック達と共に覗き込んでいた地図より、顔を上げたのにも。
「本当の関係がどうとか、言っていたようでござるが……?」
はて、と首を傾げたカイエンが、唸り声を上げたのにも。
エドガーは、セッツァーに向けた『素晴らしい』笑みを振ることのみで答え。
「…………セッツァー?」
「……好きにしろ」
飄々とした態度を崩さぬ碌でなしを向き直り。
するりと両腕を、セッツァーへと伸ばしてエドガーは、黒いコートの襟元から覗く、碌でなしの首筋に、伸ばした腕を絡め。
「………………………兄貴……?」
「……セッツァー……?」
幾対もの、人々の視線が集まる中、それはそれは見事なまでに彼は、セッツァーとの接吻くちづけを交わしてみせた。
エドガーとセッツァーによる、真昼の接吻くちづけが眼前にて交わされるまで。
穏やかだ、と信じていた午後の一コマが、口では言い表せぬ……と言うよりは、言い表わしたくはない騒ぎを伴った一コマへと変貌を遂げた後のち。
驚天動地の一日が過ぎ、更に、数日が過ぎた夜。
接吻を終えた後、にこやかに、何事だ、と問い詰めて来た仲間達に、実は我々は一年も前から恋人同士で、と、さらり言ってのけたエドガーを捕まえ。
「……何のつもりだ、お前」
むすくれたような顔をして、セッツァーはエドガーの真意を、問い質した。
「別に?」
が。
今夜はもう休もうと、己に宛てがわれたキャビンへと向かっていた処を、セッツァーに捕まえられ、引きずられるように、彼の部屋へと連れ込まれた当人は、しれっとした顔をして、そっぽを向いた。
「連中の前で堂々と、キスなんざして見せた挙げ句。一年も前から恋人同士だっただの、いい加減、皆に黙っているのが心苦しくなって、だの、良く言ったな、お前。どういう神経してんだ? 俺には、お前と恋人になる誓いを交わした覚えはねえぞ? 自分で言うのも何だがな、俺がお前に与えてやった物は、性的暴行、って奴だったと思ったんだがな。俺の記憶が正しければ」
艇長室の扉に凭れるように立って、己と目も合わせようとしないエドガーに苛立ったのだろう、二の腕を掴んで、投げ捨てるようにベッドへと放りながら、呆れたように、セッツァーはエドガーを見下ろした。
「ああ、そうだね。私も君のような碌でなしと、恋人の契りなど交わした覚えはない」
しかし、そうされても、セッツァーと視線を合わせようとしないエドガーの態度は変わらず。
「じゃあ、何であんなことをして、あんなことを言った?」
「…………君が何故、私にあんな蛮行を働いたのか、白状しては貰ったけれど。私はそんなもの、理解したくない。君には君の理屈があるんだろうが、私には私の理屈があるんでね。──でも。どういう意図の上に、君の行いがあるとしても、君を憎むことで私を前に進ませようとする君の思惑に踊らされたまま、馬鹿正直に、恨み辛みをぶつけ続けるなんて、それこそ、馬鹿馬鹿しい。私は道化ではないんでね」
「……ほう。それが『動機』か」
「悪いかい? 言ったろう? 君には君の、理屈があるように。私には私の、理屈がある。私はね、私の納得出来る形で、君への恨み辛みを晴らせると言うなら、『私自身』であろうと、君の前にぶら下げるよ」
────あらぬ方向を見遣ったままのエドガーと、そんな彼を見下ろすセッツァーとのやり取りは、淡々と続いた。
「……言っとくがな、俺は別に、お前の躰に興味があって、お前を抱いた訳じゃねえぞ?」
「判ってる、そんなこと。興味を持たれても困るし、そんなことは、こっちから願い下げだ。でもねえ、セッツァー。私は君の手の中で踊るのは御免だし、君が困れば困る程、私の溜飲は下がる。…………勝ち目のない勝負には、乗らないんだろう? どんなに不利に思えても、勝ち目があるから勝負をするんだろう? 君は。フィガロ国王という存在が抜け落ちたら、勝つ確率が下がるから、強引に私を押したんだろう? ならば。そういう理屈で動き、この先の世を、己の過ごし易い『ソレ』にするべくここにいる君にとってみれば、私と君の真実の関係云々の、『内輪もめ』は避けたいだろうから? 君を少しでも困らせる為に、恋人同士です、という振りをしてみせた私の茶番に、当然、付き合うしかないのだろう? …………嫌でも」
そうして続いた、やり取りの最後。
そちらの理屈が『理屈』と言うなら、多分これも『理屈』と、エドガーは言い。
「…………俺も充分碌でなしだが、お前も大概、碌でなしだな」
「君にだけは言われたくない」
「ま、いいさ。一年前、お前の仕掛けたインチキコインの賭を受けて、この『勝負』に乗っちまったのが、運のツキって奴なんだろうからな。『降りられない勝負』だと言うなら、乗り続けてやる。お前の茶番にも、付き合ってやるさ。──なら、エドガー? 恋人同士らしいことでも、してみるか? 自分自身であろうとも、俺の前にぶら下げられるんだろう?」
セッツァーの方は。
『茶番』とやらを、何処まで押し通せるのか試してやる、と言わんばかりに嗤うと、放り投げられたまま、ベッドの上から動いていなかったエドガーへと近寄って、愉快そうな忍び笑いさえ洩らして。
愉しいことを始めよう、と、組み敷いた躰の上に被い被さった。