「────……お前宛の言伝を頼まれて、翌日の、正月二日に龍斗が消えて、騒ぎが起こっても、一日二日の内は、俺にも、あいつが何でそんなことを頼んでいったのか、何をしたのか、どうして消えたのか、ピンと来なかったが。三日、四日、と経った頃。百合が言ったんだ」
己が江戸から消えてより過ぎた五年の歳月の中で、龍泉寺がどうなっていったのか、龍斗がどうしていたのか、それを聞かされ、押し黙ってしまっていた京梧に、龍斗が消えた前後数日のことをも教え。
「百合ちゃんが……、何て……?」
「円空が龍斗に封じさせた、龍泉寺地下の鍾乳洞の──龍穴の封印を解いた者がいる、とな。……蓬莱寺、お前でも憶えている筈だ。百合は、『如来眼』を持っていた。龍脈の流れ、龍脈が吹き出す場所、それを見定められる眼を。……その眼の力のお陰で判ったらしい」
酷い痛みを感じている風な目で見詰めて来る彼へ、犬神は、更に語りを続けた。
「あの穴の封印を解いた者……。…………ひーちゃん……龍斗、か……」
「ああ。龍斗は、黄龍の氣の持ち主だった。だから龍斗には、あの頃酷く不安定になってしまっていた、ここの地下の龍穴の封印が出来た。……いや、あいつでなければ出来なかった。あいつでなければ出来なかった封印が解けるのは、あいつ以外にはいない」
「だが……、だが、よ。龍斗は、何でそんなこと…………?」
「お前が、巻き込まれた厄介事の所為で、こうして『未来』──『今』に飛ばされてしまったからだ。…………今からお前に教えてやることは、百合が言っていたことだ。俺が龍斗から直接聞いたことじゃないし、百合の推測でしかないが。──龍泉寺の地下の、龍脈を流し、龍穴を有する広大なあの鍾乳洞は、この世の理から外れた場所だ。この世とは、刻の流れ方が違う。普通に成そうと思えば幾日も幾月も掛かることを、あの場所を使えば、僅かの刻で成せる。だから──」
「──悪りぃ。言ってることが、よく飲み込めねぇ」
「…………物分かりの悪い奴だな。──お前達が富士へ向かった時のことを思い出せ。東海道を行っても甲州街道を行っても、富士の登り口に辿り着くまででさえ、どんなに急いでも十日の上は掛かる道を、お前達は、富士まで続くあの鍾乳洞を伝って、二日足らずで辿り着いただろうが。それと同じことを、龍斗はしようとしたんだろう。杏花が、お前が巻き込まれた厄介事の顛末を、それは詳しく調べ上げたから、お前が行ってしまったのは、過去──あー……、あの頃よりも更に古い時代じゃなく、遥か先の時代だ、というのだけは、龍斗にも俺達にも周知だった。だから、富士へ行くのに伝った道のような、僅かの時間で『長い刻』を駆けられる場所に留まり続けることが出来れば、生きたまま、お前が飛ばされた未来──遥か先の世に行くことが出来る。要するに、死ぬことなく、お前と再会出来る。……龍斗は、そう考えたんじゃないかと、百合が言っていた」
続いた語りは、百合の推測による、消えた龍斗が成そうとしたことへと続いて。
「あの時の、あの揉め事に首突っ込んだ所為で、俺は、遥か遠い先の世──ここに、飛ばされちまったってのか……? その所為で、龍斗は、そんな馬鹿げたことしちまったってのか……? 俺の所為で……?」
犬神の昔語りの間中歪んでいた、京梧の両の鳶色の瞳は、強く揺れた。
「とんでもない賭けにすんなり乗るのに似た、酷く馬鹿げた決断だが、あいつは確かにそうしたんだと、俺も思う。でなければ、あんな言伝を、俺相手に残す理由がない。俺がヒトでないことを──何百年もの刻を生きる、ヒトに非ざるモノだということを、龍斗は勘付いていたんだ。俺とは生きる刻が違う百合がこの世を去っても、俺は、百合の夢だったこの学び舎を見守り続けるだろうということも。……ここは、『真神学園』だ。人狼
だが犬神は、それもこれも、あれだけお前を想っていた龍斗から離れたお前が悪い、と言わんばかりの雰囲気を漂わせつつ、冷たく言い切った。
「………………俺には到底飲み込め切れねぇ、訳判んねぇ理のことなんざ、この際どうでもいい。……龍斗は……あいつは、生きてんだな……? 生きて、今でも、百年経った今でも、俺を待ってるんだな? ここで。この下で。そうなんだな?」
「……多分、な。あいつの考えた通りに事が運んでいれば、あの場所で、お前を待ってい──」
「──それだけ判れば充分だっ!!」
冷たい声で、淡々と、突き放すように言われても、京梧は、そのようなことは意に介さず、叫ぶや否や、踵を返して走り出した。
「……っ、おいっ! 蓬莱寺、何処に行くっ!」
「龍斗の所に決まってんだろうがっ!!」
「待て、話は未だ途中だっ! 蓬莱寺っ!!」
伝えなければならないことの全てが終わった訳ではないと、犬神は声を張り上げ彼を留めようとしたが、叶う訳もなく。
記憶と氣を頼りに『あの場所』を目指しているらしい京梧を追って、彼も又駆け出した。
時期外れの桜が散ったあの日から『今』まで、京梧の中で過ぎた刻は酷く短く、なのに、世の刻は百年を上回る長さで過ぎていて、龍斗はその差を埋める為に、自らの刻を止めた、と知らされ。
京梧は形振り構わず、龍穴へ駆けた。
記憶と氣を辿って向かったそこには、木造二階建ての大きな建物があって、それは、四方全てを高い壁で囲まれており、入口は見当たらなかった。
だが、腰の刀を抜き去り氣塊を放って、通り抜けられるだけの穴を空けた彼は、追って来る犬神の声を無視してそこを潜り、痛みの激しい建物の中へと踏み込んだ。
「蓬莱寺っ!! 待てと言っているのが──」
「──犬神。これは何だ?」
「……百合が起こした真神學舎の、初代の建物だ。今では、真神学園旧校舎と呼ばれている。向こうにある、コンクリート──石の建物が今の校舎で、疾っくの昔に、ここは使われなくなった。痛みが激しいから、近付くのは危険だという建前で、壁で囲ってあるんだ。この下に眠る『数多』のモノを、知られる訳にも荒らされる訳にもいかないからな」
「ふん……。で? 入口……──。……ああ、あっちか」
板張りの長い廊下で追い付かれた犬神に、京梧は有無を言わせず『この存在』のことを尋ね、渋々ながらされた説明に、成程、と呟いた彼は、氣に導かれるまま軋む廊下を進んで、長いそこの突き当たりにあった引き戸をガン! と開いた。
乱暴に開け放った引き戸の先は、酷く狭い部屋で、埃が酷く、何も置かれてはおらず。
目を凝らして見付けた、隅に設えられていた四角く打たれた鋼の板を抉じ開け。
「蓬莱寺、俺は、待てと言っているだろうっ」
「……待てるか、馬鹿野郎っ」
腕さえ伸ばし、犬神が止めるのも聞かず、京梧は、現れた穴の中へと飛び下りた。