「九角家と、菩薩眼の娘との関わりは、それこそ、因果みてぇなもんだ。静姫が生んだ天戒の腹違いの妹も、菩薩眼の娘だった。美里藍、って名の。…………あの血族は、外法や鬼道の書と共に、『そういう血』を代々伝えて来た。だから、九角天童は、菩薩眼の娘を求めて求めて、柳生宗嵩の企みに絡め取られても、祖先とは違う有り様のまま、ああいう運命さだめを辿ったのかも知れない」

「美里藍…………。……まさか、その女、美里の──美里葵の先祖、とか言うんじゃねえだろうな……?」

一つ緩く首を振って、九角家と『菩薩眼の娘』の話を京梧が続ければ、そんなことって……、と言いたげに京一は唸り。

「……運命さだめだとか、因果だとかいう話は、俺の性にゃ合わねぇ。……だがよ、馬鹿弟子。少なくとも因果って奴は、確かにあるのかも、だぜ。嫌味ったらしいまでに頑丈で、人間様にゃ決して断ち切れねえ因果ってモンは、この世にあるのかも知れねぇ。────九角天童が、九角天戒の子孫なように。美里葵は、美里藍の子孫らしい。……で以て。馬鹿弟子、お前は俺の、子孫らしいぜ? 俺は子を生さなかったから、多分、俺の妹の直系なんだろうがな」

「…………シショー。それは、出来の悪りぃ洒落か?」

「洒落だったらいいと、俺だって思わぁな。てめぇみてぇな馬鹿が、蓬莱寺家の直系だなんてなぁ、泣けてくる以前の話だ」

「なーーーるほど……。だから、京一さんと京梧さんは、大きく括れば血族、なんだ。……うーわー、帝等の科白じゃないけど、遺伝子って凄い。京一さん、京梧さんの血、目一杯受け継いだんですねー」

「先祖と子孫、か。…………そんな出来過ぎた話があるとは思いたくないが、緋勇龍斗ってのは、ひょっとして、龍麻さんの先祖とか……?」

九角天戒と天童がそうであるように、美里藍と葵がそうであるように、己と京一も、先祖と子孫の間柄だと京梧は言って、信じられるかと、京一は苦虫を噛み潰したような顔になり、九龍は変な処に感嘆して、まさか……、と甲太郎は眉根を寄せ。

「だから、言ってんだろうが。因果は確かに、この世にあるのかも、ってな。────龍麻」

そんなことが、と疑りの目を寄越す甲太郎に肩を竦めてみせてから、京梧は龍麻を呼んだ。

「……はい」

ソロソロと、俯かせていた面を龍麻は持ち上げ。

「お前のことも、お前の持って生まれた事情も、俺はよく知っちゃいるけどよ。敢えて訊くぜ? お前、育ちは何処だ?」

「長野、です……。昔の言い方をすれば、信州とか、信濃とかになる……。緋勇の本家が長野で……、本家を継いだ俺の父親の弟──義父さんが、俺のこと引き取ってくれたんで、だから……」

「緋勇の家が、代々伝えて来たのは?」

「……陽の技を伝える、古武道、です……。……あの、本当に、緋勇龍斗という人は、俺の、ご先祖様なんですか……? 京梧さんが、京一のご先祖様みたいに?」

「………………龍斗の生家は、その古武道を、代々伝えて来た家なんだと。俺も、そこんトコは詳しかねぇがな。どうも、そうらしいや。だから。要するに……、って奴だ。お前も馬鹿弟子と一緒で、龍斗の直系じゃねえ筈だが」

困り倦ねた子供のように見詰めてくる彼へ、京梧は、そういうことだ、と教える。

「でも……、そんなことって……? 皆守君が言ったみたいに、そんな出来過ぎた話って……。俺達の先祖の皆、関わりがあって。それから百何十年も経った今、子孫の俺達も関わりがある、だなんて……。そんなこと……」

「ぼやきたくなる気持ちが判らねえじゃねぇが。出来過ぎた話だろうが何だろうが、本当のことなんだから仕方ねえ。……それにな。俺達の因果は、月日を隔てた血の繋がりってだけじゃ終わらない。お前達が、龍脈に人ならざる力を与えられた、宿星持ちなように。俺にも、龍斗──『ひーちゃん』にも、『人の運命さだめを司る星』とかいう、けったいなモンに持たされちまった宿星があった。──緋勇龍麻。お前が、今生の『黄龍の器』として生まれたように。『ひーちゃん』には、『黄龍』の宿星があった。馬鹿弟子。お前が、今生の『剣聖』として生まれたように。俺には、あの時の世の『剣聖』って宿星があった」

そうして、彼は。

己や龍斗の辿った『運命』と、京一や龍麻が辿る『運命』の『因果』の深さを一同に伝えた。

「……頼む。勘弁してくれ、馬鹿シショー。…………洒落になってねえ。俺とあんたは子孫と先祖で、ひーちゃんと龍斗って奴も子孫と先祖の間柄で、血族同士、仲良く同じ宿星持ちで、揃いも揃って柳生宗嵩と戦った経験があって、挙げ句、『ひーちゃん』って渾名まで一緒ってか? 何処のオカルト映画だよ……」

と、途端、京一は盛大に頭を抱え。

「おかると? 何でぇ、そりゃ。──おかるととか、三文草子としか思えなかろうが、嘘偽りねえ話だぞ。呆れてぇのは俺も一緒なんだよ、ブツクサぼやいてんじゃねぇ、馬鹿弟子。仕方ねぇだろ、蓬莱寺の血筋も緋勇の血筋も、どうにもその手のことに縁がありやる血筋なんだ、俺にだってどうしようもねぇ」

ああ? と京梧は馬鹿弟子を睨み下ろし。

二人は又、師弟喧嘩を始めそうになったが。

「まあまあ、二人共。京梧さんの話は未だ未だ途中なんですから、続き行きましょー、続き。俺と甲ちゃんも、龍麻さんと京一さんから、柳生宗嵩の話とか、黄龍の器の話は聞いてますから、何で、一四〇年くらい前に、京梧さん達が戦って決着付けた筈の柳生宗嵩が、六年前、兄さん達と戦えたのか、興味ありますし」

喧嘩は程々に、と軽い調子で九龍が仲裁に入った。

「…………それもそうだな。とっとと、先を進めるとするか。──柳生宗嵩ってのは、神君・家康公、秀忠公、家光公の三代に仕えた、将軍家剣術師範だった柳生宗矩の五男だ。今の世じゃ、柳生宗矩が生した子は、四男七女と伝えられてるそうだが、歴史の中で消えちまった五番目の男子、それが柳生宗嵩らしい。お前等にも判り易く言えば、柳生十兵衛三厳の、末の弟になる。家光公の治世、父だった柳生宗矩が死に、江戸柳生家で起こった跡目争いに巻き込まれた奴は、一族の者に暗殺され掛けた。それで済みゃ、俺達の世も今の世も太平だったんだろうが、瀕死だったあいつを、清国──今の中国から渡って来た仙道士の崑崙って男が、気紛れに助けちまった。……そんな出来事が起こったのは、正保しょうほう三年の春のことだったそうで、それから二二〇年が経った慶応二年、あいつは『甦った』。──崑崙は、中国の全ての龍脈の源とされてる伝説の山の、崑崙山から『陰陽之勾玉』ってのを盗み出しててな。何だったっけかな……。……ああ、そうだ。陰陽之勾玉ってな、陰と陽で対になってる、龍脈を操る力を持つ勾玉で、不老不死に近かった崑崙は、そいつを使って、柳生宗嵩にも不死の技を施した。不死身の力…………いや、不死身に近かった力、なんだろうが……二二〇年の眠りの果て、その力を己の物にしたあいつは、陰之勾玉を崑崙から奪い、行方を晦ました。己を亡き者にしようとした己が一族と世を恨んで、世に八大地獄を甦らせ、自らは龍脈の力で神になることを目論み、関東以北を走るこの国の龍脈の行き着く先──霊峰・富士にて術を行い、自らの体に黄龍を降ろそうとした。でも、あいつはそれにしくじって、邪龍に変生しちまって……」

「……あんた達が、邪龍に変生した柳生宗嵩を討ち滅ぼした……。だが、不死身に等しい程の力を得ていた柳生宗嵩は、やがて甦り、二十四年前、中国福建省の封龍の里に姿を現して……、ってとこか……」

間に割って入った九龍に師弟喧嘩を打ち切られ、京梧は、柳生宗嵩の正体と、彼が邪悪な野望を抱くに至った経緯と、幕末時の末路を語り。

この話は、二十四年前の出来事に繋がっていくのだろう、と甲太郎は低く言った。

「ほんで、六年前、今度は俺達が、あの糞っ垂れと……、って奴か……」

成程、それで、柳生宗嵩のことに関しては筋が通る、と京一はしみじみ腕を組み。

「でも……、京梧さん達がした、幕末の戦いの顛末は大体判りましたけど、じゃあ何で、京梧さんは現代に……?」

「うん、そこだね……」

九龍と龍麻は、その先は……? と首を傾げ。

「この上、てめぇの昔の話を白状するのは、ほとほと、俺の性に合わねえんだがなあ…………」

嫌そうに顔を顰めつつも、しゃあねぇな、と京梧は、ポン、と着物の裾から覗く膝頭を叩くと、まるで遺言でも告げるような顔付きをし、再び、『昔話』を始めた。