final fantasy VI 『代償』
このお話は。
『Duende』の、キリ番カウンター『44444』を踏んで下さった、『繭魅』さんに捧げます。
リクエスト、どうも有り難うございました。尚、この作品は、リクエスト内容により、FF6のSSの部屋にある、「今日の陛下」と云う小説と「受信メール」と云う小説をお読みになられてから御覧下さい。
これは。
本日、昼、恋人である『彼』に、持ってしまっていた秘密がばれた男と。
やはり、本日、兄である『彼』に、持ってしまっていた秘密がばれた男。
その両名が、『彼』より受けた、それはそれは『ささやか』な仕打ちを綴った物語である。
目の前にサーブされてくる夕餉の品々は、一品一品、それはそれは美味しそうな湯気と匂いを立てていると云うに。
銀食器を握る両手に、力は入らず。
何て、居心地の悪い夕食の席なんだろうと、マッシュは、じっとりと脂汗を掻いた。
──久し振りに、双児の兄弟水入らずで囲むことになった、『実家』のダイニングテーブル。
対面の席には、それはそれは『綺麗』に微笑んでいる、最愛の家族である兄がいて。
本来ならば、朗らかな雰囲気の中、話も弾むのだろうが……。
話があるから、今日は真直ぐ帰って来い、と携帯メールを打って来た癖に、大した言葉も告げず、唯、にこにこと、それはそれは『綺麗』に微笑む兄を前にして、馬鹿みたいに何の知恵も廻さずにいられる程、マッシュは脳天気ではなかった。
ましてや。
夕刻、兄よりの『命令』メールを受け取る直前、悪友であるセッツァーからも、携帯メールを彼は受け取っていて。
恐ろしいことに、そのメールには、先日、兄の恋人であるセッツァーを、無理矢理合コンに引きずっていた時の話が、兄・エドガーにばれた、と書かれていたから。
今、マッシュは、旨い筈の、夕食の味すら判らない程、緊張していた。
「あ、のー……。…兄…貴……? 話、って…何かな……」
だが。
幾ら食事が喉を通らなくても、そろそろ、デザートさえも終わってしまいそうなのに、兄が何も云わなくても。
食事が終わった後、改めて居住まいを正されるよりは、いっそ、今、兄の口を開かせて、食事の終わりと共に退散した方が良さそうな雰囲気だ、と踏んでマッシュは自ら、話の口火を切った。
「ああ。話、ね……」
すれば、エドガーは。
にこっと、『更に』微笑みを深め、フォークを掴んだ方の手で肘付き、傾げた手の甲に、頤を乗せ。
「どうして、よりによって、セッツァーを誘ったんだい? マッシュ」
一寸ばかり好奇心に駆られたから聞いてみた、とでも云うような口調で、『柔らかく』、弟を見遣った。
「えっと……それ、は、ですね……」
だから思わず、マッシュは、敬語になる。
そんな風にして、こちらを眺める兄は、男であり兄弟である彼の目から見ても、色気があるように思えて……が、色気がある分、その背から立ち登る、見えない『何か』が、辺り一面を凍り付かせる程、空恐ろしく感じられ。
俺は妖魔と対峙してるんじゃないんだけどな……と、内心、酷く失礼な感想さえ抱きながら、言葉使いを正したマッシュは、ピッと、背筋さえも伸ばした。
「そのー……あの…ですね……。セッツァーは、その…一応、あの性格を知らない女性には、もてるんで……陸軍の同僚に、連れて来てくれと懇願されまして……」
どうせ、万聖節の夜の『夢』を、語った処で信じてなど貰えない、否、それどころか、もっと話がこじれる、そう思って。
上官にさえ見せない強張った顔で、ごにょごにょ、彼は言い訳を告げた。
「あの、性格? 私の恋人の性格に、何か不満でも?」
途端、エドガーの眉がぴくりと動いて、上げ足が取られた。
「……………………。いや、そうじゃなくって……」
『あの』性格に、自分だって泣かされている癖に…と内心で反論しつつ、マッシュは、げんなりと肩を落とす。
「そうじゃなくって?」
「だから、その……兎に角……あー…………すみませんでした…。以後、気を付けます……」
「判れば宜しい」
──そして『勝負』は、呆気無く着いた。
「でも……何で兄貴、その話……。俺、一言も喋ってないのに、誰から聞いた訳…?」
押さえた動作と、『綺麗』な微笑みと、数少ない言葉で弟をやり込め。
至極満足そうに、今日の夕食も美味しかったね、とか何とか喋っている兄に、マッシュは上目遣いを向けた。
「ん? 色々、とね」
が、エドガーは、にこにこっ…と、『天真爛漫』とも言えそうな笑みを拵え。
軽やかに席を立って、上機嫌そうな足取りで、とっとと自室へ戻って行った。
──彼には、自分と云う存在がいることを、重々承知している癖に、合コンなどと云う、それはそれは戴けない場所へ恋人を引きずって行った弟への『嗜め』を、取り敢えず終え。
これで目的は一つ果したと、自室へ戻ったエドガーは。
扉を閉めるや否や、カツカツと部屋を横切って、徐に受話器を取り上げると、登録させてあるtelephone numberの一つをコールした。
彼が電話を掛けた先は……そう、恋人。
例え、今が未だ、恋人にとっては宵の口以前の時間帯であっても。
今夜だけは、絶対に、空軍の官舎に戻っていると確信していたエドガーは。
「もしもし? セッツァー?」
コール音が切れると同時に、それが留守電であるかも確かめずに、明るく話し始めた。
『……ああ。お前か…』
「そう。私」
『その……。今日は、悪かったな……』
詰るでもなく。責めるでもなく。
地を這うような不機嫌さを滲ませているでもなく。
常と変わらぬ調子で話し始めたエドガーの声を受け、セッツァーは、開口一番、詫びを告げた。
「悪い? ああ、あのこと」
『…そうだ。あー……その。誤魔化しをしたのは、悪かったと思ってる』
「まあ…ね。嘘をつかれるのは、気分の良い話じゃないし」
けれど、詫びを受け取る声も、朗らかな一本調子のまま、エドガーが変えないから。
『…………だから。昨日はたまたま、休みになって、毎度毎度お前を誘い出すのも悪いと思ったし。第一、お前はfreeじゃなかったから。一人で飲みにでも出掛けようかと思ってたんだ。そうしたら、マッシュから電話が掛かって来て……合コンの話があるんだが、どうしても頭数が足りないから、顔を立てると思って出てくれないかって、しつっこく頼まれたから……暇だし、まあ、いいか……とな……。…そう云う、訳なんだ』
何時もに比べれば、饒舌なのでは、と思える程、セッツァーは言葉数多く、言い訳がましく理由を語った。
「ふーん」
伝え切った理由に対する、エドガーのリアクションは、それまでと何ら変化のないそれで。
『………………怒ってる…のか? 未だ』
思わず、問い掛けるセッツァーの声のトーンは、恐る恐る、と云った具合のものになる。
「嫌だな、セッツァー。私は、怒ってなどいないと、そう云ったろう? 唯、正直に語って欲しかっただけだって。君には君の付き合いがあることくらい、私にだって判ってる。もしも君が、私の態度を、拗ねているからだと受け取ったのなら、私こそ、謝るよ。御免、変な態度取っちゃって。うん……でも、一寸だけ、ね……君に嘘をつかれて、寂しかった気も、したから…」
けれどエドガーは。
自分が湛えている表情を、受話器越しにでもセッツァーが想像出来るような『優しい』声音を出し。
言葉の終わりには、若干の憂いと艶さえ与えた。
『あー…………エドガー? 悪いのは、俺だから。そう云う場所に顔を出して、あまつさえ、お前に黙ってたのは俺の方だから。……お前、正直に云ってみな? …怒ってるだろう…?』
──その声を聞き届けた瞬間。
セッツァーは、電話の彼方で、怖気を感じたのかも知れない。
躊躇いがちに彼は、怒っているかと問うて来たが。
「…まさか。こんなことで、怒ったりなんてしないってば、私は」
『だが、な…お前……』
「────くどいよ? セッツァー」
『………………』
一瞬だけ、エドガーは、声のトーンに絶対零度の冷たさを持たせて、恋人を遮った。
その後、再び彼は、声の調子を戻し。
「ああ、それでね。話は少し違うのだけれど。君、今度は何時が公休?」
『……何で?』
「約束したろう? 忘れちゃった? 『埋め合わせ』をしてくれるって、昼間の約束。付き合ってくれるかい? って、頼んだろう? 君が、合コンで出掛けたって云う、例のアミューズメントパーク。行ってみたいんだけど」
恐らく、セッツァーに有無は言えぬだろう言い回しで、要求を告げる。
『あれ、な……。付き合ってやらねえこともねえが……。──なあ、エドガー。んな、子供騙しの場所に出掛けたって、面白くも何ともないだろう? そもそもお前、遊園地なんぞに興味を示すタイプだったか? 違うだろう? どうせなら、もっと別の場所に……──』
が、セッツァーは、心底嫌そうな、渋い声を出した。
「──おや。私とでは、何か都合の悪いことでも?」
『そうじゃない』
「なら、いいだろう? 一寸ねえ、小耳に挟んだんだ。君を、あの手の場所に連れて行くと、大層楽しいことがあるって。だから、ね?」
しかしエドガーは、さらりと、恋人の不満を受け流し、そして、追い詰め。
『…何もありゃしねえ、楽しいことなんざ』
「ふーん……。で、何が楽しい訳?」
『お前な……人の話を、聞け、少しは』
「……そう云う態度に出られる立場だっけ? 今の君は」
『…………だから…。つまり、な……。あー…………その、だな……。俺は、ああいう場所は、苦手なんだ』
「どうして。女性とは同行した癖に」
苦手だ、と云う言葉を引き出した後も、ちくちく、セッツァーを苛め倒し。
『あそこに行くって最初っから聞かされてたら、行きゃぁしなかったんだよ、俺はっっ! 兎に角、苦手なものは、苦手なんだ』
「………………何が?」
『……エドガー…。……頼む、もう、いい加減勘弁してくれないか……』
「駄目。あの場所の、何が苦手だと? それが、私が小耳に挟んだ、楽しいことの正体?」
受話器の向こうより、『泣き』が入っても、エドガーは決して、その態度を変えなかった。
『……………苦手なんだよ……』
そんな恋人に、セッツァーは、盛大な溜息を洩らし、同じ言葉を繰り返し。
「だから、何が?」
『…あの手の場所には付き物の、絶叫マシーンが…』
ぼそぼそ、心底云いたくなさそうに、彼は、告白をした。
「は? 絶叫マシーンって、ジェットコースターとか、あの手合い?」
『…ああ。あの手合い、全部』
「どうして。君、戦闘機の……F-16のパイロットだろう? 空軍のエースだと云うのに、あんな子供騙しの乗り物が怖いのかい?」
『…怖いんじゃねえよ。自分で運転出来ない乗り物に乗るのが、嫌なんだ。どうしても、信用出来なくってな…。F-16でのアクロバットなら、幾らでも喜んでやってやるんだが……どうにも…機械と他人任せの絶叫マシーンってのは……肌に合わない…』
「へえ…………。変な処、子供みたいだねえ、君も」
恋人の告白を、エドガーは一刀両断に切り捨てる。
『…悪かったな……。兎に角、嫌なものは嫌なんだ。……だってのに、昨日それを知ったマッシュが、面白がって、無理矢理乗せやがるから……。一寸、それであいつと揉めちまって。ま、揉めたっつっても、喧嘩になった訳じゃねえんだが……それが誰かの口から、「楽しい」って風に、お前に伝わったんだろ、多分…。お陰さんで当分は、あれを見るのも御免だ……』
そして。
ぼそぼそ、ぶつぶつ、だから遊園地には行きたくない、と暗に告げるセッツァーに。
「ふうん…………。で、今度の公休日は?」
『…………再来週の、週中辺り…』
「じゃ、その時に、付き合ってくれるね? セッツァー。例の、アミューズメント・パーク。……私はねえ、一回、君の大っ嫌いな、あの手合いに、乗ってみたいと思ってたんだ。…………宜しく」
鈴でも鳴り出しそうなノリを語尾に含ませ、ガシャリと一方的に電話を切った。
── ニ週間後 ──
首都・フィガロの、中央諸官庁街にある、陸軍所有のビルの一室にて。
それはそれはげっそりとした顔をしつつ、職務に勤しんでいたマッシュの元に、一人の訪問客があった。
大尉殿、と、ノックと共に扉を開け放った部下に呼ばれて、沈痛そうな顔を上げ。
入り口付近を見遣ったマッシュは、訪問客の正体が、セッツァーであることを知る。
「…どうしたんだよ、急に。わざわざ、お前が訪ねて来るなんてさ。何か、あったのか? 今日、公休じゃないだろ? 昨日、兄貴、と……──」
げっそりとした自分に負けず劣らずの顔色で、普段着のまま顔を出したセッツァーに、マッシュは『昨日』のことを云い掛け、慌てて口を噤んだ。
よろよろ、そんな雰囲気さえ醸し出して、入室して来たセッツァーに、彼がソファを勧めたら。
「……無理矢理、休んだんだ……。今日ばっかりは、Falconに乗れそうもねえ……」
どさっ、と身を投げ出す音と元に、セッツァーの口からは、耳を疑う言葉が洩れた。
「休んだ? お前が? 一日中だって、Falcon乗ってて平気なお前が?」
だからマッシュは、目を丸くし、声のトーンを高くしたが。
「………………誰の所為だと思ってやがるっっ! ああ、確かに…確かに、俺自身が、承諾した。お前の誘いに、付き合うと云ったがなっ。…あれ程……あれっ程、エドガーの奴にはばれねえようにしろって念を押したってのにっっ。どうして、翌日には、もうばれてやがんだ、合コンの話がっっ! ……お陰で俺はなあ……昨日一日、例のアミューズメント・パークの、開園から閉園まで、えんっえんっっ、あいつに付き合わされたんだぞ……。御丁寧に、絶叫マシーンばっかりチョイスしてくれるあいつにだっ! 子供騙したぁ云え、絶対に信用出来ねえ乗り物に乗る時のいたたまれなさが、お前に判るかっ?」
対面に座ったマッシュを、ギッッと、鋭さを増した紫紺の瞳でセッツァーは睨み、大声で喚き散らした。
「………その程度で済めばいいじゃん…」
……だが、しかし。
セッツァーの剣幕に、マッシュは一瞬こそ怯んだものの。
「あれからずーーーーーっと、毎日毎日顔をあわせる度に、兄貴に、あんな顔で微笑まれるんだぜ、俺……。セッツァーなら判るだろ? 怒ってる時の兄貴の顔っっ。笑ってるんだけど、目だけが冷たくってさ……綺麗って云うよりは、壮絶でさ……んな顔されて、さも今思い出したって云わんばかりに、例の話されてみなよ……逃げたくなるから……。なまじ、兄弟だから、家から逃げ出す訳にもいかないし……。あーもー……。これで、あの件、ティナにばれたらどうしよう……。ダブルでイビられる……。そりゃ…自業自得かも知れないけどさーーっ……」
毎日が、針のむしろだと、マッシュは天井を見上げて、嘆いた。
「…同情する……。が…もうニ度と、お前の誘いは受けねえ……」
「こっちだって。もう二度と、こんな思いするのは御免だよ……。愛されてんなあ……セッツァー。『強烈』、に」
「……まあ、な……」
──そして彼等は顔を見合わせ。
同時に肩を落とし、同時に溜息を付き。
今夜は飲みにでも行くかと、互いを慰め合った。
────因みに。
エドガーの機嫌が、真実回復されるまで、今暫くの時を要することを、彼等は未だ知らない。
End
キリ番をゲットして下さった繭魅さんのリクエストにお答えして。
「今日の陛下」と云う小説と「受信メール」と云う小説に出て来ました、「合コン」に絡む、遊園地の話を、海野は書かせて戴きました。
上記二つのお話の、後日談。
何かまあ、えらいこと、強烈な陛下@第三部になりましたが。怒らせるとこの人は怖い、と云うことで……(汗)。
あ、ほらでも、陛下、合コンの話、ティナには言い付けてませんので。彼にも、良心はあります(笑)。
気に入って戴けましたでしょうか、繭魅さん。