「痛ぇな、ひーちゃん! 殴ることねえだろっ!」
「京一が、馬鹿なことばっか言うからだろうっ? ホントにもー、この手の話の察し、情けなくなるくらい悪いんだからっ。俺、泣けてくるよ……」
「悪かったな……。……けど、なら、どーゆーことだ……?」
「さ、あ。そこは、俺にも……」
思わずド突き漫才を始めてしまったものの、京一と龍麻は直ぐに、深く深く首を傾げ直し、
「うーん……。神夷さん……じゃなかった、蓬ら……でも、京一さんと一緒か。……うっと、京梧さんの生まれ年が、本当に、弘化三年──幕末の頃なら、超常現象的なことが、京梧さんに起こっちゃった、って辺りが可能性としては大かな、と。現実に、幕末生まれな京梧さんが、現代の、しかも俺達の目の前に存在してる訳ですから」
「可能性として、な。あくまでも」
九龍と甲太郎は、又、顔を見合わせた。
「信じる信じないは、そっちの勝手だ。どうとでも思っとけ。──ま、そういう訳で、その頃に、俺はこの世に転がり出て、一応、元服とかもしてよ。十六だったか、十七だったか……、そんな歳になった辺りで家飛び出して、諸国の浪々ってのを始めた」
「…………へぇ。又、どうして?」
「お前と一緒だ、馬鹿弟子。ドタマ掻き毟りてぇ程腹立たしいが、お前と一緒で、俺は強くなりたかった。天下無双の剣が欲しかった。どうしても、そこに辿り着きたかった。てめぇの剣の腕だけを信じて、強い相手を求めて流離った。……そうこうする内。丁度、二十歳
困惑や戸惑いを隠せぬ『ヒヨッコ達』を捨て置いて、酷く懐かしそうな目をしながら、京梧は『昔話』を続け。
「高井戸……は何となく判るけど、内藤新宿って……。あ、ひょっとして、今の新宿のことか?」
「ああ。そうだぜ、馬鹿弟子」
「出逢ったって……、誰に?」
「……………………緋勇、龍斗」
「……え?」
────緋勇龍斗。
江戸の街への旅路の途中、そんな名の男に巡り逢ってしまったのだと彼が告げるや否や、京一と少年達は、一斉に、幾度目かになる驚きの声を洩らした龍麻に視線を送った。
「ひゆう……たつと……」
「慶応二年の、桜の盛りの頃だった。あの頃の公方は家茂公で、浦賀に来た、たった四はいの黒船の所為で世の中が騒がしくなって久しかった。薩長の連中も、京の連中も、江戸や会津の連中も、どうしようもなく騒々しかった」
「慶応二年……。一八六六年、ですな。幕末も幕末だ……」
「ああ。翌年の慶応三年が、大政奉還の年だった筈だ」
「……そっちの二人は、歴史って奴をよく判ってんじゃねえか。──そうだ。丁度、そんな頃。俺は、龍斗に出逢った。…………どっか抜けてる……っつーか、変わった奴でよ。歳の頃は大体俺と同じで、だってのに、何時だって大抵、ボーーーーーー……っとしてやがった。他人の話も、聞いてんだか聞いてないんだか、ってなもんで、ぼやぼやしてる内に周りの話に置いてかれちまって、後からこっそり、困ったように、何がどうなったのか俺から聞き出すのが毎度で、武道家のくせに、年中寝惚けてるみてぇな……おっとりが過ぎてるような、そんな質だった。かと思えば、『視えない何か』と話し込んでるとしか思えない素振りを取る、奇妙な処もあった。でも、いざ戦いとなりゃ、まるで人が変わったようにしゃっきりして、べらぼうな強さを見せた。確か……、信濃の生まれだと、何時だったか言ってたな。──信濃の山ん中で生まれたってあいつが、どうして江戸を目指してたのか、俺は知らない。そういう話は、一遍だってしたことがなかった。唯、あいつは、俺と同じように江戸に向かおうとしていて、俺はそんなあいつと出逢って、江戸までの残り僅かな道行を共にした」
話が進むに連れ、少しずつ少しずつ、挟む言葉を減らしていく『ヒヨッコ達』を順に眺める京梧の語ろうとしていることは、酷く長い昔話のようで。
語られ行くそれの間合いは、随分、ゆるりとしていた。
「辿り着いたその頃の江戸は、夜な夜な『鬼』が出ると、そんな噂で持ち切りだった。着いたばかりの夜に、俺達も噂の『鬼』に出会して……、細々語ると長ぇから端折っちまうが、何
が、余り多くは語りたくないのか、それとも語れぬのか、彼の『昔話』は、彼と緋勇龍斗との出逢いより、数ヶ月が過ぎた頃へ飛んだ。
「柳生宗嵩…………? 冗談だろ? シショー、まさかとは思うが、俺達のこと担いでんじゃねえよな?」
「ちょ……、一寸待って下さい……。神夷──京梧さんや龍斗という人達は、幕末の頃に、『鬼退治』をしてたって言うんですか? 高校時代の俺達みたいに? しかも、鬼道衆相手に? ……幕末の頃、人ならざる力を持った者達が、幕府転覆を謀って鬼道を復活させて、自らを鬼道衆と名乗ったって、以前、龍山さんに教えて貰いましたから、京梧さん達が戦ってた相手が鬼道衆でも納得は出来ますけど、でも、柳生宗嵩……? 俺達が戦った、あの柳生宗嵩と、同姓同名の誰かがいた、とか……? ……あ、けど……そう言えば、柳生の奴、自分は百何十年もこの姿のまま生きて来た、とか何とか、『寛永寺』で戦った時言ってたっけ……。え、でも……?」
覆い隠したまま、するりと流した約十ヶ月の時と出来事の最後、柳生宗嵩と戦い決着を付けた、と京梧が告げた途端、ガタリと机や椅子を鳴らし、京一と龍麻は、揃って腰を浮かせ掛けた。
「……同じ名の別人って訳じゃねぇ。俺達が戦った柳生宗嵩と、お前達が戦った柳生宗嵩は、同じ奴だ。俺達とやり合い続けた鬼道衆の頭目だった、九角天戒は、お前達がやり合った鬼道衆の頭目、九角天童の祖先だ。……そうだな、流石にこの辺りは話してやらねえと、繋がりが見えねえか」
二人が慌てた気持ちは、よく理解出来たのだろう。
ふむ……、と頤を指で一度掻き、京梧は『昔話』の中の時を、少しばかり戻す。
「九角家は、関ヶ原以前よりの徳川直参で、言ってみれば由緒正しい武家だったんだが、天戒の先代、九角鬼修の代に、徳川に滅ぼされちまったんだ。鬼修が幕府に逆らって、家慶公の元・側室で、菩薩眼を持ってた為に幕府に幽閉されてた静姫って女を救い出し、妻とした所為で。鬼修との間に娘を儲けて直ぐ、静姫は逝っちまって、鬼修も一族郎党毎幕府に滅ぼされて、たった一人残された腹違いの妹とも生き別れて、鬼道衆の頭目となった天戒は、幕府に復讐を始めた。まあ……復讐っても、蓋を開けてみたら連中は、天戒だけじゃなく、大半が、幕府から理不尽な仕打ちを受けたり、身勝手に一族を滅ぼされたり、ってな過去持ちで、連中は連中なりに、世直しがしたかったみたいだな。その、連中にしてみれば世直しの為だった行いを、柳生宗嵩に利用されて、『鬼退治』を始めた俺達と、潰し合いをするように仕組まれて。……だらしねぇ話だが、龍閃組も、鬼道衆も、柳生宗嵩が表に出て来るまで、あいつのいいように踊らされてた。俺達が本当に倒さなきゃならねえ相手は、柳生宗嵩だと思い知らされた後、どうにかこうにか、手打ちはしたがよ」
「じゃあ…………、じゃあ、その頃の鬼道衆は、京梧さん達の仲間だったんですか……? 一緒に、柳生宗嵩と戦ったんですか……? でも……でも、俺達と戦った鬼道衆は…………っ」
幕末の頃の、鬼道衆の真実。
それを聞かされて、龍麻は思わず俯いた。
「…………今更、それを言った処で始まらねぇな。お前達も、ほんの少し有り様が違えば、俺達や天戒と同じ道を辿ったかも知れねぇ。共に、柳生宗嵩と戦う仲間になったのかも、だが。お前達と、今生の鬼道衆との有り様はそうじゃなかった。何も彼も、柳生宗嵩の企みの所為だったとしても」
けれど、京梧は。
唇を噛み締めつつ俯いてしまった龍麻を見下ろし、ゆるりと首を振った。